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第三夜 帰宅途中ひったくりに襲われた結果。
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その週末。家事をすませた私は、お茶を手にぺたりとラグの上に座った。
安斎さんが同じところに座っていた姿を思い出し、口元が緩む。
見上げた先の壁にカレンダーがあった。
整体院の予約はあと二週間後。
でも、このまま通い続けてもいいんだろうか。
安斎さんからのメッセージを思い出しながら、ぼんやりする。
身体に触れた大きな手。
耳元で囁く声。
押し入ってくる安斎さん自身の熱ーー
ぼん、と一人、爆発しそうなほど顔が赤くなる。
同時に、下腹部が落ち着かない感じがした。
久しぶりに味わった快感が忘れられない。いや、あそこまでの快感は初めて感じたと言ってもいいくらいだ。
私のいいところを、丁寧に解して暴いていく手と指先。
思い出してまた腰に甘い痺れを感じる。
不意に、多恵から贈られてきたモノを思い出した。
クローゼットにしまいこんだ、アレ。
「……」
四つ這いになって、ぺたぺたとクローゼットへ向かう。
開けた中に味気ない段ボールが見えた。
(使ったら……戻れないような、気がする)
理性で押し止めようとする自分と、
(でも、あの夜のことを思い出して満たされたい……)
欲望に忠実な自分が葛藤する。
(とりあえず、開けるだけ開けてみるか……)
開けた箱の中には、男性のそれを象ったものが入っていた。グロテスクな形に思わず唇を引き締める。
ご丁寧に潤滑剤までついている。そして後日受け取った避妊具を被せて使えと言うことらしい。説明書に丸洗い不可と書かれているのを見て納得する。
私はそれを手に、ごくりと唾を飲み込んだ。
安斎さんが開けた小さな箱に手を伸ばす。それはベッド横に置いたままだった。
中の個包装を一つ取り出して、えいやっと破った。
* * *
さんざんためらったものの、結局大人の玩具の使用に至らなかった私は、週明けの朝首に違和感を覚えた。
肩凝り? と首を回そうとして、激痛に動きを止める。
既視感を覚えつつ、自分をだましだまし身支度を整えて出社した。
「佐藤さん、おはよー」
「おは……ぐぅ」
「ど、どうかした?」
「いや……く、首を寝違えたらしくて……」
挨拶するにも振り向けず、苦笑を浮かべる私を見て、上司も苦笑した。
「辛そうだね。今日の午後休んで病院行ったら。早く直した方がいいよ」
言いながら、上司は気遣わしい目で私を見た。
「仕事いろいろお願いしちゃってたからね。疲れもたまってるでしょ。急ぎの仕事がなければそうしなよ」
「……はあ。そうします……」
答えながらも、不安と期待がない交ぜの気分だった。
* * *
整体院の午後の診療時間は三時からだ。午前中の内に電話で予約をしておいて、一度着替えに戻ってから安斎さんのいる整体院に向かった。
週末の夜を思うと気まずいので、他のところを探すことも一瞬考えたのだけど、やっぱり行き慣れたところがいいかと思い直したのだ。
『ずっとこうしたかった』
耳元での囁きを思い出して、一人照れる。
でも、あれが本心かどうかは分からない。いくら一見紳士な安斎さんとはいえ、ベッドを前にしたら一人の男なのだろうし、女をその気にさせるための睦言だったのかもしれない。
……そうは思いたくないけど。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、受付にいた女性の整体師だった。
「今日は奥の部屋が空いてますから、どうぞ」
整体院は、奥に個室が二部屋ほどあり、カーテンで区切るだけのベッドが手前に二つある。
奥の部屋に向かう廊下に、安斎さんが立っていた。
いつもと変わらない微笑みーーいや、心なしか、いつもより目が甘い気がする。
気のせいかもしれないけど。希望的観測かもしれないけど。
ときめく胸を押さえて、安斎さんのところまで歩いていく。
「……あの、先日は」
「首、寝違えたそうですね。こちらへどうぞ」
私の言葉を遮って、安斎さんは奥へと誘導した。
私は困惑しながらそれに従った。
個室に入ると、私に施術用のベッドに上がるように言い、安斎さんは静かにドアを締めた。
不意に訪れた二人だけの空間に、一瞬緊張が胸をよぎる。
安斎さんがドアの前で振り向いたと思うや、頭を下げた。
「小絵さん。先日は、すみませんでした」
「あ、あの、いえその……」
私は慌てて手を振る。同時に胸がつきりと痛んだ。
安斎さんの口から、私の期待を裏切る言葉が出てくるのが怖くて、口早に言葉を繋ぐ。
「き、気にしないでください。いい夢見せてもらったと思うことにするのでーー」
「夢?」
安斎さんが顔を上げた。その目が切なそうに揺らいでいる。
ゆっくりと、こちらに近づいて来る。
その歩みを見ながら、涙が込み上げて来るのを感じた。
三年。
ただの憧れだった気持ちは、通う内にほのかな恋に変わっていたのだ。
今さらながらにそう気づき、うつむいて目を閉じる。
「安斎さんがご迷惑なら、もうここには来ませんからーー」
「どうして?」
安斎さんが困惑した声で言った。私は反射的に顔を上げ、首の痛みに眉を寄せる。
安斎さんは顔をしかめたことに気づき、ふわりと笑った。
「首、痛いんでしたね。横になってください。まずはうつぶせに」
いつもと同じ穏やかな微笑み。私は黙って頷き、言われるがままにうつぶせになる。
ゆっくりと肩や首を指圧しながら、安斎さんは静かに話す。
「俺じゃない人にしようかとも思ったんですけど。今日の施術」
私は何か答えるべきかとも思ったが、黙ってその声を聞くことにした。
目を閉じると、何もなくても艶のある低い美声が耳に心地好い。
「でも、ちゃんと気持ちを伝えてからにしようと思って……もし、俺にさわられるの嫌だったら、言ってくださいね」
私は一瞬顔を上げようとして、痛みに元に戻した。安斎さんが優しく笑う。
「あの夜なし崩しになってしまったけど……小絵さんのこと、ずっと好きでした。……施術師がこんな風に思ってるなんて、気持ち悪いだろうと分かってはいたんですけど……」
プロ失格ですね、と苦笑気味な言葉と優しい手の動きに、私の心も解れていく。
ほっと息を吐き出した。
「でも……きっと、あれを持ってたってことは、彼氏が……できそうなのか、できたのか、したんですよね」
安斎さんの声が寂しそうに変わる。
私は慌てて起き上がった。
「ち、違うんです、あれはーー痛ッ」
勢いに任せて起き上がったはずみに、また首の痛みを覚えて手で押さえる。一瞬止めた息を、安斎さんの驚いた目を見ながら吐き出した。
「……あの、あれは。あまりに私が男日照りだからって、女友達が……その」
オトナの玩具を、くれて。
言いながら恥ずかしさに真っ赤になる。
「あ、あの使ってないですよ! リクエストしたわけでもないですよ! 勝手にくれただけなんです! そ、それで、それを使うときに必要だからってあれをーー」
あれとかそれとか、指示語ばっかり。
我ながら、何じゃい! と思うけど、単語をはっきり言いたくないのだから仕方ない。
未婚女性が男性の前で言うにはあまりに勇気が要る言葉ばかりだ。
安斎さんはぽかんとしていた顔から一転、笑いはじめた。
「ーーああ、なんだ。そうだったんだ」
柔らかくて優しい声に、私の胸がきゅんとする。
安斎さんは優しく微笑んだ。
「じゃあ、あれは俺が使っていいのかな」
ぐ、と私は喉奥で呻いた。そっぽを向こうとして、今度は首の痛みに呻く。
安斎さんは笑った。
「まずは首を治しましょう。話はその後……」
安斎さんは言いながら、そっと私の頬を手で包み込んだ。
「それまでは、空けといてくださいね。……彼氏の椅子」
私は真っ赤になって、安斎さんを見つめる。つい上目遣いになった視線を受け止めて、安斎さんは妖艶に笑った。
「そんな顔しないで。……首治るまでは、我慢しなきゃいけないんだから」
私が口を開きかけると、安斎さんの唇がそれを塞いだ。
ちゅ、と小さな音を立てて離れると、間近に穏やかな微笑がある。
「治ったら、身体中解してあげますから。……楽しみにしててくださいね」
爽やかな笑顔ではあるけれど、言わんとしてることがひどく卑猥なのは察しがついて。
「お……おかまいなく……」
私があっぷあっぷしながら言うと、安斎さんは楽しげな笑い声をたてた。
(第三夜 完)
安斎さんが同じところに座っていた姿を思い出し、口元が緩む。
見上げた先の壁にカレンダーがあった。
整体院の予約はあと二週間後。
でも、このまま通い続けてもいいんだろうか。
安斎さんからのメッセージを思い出しながら、ぼんやりする。
身体に触れた大きな手。
耳元で囁く声。
押し入ってくる安斎さん自身の熱ーー
ぼん、と一人、爆発しそうなほど顔が赤くなる。
同時に、下腹部が落ち着かない感じがした。
久しぶりに味わった快感が忘れられない。いや、あそこまでの快感は初めて感じたと言ってもいいくらいだ。
私のいいところを、丁寧に解して暴いていく手と指先。
思い出してまた腰に甘い痺れを感じる。
不意に、多恵から贈られてきたモノを思い出した。
クローゼットにしまいこんだ、アレ。
「……」
四つ這いになって、ぺたぺたとクローゼットへ向かう。
開けた中に味気ない段ボールが見えた。
(使ったら……戻れないような、気がする)
理性で押し止めようとする自分と、
(でも、あの夜のことを思い出して満たされたい……)
欲望に忠実な自分が葛藤する。
(とりあえず、開けるだけ開けてみるか……)
開けた箱の中には、男性のそれを象ったものが入っていた。グロテスクな形に思わず唇を引き締める。
ご丁寧に潤滑剤までついている。そして後日受け取った避妊具を被せて使えと言うことらしい。説明書に丸洗い不可と書かれているのを見て納得する。
私はそれを手に、ごくりと唾を飲み込んだ。
安斎さんが開けた小さな箱に手を伸ばす。それはベッド横に置いたままだった。
中の個包装を一つ取り出して、えいやっと破った。
* * *
さんざんためらったものの、結局大人の玩具の使用に至らなかった私は、週明けの朝首に違和感を覚えた。
肩凝り? と首を回そうとして、激痛に動きを止める。
既視感を覚えつつ、自分をだましだまし身支度を整えて出社した。
「佐藤さん、おはよー」
「おは……ぐぅ」
「ど、どうかした?」
「いや……く、首を寝違えたらしくて……」
挨拶するにも振り向けず、苦笑を浮かべる私を見て、上司も苦笑した。
「辛そうだね。今日の午後休んで病院行ったら。早く直した方がいいよ」
言いながら、上司は気遣わしい目で私を見た。
「仕事いろいろお願いしちゃってたからね。疲れもたまってるでしょ。急ぎの仕事がなければそうしなよ」
「……はあ。そうします……」
答えながらも、不安と期待がない交ぜの気分だった。
* * *
整体院の午後の診療時間は三時からだ。午前中の内に電話で予約をしておいて、一度着替えに戻ってから安斎さんのいる整体院に向かった。
週末の夜を思うと気まずいので、他のところを探すことも一瞬考えたのだけど、やっぱり行き慣れたところがいいかと思い直したのだ。
『ずっとこうしたかった』
耳元での囁きを思い出して、一人照れる。
でも、あれが本心かどうかは分からない。いくら一見紳士な安斎さんとはいえ、ベッドを前にしたら一人の男なのだろうし、女をその気にさせるための睦言だったのかもしれない。
……そうは思いたくないけど。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、受付にいた女性の整体師だった。
「今日は奥の部屋が空いてますから、どうぞ」
整体院は、奥に個室が二部屋ほどあり、カーテンで区切るだけのベッドが手前に二つある。
奥の部屋に向かう廊下に、安斎さんが立っていた。
いつもと変わらない微笑みーーいや、心なしか、いつもより目が甘い気がする。
気のせいかもしれないけど。希望的観測かもしれないけど。
ときめく胸を押さえて、安斎さんのところまで歩いていく。
「……あの、先日は」
「首、寝違えたそうですね。こちらへどうぞ」
私の言葉を遮って、安斎さんは奥へと誘導した。
私は困惑しながらそれに従った。
個室に入ると、私に施術用のベッドに上がるように言い、安斎さんは静かにドアを締めた。
不意に訪れた二人だけの空間に、一瞬緊張が胸をよぎる。
安斎さんがドアの前で振り向いたと思うや、頭を下げた。
「小絵さん。先日は、すみませんでした」
「あ、あの、いえその……」
私は慌てて手を振る。同時に胸がつきりと痛んだ。
安斎さんの口から、私の期待を裏切る言葉が出てくるのが怖くて、口早に言葉を繋ぐ。
「き、気にしないでください。いい夢見せてもらったと思うことにするのでーー」
「夢?」
安斎さんが顔を上げた。その目が切なそうに揺らいでいる。
ゆっくりと、こちらに近づいて来る。
その歩みを見ながら、涙が込み上げて来るのを感じた。
三年。
ただの憧れだった気持ちは、通う内にほのかな恋に変わっていたのだ。
今さらながらにそう気づき、うつむいて目を閉じる。
「安斎さんがご迷惑なら、もうここには来ませんからーー」
「どうして?」
安斎さんが困惑した声で言った。私は反射的に顔を上げ、首の痛みに眉を寄せる。
安斎さんは顔をしかめたことに気づき、ふわりと笑った。
「首、痛いんでしたね。横になってください。まずはうつぶせに」
いつもと同じ穏やかな微笑み。私は黙って頷き、言われるがままにうつぶせになる。
ゆっくりと肩や首を指圧しながら、安斎さんは静かに話す。
「俺じゃない人にしようかとも思ったんですけど。今日の施術」
私は何か答えるべきかとも思ったが、黙ってその声を聞くことにした。
目を閉じると、何もなくても艶のある低い美声が耳に心地好い。
「でも、ちゃんと気持ちを伝えてからにしようと思って……もし、俺にさわられるの嫌だったら、言ってくださいね」
私は一瞬顔を上げようとして、痛みに元に戻した。安斎さんが優しく笑う。
「あの夜なし崩しになってしまったけど……小絵さんのこと、ずっと好きでした。……施術師がこんな風に思ってるなんて、気持ち悪いだろうと分かってはいたんですけど……」
プロ失格ですね、と苦笑気味な言葉と優しい手の動きに、私の心も解れていく。
ほっと息を吐き出した。
「でも……きっと、あれを持ってたってことは、彼氏が……できそうなのか、できたのか、したんですよね」
安斎さんの声が寂しそうに変わる。
私は慌てて起き上がった。
「ち、違うんです、あれはーー痛ッ」
勢いに任せて起き上がったはずみに、また首の痛みを覚えて手で押さえる。一瞬止めた息を、安斎さんの驚いた目を見ながら吐き出した。
「……あの、あれは。あまりに私が男日照りだからって、女友達が……その」
オトナの玩具を、くれて。
言いながら恥ずかしさに真っ赤になる。
「あ、あの使ってないですよ! リクエストしたわけでもないですよ! 勝手にくれただけなんです! そ、それで、それを使うときに必要だからってあれをーー」
あれとかそれとか、指示語ばっかり。
我ながら、何じゃい! と思うけど、単語をはっきり言いたくないのだから仕方ない。
未婚女性が男性の前で言うにはあまりに勇気が要る言葉ばかりだ。
安斎さんはぽかんとしていた顔から一転、笑いはじめた。
「ーーああ、なんだ。そうだったんだ」
柔らかくて優しい声に、私の胸がきゅんとする。
安斎さんは優しく微笑んだ。
「じゃあ、あれは俺が使っていいのかな」
ぐ、と私は喉奥で呻いた。そっぽを向こうとして、今度は首の痛みに呻く。
安斎さんは笑った。
「まずは首を治しましょう。話はその後……」
安斎さんは言いながら、そっと私の頬を手で包み込んだ。
「それまでは、空けといてくださいね。……彼氏の椅子」
私は真っ赤になって、安斎さんを見つめる。つい上目遣いになった視線を受け止めて、安斎さんは妖艶に笑った。
「そんな顔しないで。……首治るまでは、我慢しなきゃいけないんだから」
私が口を開きかけると、安斎さんの唇がそれを塞いだ。
ちゅ、と小さな音を立てて離れると、間近に穏やかな微笑がある。
「治ったら、身体中解してあげますから。……楽しみにしててくださいね」
爽やかな笑顔ではあるけれど、言わんとしてることがひどく卑猥なのは察しがついて。
「お……おかまいなく……」
私があっぷあっぷしながら言うと、安斎さんは楽しげな笑い声をたてた。
(第三夜 完)
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