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第2章 王子様は低空飛行
02
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美晴ちゃんからはその後、連絡がないままに木曜になった。
私は曽根に言われた通り、予定を空けて連絡を待った。
【定時後、いつものカフェで】
曽根からはそう連絡があって、私は首を傾げながらいつものカフェに向かった。
改まって予定を空けとけと言う割に、結局いつもの場所で待ち合わせとか。
曽根ってばいったいどういうつもりなわけ?
カフェの前に着くと、中に入ってお茶を飲んでいようかとも思ったけれど、なんとなくいつもと様子の違うことが気がかりで、店には入らず外で待つことにした。
別れ話、だったらどうしよう。
いや、つき合ってないけど。
でも、もうお前のことは抱けない、みたいなこと言われたら。
心の準備をすべく、最悪のパターンを想定してしまうのは、昔のトラウマから抜け出せていないからだ。
行き交う車の明かりや雑踏をぼんやり眺めていたら、横から近づいてくるスーツ姿にはっと我に返る。
「曽根、今日はどういうーー」
半ばけんか腰に見上げた先に立っていたのは、曽根と、遠藤さんだった。
「やあ、西野さん。先日はどうも」
「あ、えと、どうも……」
気さくな遠藤さんの笑顔に、戸惑いながら笑顔を取り繕う。むすっとした曽根は、そっぽを向いたままだ。
「何よ曽根くん。どうしたの」
「どうもこうも……なんだ、知り合いだったんですか」
「知り合いっていうか、こないだ一回だけ、ランチを一緒しただけだよ」
「ランチ……」
曽根が眉を寄せる。なんだか語弊がある言い方だけど、わざとなんだろうか。
「ね、西野さん」
にこりと遠藤さんが笑う。あ、この笑顔はわざとなやつ。その意図が分からず、苦笑した。
「そうですね」
曽根はますますふてくされたように唇を尖らせた。いつも冷静で無表情なのに、遠藤さんにはずいぶん心を許しているらしい。遠藤さんは笑いながら曽根の肩をたたいた。
「まあまあ、そんなにふてくされるなって」
「……いいです。もう俺、帰りますから」
「なーに言ってんの。俺のお気に入りの店、3人で予約しちゃってんのよ。客が減ったら申し訳ないでしょう。さ、行くよ曽根ちゃん」
肩を組んだまま曽根を連行する。私が戸惑っていると、遠藤さんがくるりと振り向いた。
「西野さんも、行こう。結構うまいスペイン料理店なんだよ。俺のおススメ」
ぱちり、といつも通り、違和感のないウインクをされる。私は頷いた。
「予約、してくださったんですね」
「うん、そう。曽根ちゃん、いい店知らないっていうから。女の子と出かけるときにはリサーチ大事だよー、曽根ちゃん」
「そうですね。ふふ」
私と遠藤さんが話している間も、曽根はふくれっ面でそっぽを向いている。私と遠藤さんは目を見合わせて笑った。
***
店に着くと、ビールを3つとつまみを適当に頼んだ。「とりあえず俺のおススメでいい?」とにこやかに聞いてくれる遠藤さんは押しつけがましくなく、頼れる兄貴肌なところもあって、慣れた人だなぁと感心する。
乾杯、とグラスを合わせると、遠藤さんが口を開いた。
「西野さん、俺が来るって知らなかったでしょ」
「あ、はい。知らなかったです。よくわかりましたね」
「だって、待ち合わせたときびっくりしてたし」
遠藤さんは笑いながらビールを傾ける。料理がいくつか運ばれてきて、「取ろうか」と言ってくれたけど「自分で取ります」とやんわり断った。
「曽根ちゃんが、紹介したい人がいるっていうからさ。婚約でもしたのかと思って、お兄ちゃんドキッとしたよ。そしたら西野さんがいたし、ぽかんとしてるし」
くすくす笑いながら、遠藤さんがまたビールを傾ける。曽根は黙ったまま黙々とビールを飲んでいた。そういえば、曽根がどれくらい飲むのかも知らない。食事を一緒に取ったことがないから。
「曽根くん、少しは話してよ。俺ばっか話してちゃ西野さんもつまらないでしょう」
「いや、そんなことないですよ」
ついフォローすると、遠藤さんは笑んだ目のまま「そう?」と長い首を傾げた。癖っ毛なのか柔らかいブラウンヘアが首筋に流れていて、スーツの首元が色っぽい。
「遠藤さん見てると面白いんで」
「俺は珍獣か?」
私が言うと、遠藤さんは苦笑した。曽根は黙って料理をフォークで刺し、自分の取り皿に乗せていく。
「私もちょうだい」
ちらりと一瞥されて、ちょんとタコを乗せてくれた。野菜も一緒にちょんちょんと乗せてくれる。
「ありがと」
微笑むと、曽根はすねた少年のような顔のまま、自分の取り皿に取った料理を口に運び始めた。
何よ、もー。自分で誘っといて、何でふてくされてんのよ。
むっとした私と曽根を見比べて、遠藤さんがくすくす笑う。ぐい、と一気にビールをあおると、空いたグラスを店員に掲げて一本指を立てた。
ほんと、スマートな人だなぁ。
「遠藤さん、モテるでしょうね」
ぽろりと思ったことが口から出た。遠藤さんは笑って肩をすくめる。
「どうかな。そんなこともないよ」
店員さんが持ってきたビールを引き取り、自分の空いたグラスを渡す。
「俺の同期にはもっとモテる奴がいるからね。俺は賑やかしみたいなもん」
「モテる奴?」
「そうそう。百貨店の王子って呼ばれてる」
「王子」
曽根が眉を寄せる。「〇〇のことだよ」と私が聞き取れない声で遠藤さんが言って、「ああ」と頷いた。
「確かにわかる気はする。遠藤さんは王子っていうよりもナンパ師ですもんね」
さらりと言った曽根に、遠藤さんはぐっと唸って「お前な……それ先輩に言うセリフか?」と半眼を向けた。
私は曽根に言われた通り、予定を空けて連絡を待った。
【定時後、いつものカフェで】
曽根からはそう連絡があって、私は首を傾げながらいつものカフェに向かった。
改まって予定を空けとけと言う割に、結局いつもの場所で待ち合わせとか。
曽根ってばいったいどういうつもりなわけ?
カフェの前に着くと、中に入ってお茶を飲んでいようかとも思ったけれど、なんとなくいつもと様子の違うことが気がかりで、店には入らず外で待つことにした。
別れ話、だったらどうしよう。
いや、つき合ってないけど。
でも、もうお前のことは抱けない、みたいなこと言われたら。
心の準備をすべく、最悪のパターンを想定してしまうのは、昔のトラウマから抜け出せていないからだ。
行き交う車の明かりや雑踏をぼんやり眺めていたら、横から近づいてくるスーツ姿にはっと我に返る。
「曽根、今日はどういうーー」
半ばけんか腰に見上げた先に立っていたのは、曽根と、遠藤さんだった。
「やあ、西野さん。先日はどうも」
「あ、えと、どうも……」
気さくな遠藤さんの笑顔に、戸惑いながら笑顔を取り繕う。むすっとした曽根は、そっぽを向いたままだ。
「何よ曽根くん。どうしたの」
「どうもこうも……なんだ、知り合いだったんですか」
「知り合いっていうか、こないだ一回だけ、ランチを一緒しただけだよ」
「ランチ……」
曽根が眉を寄せる。なんだか語弊がある言い方だけど、わざとなんだろうか。
「ね、西野さん」
にこりと遠藤さんが笑う。あ、この笑顔はわざとなやつ。その意図が分からず、苦笑した。
「そうですね」
曽根はますますふてくされたように唇を尖らせた。いつも冷静で無表情なのに、遠藤さんにはずいぶん心を許しているらしい。遠藤さんは笑いながら曽根の肩をたたいた。
「まあまあ、そんなにふてくされるなって」
「……いいです。もう俺、帰りますから」
「なーに言ってんの。俺のお気に入りの店、3人で予約しちゃってんのよ。客が減ったら申し訳ないでしょう。さ、行くよ曽根ちゃん」
肩を組んだまま曽根を連行する。私が戸惑っていると、遠藤さんがくるりと振り向いた。
「西野さんも、行こう。結構うまいスペイン料理店なんだよ。俺のおススメ」
ぱちり、といつも通り、違和感のないウインクをされる。私は頷いた。
「予約、してくださったんですね」
「うん、そう。曽根ちゃん、いい店知らないっていうから。女の子と出かけるときにはリサーチ大事だよー、曽根ちゃん」
「そうですね。ふふ」
私と遠藤さんが話している間も、曽根はふくれっ面でそっぽを向いている。私と遠藤さんは目を見合わせて笑った。
***
店に着くと、ビールを3つとつまみを適当に頼んだ。「とりあえず俺のおススメでいい?」とにこやかに聞いてくれる遠藤さんは押しつけがましくなく、頼れる兄貴肌なところもあって、慣れた人だなぁと感心する。
乾杯、とグラスを合わせると、遠藤さんが口を開いた。
「西野さん、俺が来るって知らなかったでしょ」
「あ、はい。知らなかったです。よくわかりましたね」
「だって、待ち合わせたときびっくりしてたし」
遠藤さんは笑いながらビールを傾ける。料理がいくつか運ばれてきて、「取ろうか」と言ってくれたけど「自分で取ります」とやんわり断った。
「曽根ちゃんが、紹介したい人がいるっていうからさ。婚約でもしたのかと思って、お兄ちゃんドキッとしたよ。そしたら西野さんがいたし、ぽかんとしてるし」
くすくす笑いながら、遠藤さんがまたビールを傾ける。曽根は黙ったまま黙々とビールを飲んでいた。そういえば、曽根がどれくらい飲むのかも知らない。食事を一緒に取ったことがないから。
「曽根くん、少しは話してよ。俺ばっか話してちゃ西野さんもつまらないでしょう」
「いや、そんなことないですよ」
ついフォローすると、遠藤さんは笑んだ目のまま「そう?」と長い首を傾げた。癖っ毛なのか柔らかいブラウンヘアが首筋に流れていて、スーツの首元が色っぽい。
「遠藤さん見てると面白いんで」
「俺は珍獣か?」
私が言うと、遠藤さんは苦笑した。曽根は黙って料理をフォークで刺し、自分の取り皿に乗せていく。
「私もちょうだい」
ちらりと一瞥されて、ちょんとタコを乗せてくれた。野菜も一緒にちょんちょんと乗せてくれる。
「ありがと」
微笑むと、曽根はすねた少年のような顔のまま、自分の取り皿に取った料理を口に運び始めた。
何よ、もー。自分で誘っといて、何でふてくされてんのよ。
むっとした私と曽根を見比べて、遠藤さんがくすくす笑う。ぐい、と一気にビールをあおると、空いたグラスを店員に掲げて一本指を立てた。
ほんと、スマートな人だなぁ。
「遠藤さん、モテるでしょうね」
ぽろりと思ったことが口から出た。遠藤さんは笑って肩をすくめる。
「どうかな。そんなこともないよ」
店員さんが持ってきたビールを引き取り、自分の空いたグラスを渡す。
「俺の同期にはもっとモテる奴がいるからね。俺は賑やかしみたいなもん」
「モテる奴?」
「そうそう。百貨店の王子って呼ばれてる」
「王子」
曽根が眉を寄せる。「〇〇のことだよ」と私が聞き取れない声で遠藤さんが言って、「ああ」と頷いた。
「確かにわかる気はする。遠藤さんは王子っていうよりもナンパ師ですもんね」
さらりと言った曽根に、遠藤さんはぐっと唸って「お前な……それ先輩に言うセリフか?」と半眼を向けた。
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