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第1章 眠り姫の今昔
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【30分遅れる。どっかで待ってて】
不愛想な連絡はいつものことで、いつも通り待ち合わせ場所のカフェに入る。
ブレンドコーヒーを一つ頼んで、ブラックのままちびちび飲んだ。
都心も都心にあるこの街。今の時間は帰宅ラッシュか、スーツの男性も多い。
コーヒーの香りに一息ついて、そろそろ飲み干そうという頃、街並みの中に知った顔を見つけた。
すらりとした長身をスーツに包み、黒い短髪、涼やかな目。
--曽根竜次。
最後の一口を飲み干して、カウンターに戻す。「ありがとうございました」という店員さんの声を背に聞きながら店を出た。
「お疲れー」
「ああ」
笑顔で手を挙げた私にただ一言。
曽根の挨拶、以上。
「……あんたさぁ、もうちょっとマトモに挨拶できないの? ていうか、できるよね? 部活で鍛えられたよね? うちら」
「必要なときにはする」
ああああああっ。
「むっかつく……」
「そうか」
曽根はあいづちを返して、「行くぞ」と歩き出す。
ったくもー! ほんとに!
「曽根」
「何だ」
「親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らんか」
「知ってるが」
ちらり、と視線を向けられてどきりとする。
流し目エロい。なんて思う私が重症なのは薄々自覚している。
「俺とお前は親しき仲だったか?」
「あ、そこから!? そこから定義必要!?」
あきれ返る私を差し置き、曽根はずかずかと進んでいく。
キャンパスの長い彼の歩幅は広い。持ち前の負けん気で付いて行こうとするけれど、新調したばかりの靴はヒールが高くて、大股では歩けない。それでも必死で歩いていたら、
「……ああ、悪い」
ちらりと私を見た曽根が、急に歩く速度を落とした。
ぐ、と喉奥で唸る。
そういう……とこ。
反則だ。
下唇をかみしめる。
同時に、自分のチョロさに歯噛みする。
「……もう、すっかり秋だね」
話題転換を図って言うと、「そうだな」と声が返ってきた。
百貨店勤めだと、ちまたよりも季節を先取りする習慣がある。まだ夏真っ盛りだった頃、店に並んでいた秋物が、今はすっかりなりを潜めて、冬物に切り替わりつつある。
冬と言えば、クリスマスコフレ。私の勤めるブランドでも、ぼちぼち予約が始まる。
キラキラ目を輝かせたコスメ好きが、コスメカウンターを覗いて行くことだろう。
「そしたらもう、年末かー」
ふ、と前を歩く背中が笑った。
え、笑った?
貴重な笑顔を見ようと回り込もうとしたけれど、私を見下ろす曽根の顔は平常に戻っていた。
「まだ10月末だぞ」
「いや、そうだけど」
笑顔を見られなかった悔しさに唇を尖らせる。
曽根は一瞬目を細めかけ、また前方を向いた。
「……まあ、そうだな。もう年末だな」
私は戸惑って、首を傾げる。
さっきは否定した癖に。
示し合わせることもなく、曽根は小道へ入っていく。
ビビッドカラーのネオンライト。いわゆるホテル街、というやつだ。
行き慣れたホテル。行き慣れた部屋。
……ほんと、失敗した。
後悔先に立たず、ってまさにその通りだ。
ぴしっと伸びた背を追いながら、一歩前に揺れるその手を見つめた。
***
曽根とホテルに行くようになったのは、1年ほど前のこと。
私がコスメブランドの販売員に転職してからのことだ。
事情があって美容師を辞めた私は、しばらくぷらぷらしてから、憧れだったコスメブランドに再就職した。
研修期間を経て配属になったマルヤマ百貨店本店への勤務。
1か月ほど経て、雰囲気に慣れてきた私は、昼休みにばったり曽根と再会した。
曽根とは高校時代の同級生。クラスは一緒になったことがないけれど、部活の仲間だった。
とはいえ、無口で端っこにいるタイプの男だったから、輪の中で騒がしくしている私とはほとんど話をしたことがない。話をすれば私がイライラして、半ばけんかになって終わっていたような気もする。
彼が私のことをどう思っていたかは知らないけれど、私は「目つきも愛想も悪い男」としか思っていなかった。
そんな男が、ビシッとしたスーツ姿で目の前に現れた。
私は愛想よく「久しぶり」と笑ったけれど、曽根は私の顔を見て、名札を見て、無表情なまま「ああ」と言ったきり。
正直、ムカついた。
そもそも、美容師を辞めるに至る経緯で腐り切っていた私は、適当に口説いて曽根をホテルへ誘った。
不愛想な男が動揺する様を見て笑ってやろうと思っていたのに、思いの外、彼とのセックスは充実していて、別れ際に言ったのだった。
「身体の相性、悪くないみたいね。たまって来たらつき合ってよ」
ーーなんという、救いがたいビッチ発言。
思い出しては闇に葬りたくなる記憶に、ため息をかみ殺した。
不愛想な連絡はいつものことで、いつも通り待ち合わせ場所のカフェに入る。
ブレンドコーヒーを一つ頼んで、ブラックのままちびちび飲んだ。
都心も都心にあるこの街。今の時間は帰宅ラッシュか、スーツの男性も多い。
コーヒーの香りに一息ついて、そろそろ飲み干そうという頃、街並みの中に知った顔を見つけた。
すらりとした長身をスーツに包み、黒い短髪、涼やかな目。
--曽根竜次。
最後の一口を飲み干して、カウンターに戻す。「ありがとうございました」という店員さんの声を背に聞きながら店を出た。
「お疲れー」
「ああ」
笑顔で手を挙げた私にただ一言。
曽根の挨拶、以上。
「……あんたさぁ、もうちょっとマトモに挨拶できないの? ていうか、できるよね? 部活で鍛えられたよね? うちら」
「必要なときにはする」
ああああああっ。
「むっかつく……」
「そうか」
曽根はあいづちを返して、「行くぞ」と歩き出す。
ったくもー! ほんとに!
「曽根」
「何だ」
「親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らんか」
「知ってるが」
ちらり、と視線を向けられてどきりとする。
流し目エロい。なんて思う私が重症なのは薄々自覚している。
「俺とお前は親しき仲だったか?」
「あ、そこから!? そこから定義必要!?」
あきれ返る私を差し置き、曽根はずかずかと進んでいく。
キャンパスの長い彼の歩幅は広い。持ち前の負けん気で付いて行こうとするけれど、新調したばかりの靴はヒールが高くて、大股では歩けない。それでも必死で歩いていたら、
「……ああ、悪い」
ちらりと私を見た曽根が、急に歩く速度を落とした。
ぐ、と喉奥で唸る。
そういう……とこ。
反則だ。
下唇をかみしめる。
同時に、自分のチョロさに歯噛みする。
「……もう、すっかり秋だね」
話題転換を図って言うと、「そうだな」と声が返ってきた。
百貨店勤めだと、ちまたよりも季節を先取りする習慣がある。まだ夏真っ盛りだった頃、店に並んでいた秋物が、今はすっかりなりを潜めて、冬物に切り替わりつつある。
冬と言えば、クリスマスコフレ。私の勤めるブランドでも、ぼちぼち予約が始まる。
キラキラ目を輝かせたコスメ好きが、コスメカウンターを覗いて行くことだろう。
「そしたらもう、年末かー」
ふ、と前を歩く背中が笑った。
え、笑った?
貴重な笑顔を見ようと回り込もうとしたけれど、私を見下ろす曽根の顔は平常に戻っていた。
「まだ10月末だぞ」
「いや、そうだけど」
笑顔を見られなかった悔しさに唇を尖らせる。
曽根は一瞬目を細めかけ、また前方を向いた。
「……まあ、そうだな。もう年末だな」
私は戸惑って、首を傾げる。
さっきは否定した癖に。
示し合わせることもなく、曽根は小道へ入っていく。
ビビッドカラーのネオンライト。いわゆるホテル街、というやつだ。
行き慣れたホテル。行き慣れた部屋。
……ほんと、失敗した。
後悔先に立たず、ってまさにその通りだ。
ぴしっと伸びた背を追いながら、一歩前に揺れるその手を見つめた。
***
曽根とホテルに行くようになったのは、1年ほど前のこと。
私がコスメブランドの販売員に転職してからのことだ。
事情があって美容師を辞めた私は、しばらくぷらぷらしてから、憧れだったコスメブランドに再就職した。
研修期間を経て配属になったマルヤマ百貨店本店への勤務。
1か月ほど経て、雰囲気に慣れてきた私は、昼休みにばったり曽根と再会した。
曽根とは高校時代の同級生。クラスは一緒になったことがないけれど、部活の仲間だった。
とはいえ、無口で端っこにいるタイプの男だったから、輪の中で騒がしくしている私とはほとんど話をしたことがない。話をすれば私がイライラして、半ばけんかになって終わっていたような気もする。
彼が私のことをどう思っていたかは知らないけれど、私は「目つきも愛想も悪い男」としか思っていなかった。
そんな男が、ビシッとしたスーツ姿で目の前に現れた。
私は愛想よく「久しぶり」と笑ったけれど、曽根は私の顔を見て、名札を見て、無表情なまま「ああ」と言ったきり。
正直、ムカついた。
そもそも、美容師を辞めるに至る経緯で腐り切っていた私は、適当に口説いて曽根をホテルへ誘った。
不愛想な男が動揺する様を見て笑ってやろうと思っていたのに、思いの外、彼とのセックスは充実していて、別れ際に言ったのだった。
「身体の相性、悪くないみたいね。たまって来たらつき合ってよ」
ーーなんという、救いがたいビッチ発言。
思い出しては闇に葬りたくなる記憶に、ため息をかみ殺した。
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