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第十一章 織姫は彦星にどうしても抱かれたい(ヒメ視点)

07 他人の目

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 おにぎりを食べ終わると、車を降りて身体を伸ばした。
「うーんっ」
 思いっきり伸びをした私の脇腹を、光彦さんが突く。
「ひゃわっ」
「ははっ」
 くすぐったくて身じろぐと、いたずらが成功した少年のように笑った。
「もぉー!」
 思わず変な声を出してしまったのが恥ずかしくて、私は頬を膨らませて光彦さんの肩をたたく。
 光彦さんは笑ったまま、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
「行くぞ」
「はいっ」
 歩き出した光彦さんの腕に腕を絡めて歩き出す。
 こういう普通の恋人っぽいやりとりが、だんだん増えてきているのだけど、いまだに新鮮で、ドキドキしてしまう。
 二人で出かけるようになってから、もう半年も経つのに。
 私はちらりと光彦さんの顔を見上げた。
 光彦さんはどうしたとでも言うように、穏やかな表情で首を傾げる。
 私は微笑み返して、何でもないと首を振った。
 一緒に歩くのだって、言葉のないやりとりだって、ちょっとしたおふざけだって……1年前には想像できないことだ。だってまだ、出会ってすらいなかったのだから。
 そう思うと不思議な気がした。光彦さんは私にとって、もうすっかり生活の一部だ。彼を想うことは日常で、一緒にいてもいなくても、私の心に常に居る。
 じゃあ、一年後は?
 降って湧いた自問に、不意に不安が込み上げる。私は絡めた腕に少しだけ、力を込めた。

 海中トンネルは全長15キロメートル。間にあるサービスエリア代わりの複合施設も観光客に人気だ。
 お店はびっくりするくらいたくさんあって、人も思った以上にたくさんいた。私ははぐれないように必死で光彦さんにしがみついていて、会話も大声じゃないと聞こえないくらいだ。
「ちょうど昼時だから、店はどこもいっぱいみたいだな」
 飲食店はどこも順番待ちの人がいた。光彦さんはそれを見てそう言い、私の頭をぽんぽんとたたいた。
「おにぎりだけでも持ってきてて正解だったな。グッジョブ」
 褒められることなんてなかなかないから、照れ臭くてちょっと俯く。光彦さんはそんな私を見て笑った。
「あ、アイス屋さん。食べません? アイス」
「ああ、いいけど」
 目を輝かせる私を見下ろしつつ、光彦さんは苦笑した。
「おにぎりの後は何かオカズを食うのかと思ってたけど、そういうことな」
「あ、いや、オカズ的なものがあるならそれでもいいんですけど。どこもいっぱいみたいだから」
 とっさに弁明する私の頭を、光彦さんが笑って撫でる。
 今日はよく笑うなぁ。
 非日常に浮き立っているのは、私だけじゃないのかもしれない。
 そうと分かってほっとする。一人で空回りしていたら寂しいもの。
 私と光彦さんは、アイス屋さんの列に並んだ。まだおやつの時間には早いから、他の店と比べれば比較的空いている。 私たちの前には、30歳くらいのカップルが手を繋いでいた。女性がときどき、こちらをちらちら見ている気がしたけど、気のせいだろうか。
 前のカップルが注文を終え、アイスを片手にカフェテリア風の店内へ入っていくと、次いで私たちもアイスを買った。光彦さんは柑橘系の味で小さいサイズにしたけど、私はちょっと大きめのにした。
「食えんのか?」
「食べられます」
 目を輝かせる私に、また苦笑が降って来る。
 それぞれアイスを手にして席を探すと、二人席は先ほど前に並んでいたカップルの隣しか空いていなかった。
 私たちは向き合って座る。
「いただきまーす」
 食べ始めると、しばし無言でアイスを満喫する。ときどき前に座る光彦さんと視線が合って、その度に照れて口元が緩んだ。
 そんな間にもやっぱり、隣のカップルの女性がこちらを見て来る気がする。
 もしかして光彦さんの知り合い? でも、光彦さんは全然気にしてなさそうだし……。
 思っていると、アイス用のスプーンが手元に伸びてきて、大きくひと掬いアイスを持って行った。
「あっ」
「手が止まってんぞ」
 スプーンを口にくわえた光彦さんが、にやりといたずらっぽく笑っている。
「早く食べないと溶けるぞ。ほれ、急げ急げ」
「あ、はい」
 確かにアイスはだいぶトロトロしてきた。私はしばらく食べるのに集中した。

 アイスを食べ終わる頃には、カップルはいなくなっていた。手を合わせてごちそうさまをし、どちらからともなく立ち上がる。
「トイレ寄りたいです」
「ああ、その方がいいな」
 言い合って、お手洗いへ向かう。あの角を曲がるとお手洗いがある、というところまで来たとき、
「さっき隣に座ってたのって、カップルなのかなぁ」
 女性の言葉に私は足を止める。お手洗いの方からは、先ほどのカップルが出てきた。
「え? 隣の客なんて見てないよ」
「えー。だって。結構年齢差ありそうだったから、どんな関係なのかなって気になって」
「不倫とか? 親戚とか?」
「あはは、姪っ子と叔父とかね。そうそう、それくらいの差があった感じ。女の子、すごい幼い感じだったし、男の人オジサンだったし」
 私は立ち止まったまま黙っていた。光彦さんも何も言わずその横に立っている。
 カップルは私たちに気づかず、背を向けた形で歩いて行ってしまった。
「さっきの店にいたカップルだな」
 光彦さんは静かに言った。私は顔を上げられず、俯く。
 後ろから人が歩いてきて、私の肩にぶつかって歩き去った。少し睨まれた私を、光彦さんの手が引き寄せて道の端に寄せる。
「ショックだったか?」
 向き合う形で立った私に、静かな声が尋ねた。
 首を横に振ろうとしたけど、そうできずに唇を引き結ぶ。
 ショックだった。
 他人から見たら、私たちがどう見えるかなんて、あえて気にしないようにしていたから。
 光彦さんはため息をついて、うなだれたままの私の頭に軽く触れた。
「ま、あのカップルよりはお前の方が精神年齢が上だな」
 声には先ほどの静けさの代わりに、いつもと同じ皮肉混じりの冗談の響きがある。
 傷ついた私を励ましてくれようとしているんだ、と分かり、私も笑顔を浮かべようとしたが、うまくいかない。
 私自身がどうこう言われるのなら、笑って振り払える自信があった。
 でも、さっきの女性の声音には、年上である光彦さんへの侮辱の響きを感じ取った。
 いい年して、若い女をひっかけて。
 光彦さんが、他人からそう思われてしまうのは、すごくすごく、嫌だった。
 だって、私の方から近寄ったのに。
「傍から見れば、そう見えるってことだよ」
 私がまだ顔を上げないのを見て、光彦さんはまた静かに言った。
「一つ勉強になったな。トイレ行って車戻るぞ」
 歩きだそうとする光彦さんの手を、慌てて引き止める。
「光彦さんは……嫌じゃないんですか。ああいうこと、思われて」
 ずきん、ずきんと胸が痛んだ。私は、嫌だった。光彦さんが私のせいで汚されることが。私といることで馬鹿にされることが。
 光彦さんは笑った。
「腹くくったって言ったろ。ロリコンだと見られようが何だろうが、お前が俺といるつもりなら一緒にいるよ」
 そして私の肩を引き寄せる。
 そんなことをするのは初めてだ。私は驚いて顔を上げた。
「それとも、この旅行で終わりにするか?」
 形としては鋭く釣り上がっているその目が、あまりに優しくて泣きそうになる。
「やだ。……絶対、やだ」
 私は首を振った。涙が一粒、はらりと頬を伝う。
 光彦さんは笑って、私の涙を指先で拭った。
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