素直になれない眠り姫

松丹子

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第1章 眠り姫の今昔

02

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【30分遅れる。どっかで待ってて】

 不愛想な連絡はいつものことで、いつも通り待ち合わせ場所のカフェに入る。
 ブレンドコーヒーを一つ頼んで、ブラックのままちびちび飲んだ。
 都心も都心にあるこの街。今の時間は帰宅ラッシュか、スーツの男性も多い。
 コーヒーの香りに一息ついて、そろそろ飲み干そうという頃、街並みの中に知った顔を見つけた。
 すらりとした長身をスーツに包み、黒い短髪、涼やかな目。

 --曽根竜次。

 最後の一口を飲み干して、カウンターに戻す。「ありがとうございました」という店員さんの声を背に聞きながら店を出た。

「お疲れー」
「ああ」

 笑顔で手を挙げた私にただ一言。
 曽根の挨拶、以上。

「……あんたさぁ、もうちょっとマトモに挨拶できないの? ていうか、できるよね? 部活で鍛えられたよね? うちら」
「必要なときにはする」

 ああああああっ。

「むっかつく……」
「そうか」

 曽根はあいづちを返して、「行くぞ」と歩き出す。
 ったくもー! ほんとに!

「曽根」
「何だ」
「親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らんか」
「知ってるが」

 ちらり、と視線を向けられてどきりとする。
 流し目エロい。なんて思う私が重症なのは薄々自覚している。

「俺とお前は親しき仲だったか?」
「あ、そこから!? そこから定義必要!?」

 あきれ返る私を差し置き、曽根はずかずかと進んでいく。
 キャンパスの長い彼の歩幅は広い。持ち前の負けん気で付いて行こうとするけれど、新調したばかりの靴はヒールが高くて、大股では歩けない。それでも必死で歩いていたら、

「……ああ、悪い」

 ちらりと私を見た曽根が、急に歩く速度を落とした。
 ぐ、と喉奥で唸る。

 そういう……とこ。
 反則だ。

 下唇をかみしめる。
 同時に、自分のチョロさに歯噛みする。

「……もう、すっかり秋だね」

 話題転換を図って言うと、「そうだな」と声が返ってきた。
 百貨店勤めだと、ちまたよりも季節を先取りする習慣がある。まだ夏真っ盛りだった頃、店に並んでいた秋物が、今はすっかりなりを潜めて、冬物に切り替わりつつある。
 冬と言えば、クリスマスコフレ。私の勤めるブランドでも、ぼちぼち予約が始まる。
 キラキラ目を輝かせたコスメ好きが、コスメカウンターを覗いて行くことだろう。

「そしたらもう、年末かー」

 ふ、と前を歩く背中が笑った。
 え、笑った?
 貴重な笑顔を見ようと回り込もうとしたけれど、私を見下ろす曽根の顔は平常に戻っていた。

「まだ10月末だぞ」
「いや、そうだけど」

 笑顔を見られなかった悔しさに唇を尖らせる。
 曽根は一瞬目を細めかけ、また前方を向いた。

「……まあ、そうだな。もう年末だな」

 私は戸惑って、首を傾げる。
 さっきは否定した癖に。

 示し合わせることもなく、曽根は小道へ入っていく。
 ビビッドカラーのネオンライト。いわゆるホテル街、というやつだ。
 行き慣れたホテル。行き慣れた部屋。

 ……ほんと、失敗した。

 後悔先に立たず、ってまさにその通りだ。
 ぴしっと伸びた背を追いながら、一歩前に揺れるその手を見つめた。

 ***

 曽根とホテルに行くようになったのは、1年ほど前のこと。
 私がコスメブランドの販売員に転職してからのことだ。
 事情があって美容師を辞めた私は、しばらくぷらぷらしてから、憧れだったコスメブランドに再就職した。
 研修期間を経て配属になったマルヤマ百貨店本店への勤務。
 1か月ほど経て、雰囲気に慣れてきた私は、昼休みにばったり曽根と再会した。

 曽根とは高校時代の同級生。クラスは一緒になったことがないけれど、部活の仲間だった。
 とはいえ、無口で端っこにいるタイプの男だったから、輪の中で騒がしくしている私とはほとんど話をしたことがない。話をすれば私がイライラして、半ばけんかになって終わっていたような気もする。
 彼が私のことをどう思っていたかは知らないけれど、私は「目つきも愛想も悪い男」としか思っていなかった。
 そんな男が、ビシッとしたスーツ姿で目の前に現れた。
 私は愛想よく「久しぶり」と笑ったけれど、曽根は私の顔を見て、名札を見て、無表情なまま「ああ」と言ったきり。
 正直、ムカついた。

 そもそも、美容師を辞めるに至る経緯で腐り切っていた私は、適当に口説いて曽根をホテルへ誘った。
 不愛想な男が動揺する様を見て笑ってやろうと思っていたのに、思いの外、彼とのセックスは充実していて、別れ際に言ったのだった。

「身体の相性、悪くないみたいね。たまって来たらつき合ってよ」

 ーーなんという、救いがたいビッチ発言。

 思い出しては闇に葬りたくなる記憶に、ため息をかみ殺した。
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