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第三章 天の川は暴れ川(ヒメ/阿久津交互)
07 災い転じて
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もうこれは偶然ではないわ。もはや運命!
コンビニの入口で絡まれていたのを救われた私は、不機嫌そうな阿久津さんの顔を見るや、感動のあまり動けなかった。
こうなれば、絡んできてくれた男性二人にも感謝する勢いだ。胸がどうのというセクハラ発言は大目に見てあげよう。
コンビニに入って行った阿久津さんを追い、ちゃんと社会人らしい挨拶をして、連絡先を渡した。
あえてアヤノさんにと言ったのはファインプレーだと思う。その名前を出す直前は受けとる気がないと見られた阿久津さんも、不承不承、黙って受け取ってくれた。
ああ、そんな不機嫌そうな顔も渋くてステキ。
恋は盲目。ピンク色のフィルターがかかっていると言われても構わない。
きっと怖がらせようとしているのだろう阿久津さんの睨みも、私にとっては快感でしかないのだ。
阿久津さんに駅までの道を教えてもらった私は、お礼を言って去ろうとした。
「ありがとうございます。お休みなさい」
ペコリとお辞儀したのだけど、阿久津さんは黙って私の進行方向に足を向ける。頭を上げて首を傾げると、阿久津さんが睨みつけてきた。
「補導されたらまた面倒だろ。駅まで保護者代わりになってやるからとっととしろ」
口は悪いけれど、道がわからない私が心配なんだろう。と、思っておく。私としては一緒にいる時間が伸びるのは大、大、大歓迎なのでーー緊張するけどーーついつい目が輝いた。
私のその目の輝きをとらえた阿久津さんは嘆息しながら顔を前方へ戻して歩き出す。
大股で進むその歩調についていこうと足を早めた。
背伸びした服装に合わせて、普段あんまり履かないヒール靴を選んだ私は、歩きにくさに辟易した。
カカトがガツガツつかないように足を運びながら、それでも阿久津さんの歩調についていこうとすると、どうしても小走りになる。背が高いから足も長いんだなぁなんて思いながら、懸命について行ってたのだが、だんだん息が上がってきた。
「きゃ」
コンクリートが欠けていたところがあったらしい。ヒールが嵌まって身体が傾ぐ。
阿久津さんが咄嗟に私の腰を支えた。身体の中心近くに触れた力強い腕に、私の鼓動が高鳴る。
「す、すみません。ありがとうございます」
さ、触ってもらっちゃった触ってもらっちゃった触ってもらっちゃった!
思わず興奮に高鳴る胸を押さえてうつむきながら、私は足元を確認した。
阿久津さんが嘆息しながら後ろ頭を掻く。
「文句の一つくらい言ってみろよ。黙ってついて来やがって」
ぼやくように呟いて、阿久津さんはまた歩き出した。今度は私のペースに合わせているのだろう、かなりゆっくりだ。
私は首を傾げた。
「だって、駅まで送ってくださるだけでも、ありがたいですし……」
「あー、うるせぇ。もういいから黙ってろ」
歩くペースはゆっくりだが、その分足の運びが乱暴だ。道草をする少年のようにぶっきらぼうに足を運ぶ姿に、私はついつい微笑む。
その気配を察した阿久津さんは、また嘆息した。
「訳分かんねぇ」
何がですか、とまた口を開きかけて、やめた。黙ってろと言われたばかりだ。
でも、私が何か言おうとして黙ったことも、阿久津さんは分かったらしい。ちらりと私を一瞥して、また深々と嘆息して、黙った。
私たちは会話もせず、ただ黙って駅に向かって歩いていた。
先ほどまでギラギラしくて嫌悪感を抱いたネオンライトの明かりは、二人でいると不思議とその気持ちも薄らいで、ただぼんやりと色として視界に入る。カラフルで綺麗だなとすら思えて、人間て現金なものだなぁと一人笑った。
阿久津さんはそんな私の表情が変化する度に、ちらりと見ながら黙って歩いていく。そして私もその度に思う。気遣いのできる優しい人なんだなと。
本人は、そうと認めないような気もしたけれど。
二人で黙って歩く。
その沈黙は、つまらなくも怖くもない。
むしろ、仄かな甘さと喜びを感じるのは、わずかながら飲み会のアルコールが残っているからだろうか。
駅が見えてきた。
ああ、もうこの幸せな時間もおしまいか、と寂しく思う。わずかに阿久津さんが歩みを早めた気がして、その半歩後ろをついていく。
阿久津さんは、駅構内に立ち入る手前で何も言わずにきびすを返した。
「あの、ありがとうございました!」
その背に向けて、私は慌ててお礼を言う。阿久津さんは数歩変わらず歩いた後、考え直したようにわずかに足を止めかけたが、またペースを戻て去って行ってしまった。
去って行くその背を、見えなくなるまでじっと見送った。
コンビニの入口で絡まれていたのを救われた私は、不機嫌そうな阿久津さんの顔を見るや、感動のあまり動けなかった。
こうなれば、絡んできてくれた男性二人にも感謝する勢いだ。胸がどうのというセクハラ発言は大目に見てあげよう。
コンビニに入って行った阿久津さんを追い、ちゃんと社会人らしい挨拶をして、連絡先を渡した。
あえてアヤノさんにと言ったのはファインプレーだと思う。その名前を出す直前は受けとる気がないと見られた阿久津さんも、不承不承、黙って受け取ってくれた。
ああ、そんな不機嫌そうな顔も渋くてステキ。
恋は盲目。ピンク色のフィルターがかかっていると言われても構わない。
きっと怖がらせようとしているのだろう阿久津さんの睨みも、私にとっては快感でしかないのだ。
阿久津さんに駅までの道を教えてもらった私は、お礼を言って去ろうとした。
「ありがとうございます。お休みなさい」
ペコリとお辞儀したのだけど、阿久津さんは黙って私の進行方向に足を向ける。頭を上げて首を傾げると、阿久津さんが睨みつけてきた。
「補導されたらまた面倒だろ。駅まで保護者代わりになってやるからとっととしろ」
口は悪いけれど、道がわからない私が心配なんだろう。と、思っておく。私としては一緒にいる時間が伸びるのは大、大、大歓迎なのでーー緊張するけどーーついつい目が輝いた。
私のその目の輝きをとらえた阿久津さんは嘆息しながら顔を前方へ戻して歩き出す。
大股で進むその歩調についていこうと足を早めた。
背伸びした服装に合わせて、普段あんまり履かないヒール靴を選んだ私は、歩きにくさに辟易した。
カカトがガツガツつかないように足を運びながら、それでも阿久津さんの歩調についていこうとすると、どうしても小走りになる。背が高いから足も長いんだなぁなんて思いながら、懸命について行ってたのだが、だんだん息が上がってきた。
「きゃ」
コンクリートが欠けていたところがあったらしい。ヒールが嵌まって身体が傾ぐ。
阿久津さんが咄嗟に私の腰を支えた。身体の中心近くに触れた力強い腕に、私の鼓動が高鳴る。
「す、すみません。ありがとうございます」
さ、触ってもらっちゃった触ってもらっちゃった触ってもらっちゃった!
思わず興奮に高鳴る胸を押さえてうつむきながら、私は足元を確認した。
阿久津さんが嘆息しながら後ろ頭を掻く。
「文句の一つくらい言ってみろよ。黙ってついて来やがって」
ぼやくように呟いて、阿久津さんはまた歩き出した。今度は私のペースに合わせているのだろう、かなりゆっくりだ。
私は首を傾げた。
「だって、駅まで送ってくださるだけでも、ありがたいですし……」
「あー、うるせぇ。もういいから黙ってろ」
歩くペースはゆっくりだが、その分足の運びが乱暴だ。道草をする少年のようにぶっきらぼうに足を運ぶ姿に、私はついつい微笑む。
その気配を察した阿久津さんは、また嘆息した。
「訳分かんねぇ」
何がですか、とまた口を開きかけて、やめた。黙ってろと言われたばかりだ。
でも、私が何か言おうとして黙ったことも、阿久津さんは分かったらしい。ちらりと私を一瞥して、また深々と嘆息して、黙った。
私たちは会話もせず、ただ黙って駅に向かって歩いていた。
先ほどまでギラギラしくて嫌悪感を抱いたネオンライトの明かりは、二人でいると不思議とその気持ちも薄らいで、ただぼんやりと色として視界に入る。カラフルで綺麗だなとすら思えて、人間て現金なものだなぁと一人笑った。
阿久津さんはそんな私の表情が変化する度に、ちらりと見ながら黙って歩いていく。そして私もその度に思う。気遣いのできる優しい人なんだなと。
本人は、そうと認めないような気もしたけれど。
二人で黙って歩く。
その沈黙は、つまらなくも怖くもない。
むしろ、仄かな甘さと喜びを感じるのは、わずかながら飲み会のアルコールが残っているからだろうか。
駅が見えてきた。
ああ、もうこの幸せな時間もおしまいか、と寂しく思う。わずかに阿久津さんが歩みを早めた気がして、その半歩後ろをついていく。
阿久津さんは、駅構内に立ち入る手前で何も言わずにきびすを返した。
「あの、ありがとうございました!」
その背に向けて、私は慌ててお礼を言う。阿久津さんは数歩変わらず歩いた後、考え直したようにわずかに足を止めかけたが、またペースを戻て去って行ってしまった。
去って行くその背を、見えなくなるまでじっと見送った。
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