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第1章 眠り姫の今昔
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目を覚ますと、裸のままベッドに横たわっていた。
隣には、温もりがある。
温もり?
顔を向けると、そこには曽根が目を閉じていた。
ぶわっ、と私の顔が赤くなる。
うわ、うわ、え、何。何で? なんでここにいんの?
いつもはコトが終わったらソッコー帰っちゃうくせに。
やば。え、寝顔とか初めて見た。ヤバい。目、閉じてる。キスしたい。眉毛、綺麗。整えてんのかな。いや、でも昔からこういう眉だった気がする。
ほっぺた、撫でたら、怒るかな。嫌がるかな。
ていうか私、意識飛んでたの? どれくらい寝てたんだろう。今、何時……
時間を確認しようと時計を探した身動きで、曽根が目を覚ましてしまったらしい。もぞりと隣が動いたと思えば、息を吸って、吐き出す音が聞こえた。
「……起きたんだ」
「い、今……」
曽根が私を見つめるその目は、ベッドの上でよく見た強い欲情を感じている目でもなければ、外で会うときの冷たいそれでもない。
冷静な中に親しさと優しさを感じて、なんだか中途半端で、混乱する。
曽根はまた、深く息を吐き出した。
「……つ、疲れた?」
「うん、まあ」
けだるそうな返答がエロい。
ていうか、曽根、エロい。
筋肉質な首から肩。浮き上がった鎖骨。耳下から顎にかけての骨ばったライン。
……舐めとりたい。
欲情まみれの自分に赤面して、そんな顔を見られたくなくて顔を手で覆う。
「……どしたの」
落ち着いた声には、いつもの面倒くさそうな響きがない。顔を覆っている手に視界を遮られているからこそ、その声に潜んだ温もりを感じてまた身体が震えた。
やー、だー、もー。
「なんでもないっ」
本当に、根が単純なのだ、私は。
だから、ちょっとでも優しくされると、すっかり、そのつもりになっちゃって。
こんなチョロい女だって、バレないように、必死に強がって。
顔を覆った私の手の脇、頬の下あたりを、曽根の指が撫でた。
ぞわぞわぞわっと寒気に似た快感が走って、慌てて手を放す。
「な、なに」
「いや。なんで顔隠してんのかなと思って」
曽根は淡々と言うけれど、その目は面白がっているのがわかる。
裸のまま、ベッドの上に頬杖をついて横たわる曽根は、今までにないほどリラックスして見えた。
「べ、別になんでもないっ」
うろたえてごろりと背を向ける。ドキドキしていた。曽根の落ち着きに包容力みたいなものを感じて、色気を感じて、ときめいて、ついさっき、久々に受け止めた快感を思い出して、またじわりと蜜が湧くのを感じて、内股をこすり合わせる。
「……あ、そう」
曽根は言った。私がごろりと転がったから、曽根の胸と私の背中の間に空気の流れができてすうすうする。寒い。温もりが欲しくなって、でも自分でお願いするのは悔しくて、身体を丸くする。
そっ、と曽根の手が私の肩に触れた。吐息が、首根っこにかかる。
「……じゃあさ」
曽根が囁く声は低くて静かでだ。「なに」と強気に返す私の声は震える。
「……どうして急に、竜次って呼んだの」
終わった。
私は一瞬にして血の気を失ったのを感じた。
掛け布団をぐいと引き寄せて、ぐるりと中にもぐりこむ。
「い、いつまでも苗字呼びじゃ、萎えるでしょっ」
顔を見られたくなかった。真っ青になった私の顔は、今は真っ赤になっている。泣きそうだった。
情けない。快感に飲まれて、つい、気分よく、呼んでしまった。彼の首に腕を伸ばして、竜次、って。
一度だけじゃない、何度も。あと一歩間違えば、その先も言ってしまったかもしれない。
好き、って。
……言って、しまえればいいのに。
いっそ。
ますます泣きそうになる。元カレと別れて、やけくそになって、一夜だけの男とホテルに行ったりもした。無駄に、無駄な、経験だけを重ねて、そんでもって、結局私はどこも変わっていない。
自立したカッコいい女になりたい、なんて口先では言いながら、いまだに幼稚なまま、好きな男に好きだとも言えない。
「……まあ、それもそうか」
トーンを落とした曽根の声に凍り付く。
え、マジで信じたの。言い訳にしても厳しいよなって、自分で思ってたのに。
私の後ろで曽根はため息をついて、ずるりとベッドを滑り出た。
待ってよ。ほんとに? それだけ? それで終わり?
「……あの、曽根?」
「うん。なんか意識飛んだっぽかったけど、大丈夫そうだから帰る」
曽根は私に背を向けたまま、淡々と服を身に着け始めた。下着のシャツとボクサーパンツ。ワイシャツ。スラックス。ジャケット。
ネクタイをきゅっと締めた曽根が、ようやく私の方を振り向いた。
キリリと凛々しい、涼やかな目は、いつも外で会うときの表情に戻っている。
私は身体にシーツを巻き付けたまま。置いてけぼりの気分で、曽根の顔を見上げていた。
「延長料金も払っとくから。泊まってくなら、金置いていくけど」
「い、いい。もう、私も、出る」
「あ、そう」
わたわた準備を始める私に、曽根は「別に急がなくても。時間大丈夫だから」と声をかける。時計は23時過ぎだった。確かに、終電は間に合いそうだ。
ってそうじゃなくて。
「じゃ、俺行くから」
「えっ、あ、う……」
今更待ってと言うこともできず、私は「うん」と頷く。
「ま……またね」
「うん」
曽根は淡々と答えて、部屋を出て行った。
私の頭は真っ白で、閉まったドアをぼんやりと見つめる。
……うん。
……曽根だもんね。
……そうだよね。
仕方、ないよ。
私、だって、期待してたわけじゃ、ないし。
期待してた……わけじゃ……
私は半分泣きながら、身支度を整えた。
期待、してたよ……!
ぽろっと出ちゃった本音。曽根がもっとしつこく追求してくれたら、私だって……私だって……!!
帰りの電車に乗るまでの間、いてもたってもいられない私は、花音に電話をかけて笑われたのだった。
隣には、温もりがある。
温もり?
顔を向けると、そこには曽根が目を閉じていた。
ぶわっ、と私の顔が赤くなる。
うわ、うわ、え、何。何で? なんでここにいんの?
いつもはコトが終わったらソッコー帰っちゃうくせに。
やば。え、寝顔とか初めて見た。ヤバい。目、閉じてる。キスしたい。眉毛、綺麗。整えてんのかな。いや、でも昔からこういう眉だった気がする。
ほっぺた、撫でたら、怒るかな。嫌がるかな。
ていうか私、意識飛んでたの? どれくらい寝てたんだろう。今、何時……
時間を確認しようと時計を探した身動きで、曽根が目を覚ましてしまったらしい。もぞりと隣が動いたと思えば、息を吸って、吐き出す音が聞こえた。
「……起きたんだ」
「い、今……」
曽根が私を見つめるその目は、ベッドの上でよく見た強い欲情を感じている目でもなければ、外で会うときの冷たいそれでもない。
冷静な中に親しさと優しさを感じて、なんだか中途半端で、混乱する。
曽根はまた、深く息を吐き出した。
「……つ、疲れた?」
「うん、まあ」
けだるそうな返答がエロい。
ていうか、曽根、エロい。
筋肉質な首から肩。浮き上がった鎖骨。耳下から顎にかけての骨ばったライン。
……舐めとりたい。
欲情まみれの自分に赤面して、そんな顔を見られたくなくて顔を手で覆う。
「……どしたの」
落ち着いた声には、いつもの面倒くさそうな響きがない。顔を覆っている手に視界を遮られているからこそ、その声に潜んだ温もりを感じてまた身体が震えた。
やー、だー、もー。
「なんでもないっ」
本当に、根が単純なのだ、私は。
だから、ちょっとでも優しくされると、すっかり、そのつもりになっちゃって。
こんなチョロい女だって、バレないように、必死に強がって。
顔を覆った私の手の脇、頬の下あたりを、曽根の指が撫でた。
ぞわぞわぞわっと寒気に似た快感が走って、慌てて手を放す。
「な、なに」
「いや。なんで顔隠してんのかなと思って」
曽根は淡々と言うけれど、その目は面白がっているのがわかる。
裸のまま、ベッドの上に頬杖をついて横たわる曽根は、今までにないほどリラックスして見えた。
「べ、別になんでもないっ」
うろたえてごろりと背を向ける。ドキドキしていた。曽根の落ち着きに包容力みたいなものを感じて、色気を感じて、ときめいて、ついさっき、久々に受け止めた快感を思い出して、またじわりと蜜が湧くのを感じて、内股をこすり合わせる。
「……あ、そう」
曽根は言った。私がごろりと転がったから、曽根の胸と私の背中の間に空気の流れができてすうすうする。寒い。温もりが欲しくなって、でも自分でお願いするのは悔しくて、身体を丸くする。
そっ、と曽根の手が私の肩に触れた。吐息が、首根っこにかかる。
「……じゃあさ」
曽根が囁く声は低くて静かでだ。「なに」と強気に返す私の声は震える。
「……どうして急に、竜次って呼んだの」
終わった。
私は一瞬にして血の気を失ったのを感じた。
掛け布団をぐいと引き寄せて、ぐるりと中にもぐりこむ。
「い、いつまでも苗字呼びじゃ、萎えるでしょっ」
顔を見られたくなかった。真っ青になった私の顔は、今は真っ赤になっている。泣きそうだった。
情けない。快感に飲まれて、つい、気分よく、呼んでしまった。彼の首に腕を伸ばして、竜次、って。
一度だけじゃない、何度も。あと一歩間違えば、その先も言ってしまったかもしれない。
好き、って。
……言って、しまえればいいのに。
いっそ。
ますます泣きそうになる。元カレと別れて、やけくそになって、一夜だけの男とホテルに行ったりもした。無駄に、無駄な、経験だけを重ねて、そんでもって、結局私はどこも変わっていない。
自立したカッコいい女になりたい、なんて口先では言いながら、いまだに幼稚なまま、好きな男に好きだとも言えない。
「……まあ、それもそうか」
トーンを落とした曽根の声に凍り付く。
え、マジで信じたの。言い訳にしても厳しいよなって、自分で思ってたのに。
私の後ろで曽根はため息をついて、ずるりとベッドを滑り出た。
待ってよ。ほんとに? それだけ? それで終わり?
「……あの、曽根?」
「うん。なんか意識飛んだっぽかったけど、大丈夫そうだから帰る」
曽根は私に背を向けたまま、淡々と服を身に着け始めた。下着のシャツとボクサーパンツ。ワイシャツ。スラックス。ジャケット。
ネクタイをきゅっと締めた曽根が、ようやく私の方を振り向いた。
キリリと凛々しい、涼やかな目は、いつも外で会うときの表情に戻っている。
私は身体にシーツを巻き付けたまま。置いてけぼりの気分で、曽根の顔を見上げていた。
「延長料金も払っとくから。泊まってくなら、金置いていくけど」
「い、いい。もう、私も、出る」
「あ、そう」
わたわた準備を始める私に、曽根は「別に急がなくても。時間大丈夫だから」と声をかける。時計は23時過ぎだった。確かに、終電は間に合いそうだ。
ってそうじゃなくて。
「じゃ、俺行くから」
「えっ、あ、う……」
今更待ってと言うこともできず、私は「うん」と頷く。
「ま……またね」
「うん」
曽根は淡々と答えて、部屋を出て行った。
私の頭は真っ白で、閉まったドアをぼんやりと見つめる。
……うん。
……曽根だもんね。
……そうだよね。
仕方、ないよ。
私、だって、期待してたわけじゃ、ないし。
期待してた……わけじゃ……
私は半分泣きながら、身支度を整えた。
期待、してたよ……!
ぽろっと出ちゃった本音。曽根がもっとしつこく追求してくれたら、私だって……私だって……!!
帰りの電車に乗るまでの間、いてもたってもいられない私は、花音に電話をかけて笑われたのだった。
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