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第七章 織り姫危機一髪。(ヒメ/阿久津交互)

14 アドバイス

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 何事もなかったかのように立ち去るジョーとヨーコさんの後ろ姿を見ながら、俺は静かに息を吐き出した。
 腹に受けた拳と締められた喉のせいで息苦しい。数度咳ばらいをしたが、つかえはとれない。
「あーくん、大丈夫?」
「ああ」
 顔を覗き込んでくる美郷に言って、衿元のボタンを一つ、二つ外す。
 外気が肌に触れ、少し楽になったように思えた。
「くっそ」
 小さく毒づく。
「何だよ、たった五歳違うだけで片やオッサン扱い、片やオニーサン扱いか。おかしくないか? おかしいだろ。そう思うよな?」
「ああ、それが気になってたのね」
 美郷は声をあげて笑った。俺はむすっとして顔を反らす。
 その先にへたり込んだままの澤田を見つけ、近づいて行った。頭から俺のスーツジャケットをすっぽりと被っている。
「おい、大丈夫か?」
 放心状態に見えた澤田は、俺の顔をじいっと見上げた。
「阿久津さぁあん」
 じわじわと目が潤んで来る。
 げ。もしかして泣く気か?
 思わず美郷に助けを求めようと振り返りかけたとき、ドス、と何かが身体に当たり、息が止まった。
 澤田がほとんどタックルのように抱き着いて来たのだと気づき、むせる呼吸をなだめる。
 つかお前な。頭、低いところからタックルしたろ。みぞおち入りかけたぞ。危ねぇだろうがよ。さっき男に何度か殴られたの見てただろ、アバラ折れたらどーすんだ。
 思うが、シャツに顔を埋めた頭を見下ろすと何も言う気になれない。美郷がふらりと歩いて行き、澤田が急に立ったせいで落ちたジャケットを拾い上げてはたいた。
「あーくん」
「何だよ」
「かっこよかったよ。はい、これ」
 美郷は口の端を歪ませるいつもの笑い方で俺に笑いかけると、ジャケットを俺へ差し出した。
「……あ、そ」
 照れ臭さにぶっきらぼうになるが、美郷はそれも分かっているのだろう。くすくすと楽しげに笑った。
「私、もうあーくんはやめとくぅ」
「ああ?」
「だって、今日のはちょっと、かっこよすぎたもん」
 美郷はふらりふらりと離れて行き、途中で振り向いた。
「もう誰も好きになる気はないの。だから、バイバイ」
 ひらりと華奢な手を振り、ふふふ、と満足げな笑顔を残して背中を向ける。
 俺は前に進んでいくその脚を見ながら、やっぱり蹴ったら折れそうだなと、馬鹿なことを考えていた。

 澤田はしばらく俺にしがみついていたが、落ち着いて来るとおずおずと顔を上げた。
「……本物?」
「俺の偽物なんざ何の役に立つんだよ」
「えと……私のおうちに置いておく」
「やめんか」
 澤田が何となく嬉しそうに目を輝かせたのを見てぞっとした。放っておくと俺の人形でも作りだしかねない。
「……で、何もされてないな?」
「うん……」
 澤田は自分の身体を確認するように見下ろし、あ、と言った。
「おっぱい触られた」
 思わず、ぐ、と喉が鳴る。
「……そんだけ出っ張ってんだ、諦めろ」
「えええええ。だって気持ち悪かったですぅ」
 澤田は情けない顔をして俺を見た。俺は嘆息して澤田を俺から引きはがし、連れの男に目をやる。
「おい、喧嘩したんだか何だか知らねぇが、自分の女くらい自分で管理しろ。管理不行き届きで何されても文句言えねぇぞ」
「だから、違いますってぇ」
 澤田がぶんぶんと首を振る。
「大学時代の友達で。普段埼玉に住んでるんですけど、今日は都内に来るっていうから久しぶりに会っただけです。私が阿久津さんのこと好きだって知ってるくせに、そういう意地悪言わないでください」
 両拳を握って言う澤田を見下ろして、相手の男を改めて見やる。
 困惑と諦めの表情。
 なっさけねぇなぁ。
 思いながら、俺は苦笑した。
 俺とて、同じだ。自信が持てず、様子を伺っているだけで、早々に諦めた。コイツのように顔に出ていた訳ではないだろうが、ただそれだけの違いしかない。
 俺は澤田を放っておいて、静かに男に近づく。平均的な身長の若者の目は、俺より拳一つくらい下になった。
 戸惑いながら、男は俺を見上げる。
「こういう女は、はっきり言わなきゃわかんねぇぞ」
 俺は微笑して言った。
「待ってても埒は開かない。ぶつかれよ、青年」
 言って、男の肩に拳を軽くぶつける。男は少しだけ揺らいだ。俺は笑うと、二人を置いて歩き出す。
 あーあ。せっかく久々に女を抱けるチャンスだったのに。残念。
 思いながら、足早に喧騒の中へと身を投じた。
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