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第1章 眠り姫の今昔
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純に誘われた、母校の部活の春大会。久々に会った純の服はシンプルなワンピースだった。いかにも生真面目な雰囲気を漂わせている。
「愛里、久しぶり」
「久しぶり。前会ったのいつだっけ」
「夏かなぁ」
言いながら、大会の行われる県立体育館へ歩いていく。体育館前には大会の演奏順が書いてあり、私立学校の中に並ぶ母校の名前を見つけて「これだね」と微笑み合った。
「どうする? まだ、時間あるけど」
純が時計を見ながら言う。ちょうど一時間の昼休みに入ったところで、母校の発表は午後2番目。一時間どこかに行っていても充分間に合うだろう。
「とりあえず、会いに行ってみる?」
「あ、そうしようか」
私の提案に純が頷き、二人で体育館の裏へ向かう。観客席にいる学生たちは、順番がしばらく先のチームや、もう発表の終わったチームだけだ。これから発表する子たちは、たぶん最終確認をしたり、集中力を高めるために集まっているはず。
県立体育館は私たちも大会で使ったことがあったから、たぶんここだろうとおおよその検討はついた。純と連れ立って歩いていくと、懐かしいチームウェアが見える。
紺地に白いライン。肩には金モール。
初めて純と見学に行ったころから変わらないデザインに、初恋の喜びと切なさを思い出す。
ぎゅっと胸が締め付けられた。
「あれだね」
純が言って、少し遠くから背伸びをして妹を探す。
「いるかなぁ。芽衣が気づけばいいけど。こっちから話しかけたら邪魔かもだし、難しいとこだよね」
「そうだね」
「ちょっと私、近くまで行ってみる」
「ここで待ってるよ」
立ち止まって純の背中を見ていたら、ぽんぽんと肩を叩かれた。驚いて振り向くと、そこには美晴ちゃんが立っている。
「愛里先輩! こんにちは!」
瞬間、言葉を失った。
「え、あの……こんにちは」
「嬉しい! 観に来てくださったんですね!」
美晴ちゃんはにっこり笑う。昔から変わらないえくぼが両頬にできた。いつでもニコニコしていることも、昔から変わらない。私も笑顔を返すけれど、引きつっていないと言い切れない。
「こないだはびっくりしました! あ、驚きましたよね、すみません。私、今コーチしてるんですよ。康く……小川先輩と一緒に」
「う、うん。こないだ、一緒にいたよね。それで、再会したんだ?」
いつもは、康くん、て呼んでるんだね。
胸がざわつく。息が苦しい。心臓がバクバク言っていた。
意識的に呼吸を繰り返して、頭にどうにか、酸素を送り込む。
「はい、そうなんです。小川先輩も、愛里先輩と話したがってました。今日も来てますよ。呼んできましょうか?」
美晴ちゃんが言って、母校の集団を指さす。そこに純がいるのを見つけて、また目を輝かせた。
「わ、純先輩もいる! きゃー! お久しぶりですぅ!」
「あ、美晴ちゃん! 久しぶりー! なんでいるの!?」
「コーチやってるんですよ!」
「そうなの!? やだ、芽衣ってば教えてくれなかった!」
「そっか、芽衣ちゃんて妹さんなんでしたっけ!」
きゃっきゃとハイタッチをして喜び合う2人の横で、私は背中ににじんだ脂汗の冷たさに耐える。気づかれていないなら、いい。泳ぎそうになる視線をどこかへ留めようと、母校集団の中に芽衣ちゃんを見つけようとしたけれど、目が合ったのはあいにく、一番見たくない人だった。
康広くん。
私は慌てて、視線を純に戻す。
「純、芽衣ちゃんいた?」
「今トイレみたい」
「あ、そうなんだ。私もちょっと、トイレ行ってくる」
「ほんと? 待ってるね」
その場から逃れるように、背を向けて手洗いへ向かう。暴れ狂う心臓を抑えようと、手で胸を押さえる。途端に、以前抱いたドロドロした感情を思い出した。
--美晴ちゃんに、言ってしまえば。
私と康広くんに何があったか、伝えてしまえば。
あんなに幸せそうに笑うことなんて、できない、に違いない。
頭を振りながら、手洗いへと歩いていく。落ち着いていたのに、すっかり気分は最悪だった。
もしかしたら遭遇するかもしれない、と心構えをしなかった自分の浅はかさにいら立つ。学生のうちはコーチとして戻って来るOB、OGも多いけれど、さすがに社会人になってまで足を運ぶ人はほとんどいない。だから気を抜いていたのだ。まさか今まで、2人がコーチを続けていたなんて思わなかった。
思い浮かぶのは、ほとんど自分への言い訳だ。自分で自分にいら立って、自分に言い訳をしている。
こんな私の葛藤も知らずに、美晴ちゃんと康広くんは仲睦まじく笑い合っている。
腹が立った。最悪だ。手洗いを見つけて個室に入る。幸い、並んでいる人もおらずすぐに入れた。ズボンを履いたまま便器に腰掛け、手で顔を覆う。
もう、3年も経つのに。
たった3年前の話なのに。
この3年間で、私の男遍歴はぐちゃぐちゃになった。全部全部、康広くんのせいで。
涙より先に嗚咽がこみ上げた。ぎり、と奥歯をかみしめてかろうじて耐える。泣くわけにはいかない。負けを認めたくなんてない。だって私は、どこも悪くないはずだ。
ただ、彼の言葉を信じて、待っていただけなんだから。
「愛里、久しぶり」
「久しぶり。前会ったのいつだっけ」
「夏かなぁ」
言いながら、大会の行われる県立体育館へ歩いていく。体育館前には大会の演奏順が書いてあり、私立学校の中に並ぶ母校の名前を見つけて「これだね」と微笑み合った。
「どうする? まだ、時間あるけど」
純が時計を見ながら言う。ちょうど一時間の昼休みに入ったところで、母校の発表は午後2番目。一時間どこかに行っていても充分間に合うだろう。
「とりあえず、会いに行ってみる?」
「あ、そうしようか」
私の提案に純が頷き、二人で体育館の裏へ向かう。観客席にいる学生たちは、順番がしばらく先のチームや、もう発表の終わったチームだけだ。これから発表する子たちは、たぶん最終確認をしたり、集中力を高めるために集まっているはず。
県立体育館は私たちも大会で使ったことがあったから、たぶんここだろうとおおよその検討はついた。純と連れ立って歩いていくと、懐かしいチームウェアが見える。
紺地に白いライン。肩には金モール。
初めて純と見学に行ったころから変わらないデザインに、初恋の喜びと切なさを思い出す。
ぎゅっと胸が締め付けられた。
「あれだね」
純が言って、少し遠くから背伸びをして妹を探す。
「いるかなぁ。芽衣が気づけばいいけど。こっちから話しかけたら邪魔かもだし、難しいとこだよね」
「そうだね」
「ちょっと私、近くまで行ってみる」
「ここで待ってるよ」
立ち止まって純の背中を見ていたら、ぽんぽんと肩を叩かれた。驚いて振り向くと、そこには美晴ちゃんが立っている。
「愛里先輩! こんにちは!」
瞬間、言葉を失った。
「え、あの……こんにちは」
「嬉しい! 観に来てくださったんですね!」
美晴ちゃんはにっこり笑う。昔から変わらないえくぼが両頬にできた。いつでもニコニコしていることも、昔から変わらない。私も笑顔を返すけれど、引きつっていないと言い切れない。
「こないだはびっくりしました! あ、驚きましたよね、すみません。私、今コーチしてるんですよ。康く……小川先輩と一緒に」
「う、うん。こないだ、一緒にいたよね。それで、再会したんだ?」
いつもは、康くん、て呼んでるんだね。
胸がざわつく。息が苦しい。心臓がバクバク言っていた。
意識的に呼吸を繰り返して、頭にどうにか、酸素を送り込む。
「はい、そうなんです。小川先輩も、愛里先輩と話したがってました。今日も来てますよ。呼んできましょうか?」
美晴ちゃんが言って、母校の集団を指さす。そこに純がいるのを見つけて、また目を輝かせた。
「わ、純先輩もいる! きゃー! お久しぶりですぅ!」
「あ、美晴ちゃん! 久しぶりー! なんでいるの!?」
「コーチやってるんですよ!」
「そうなの!? やだ、芽衣ってば教えてくれなかった!」
「そっか、芽衣ちゃんて妹さんなんでしたっけ!」
きゃっきゃとハイタッチをして喜び合う2人の横で、私は背中ににじんだ脂汗の冷たさに耐える。気づかれていないなら、いい。泳ぎそうになる視線をどこかへ留めようと、母校集団の中に芽衣ちゃんを見つけようとしたけれど、目が合ったのはあいにく、一番見たくない人だった。
康広くん。
私は慌てて、視線を純に戻す。
「純、芽衣ちゃんいた?」
「今トイレみたい」
「あ、そうなんだ。私もちょっと、トイレ行ってくる」
「ほんと? 待ってるね」
その場から逃れるように、背を向けて手洗いへ向かう。暴れ狂う心臓を抑えようと、手で胸を押さえる。途端に、以前抱いたドロドロした感情を思い出した。
--美晴ちゃんに、言ってしまえば。
私と康広くんに何があったか、伝えてしまえば。
あんなに幸せそうに笑うことなんて、できない、に違いない。
頭を振りながら、手洗いへと歩いていく。落ち着いていたのに、すっかり気分は最悪だった。
もしかしたら遭遇するかもしれない、と心構えをしなかった自分の浅はかさにいら立つ。学生のうちはコーチとして戻って来るOB、OGも多いけれど、さすがに社会人になってまで足を運ぶ人はほとんどいない。だから気を抜いていたのだ。まさか今まで、2人がコーチを続けていたなんて思わなかった。
思い浮かぶのは、ほとんど自分への言い訳だ。自分で自分にいら立って、自分に言い訳をしている。
こんな私の葛藤も知らずに、美晴ちゃんと康広くんは仲睦まじく笑い合っている。
腹が立った。最悪だ。手洗いを見つけて個室に入る。幸い、並んでいる人もおらずすぐに入れた。ズボンを履いたまま便器に腰掛け、手で顔を覆う。
もう、3年も経つのに。
たった3年前の話なのに。
この3年間で、私の男遍歴はぐちゃぐちゃになった。全部全部、康広くんのせいで。
涙より先に嗚咽がこみ上げた。ぎり、と奥歯をかみしめてかろうじて耐える。泣くわけにはいかない。負けを認めたくなんてない。だって私は、どこも悪くないはずだ。
ただ、彼の言葉を信じて、待っていただけなんだから。
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