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第二夜 台風で濡れネズミになった結果。
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【服を返したいので、都合のいい日を教えてください】
そうメッセージを送ると、週末なら空いていると返ってきた。
ベッドに横たわってそのメッセージを眺めながら、ため息をつく。
伊能ちゃんは、私にとって妄想彼氏みたいな存在で。
振り向いてくれる訳もないからって、最初から対象から除外していて。
まさかあんなに丁寧に、身体に触れてもらえる日が来るだなんて。
(……本気、なのかな……)
“俺のものになって“。
そう言いながら、私を見つめる熱い視線を思い出す。
私を求めて猛った自身を、布越しにこすりつけた感触を思い出し、膝を擦り合わせた。
嘘だとは思えない。し、思いたくない。
でも、出会って十年ほど。毎年のように会って、当たり障りのない会話をしているだけだった時間が長すぎて、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
“今度は……させてくれる?“
私は赤くなった顔を覆った。
【ちょっと行きたいところあるんだけど、つき合ってくれる?】
そう言われて出かけたのは、住宅展示場だった。
「ここ、先輩が設計してて。一度来たかったんだよね」
言う伊能ちゃんの目は相変わらず輝いている。
私がついその横顔を見ていると、とたんに申し訳なさそうな顔をした。
「……つまんない?」
「そんなことないよ。こういうとこ好き」
私もインテリアの販売をする会社に勤めてはいるけど、経理事務などを担当している。店舗販売員ではないので実際には滅多に空間づくりになど携われない。
伊能ちゃんはほっとして笑った。
「よかった。律ならそう言ってくれるかなと思って。……嬉しい」
伊能ちゃんの微笑みを受け止め切れず、私は曖昧にうなずき返した。
住宅展示場は駅から少し離れたところにあった。線路沿いに進んで中を見て、また線路沿いに駅へと戻っていく。
真っ青だった空は、帰る頃になると急に灰色がかった雲に覆われ始めた。
「なんか怪しいなぁ」
「怪しいねぇ」
二人で言っているうちに、ぽつり、と来る。
「うわっ、走れ!」
「きゃー!」
降り始めると一気だった。ゲリラ豪雨というやつか、道に落ちた雨粒も跳ね返るほどの勢いでざあざあと降る。線路沿いの道の周りは住宅ばかりで店がなく、雨宿りもできない。横を車が通り抜ける度、そちらからも跳ね返った雨水が私たちを濡らした。
結局走った甲斐もなく、駅に着く頃にはずぶ濡れだ。
肩で息をしながら眼鏡を外した伊能ちゃんは、袖で乱暴に顔を拭うと私を見た。
「律。大丈夫か?」
「うんーー大丈夫」
私は服の下からもぞもぞと袋を取り出した。
「伊能ちゃんに返す服は濡れてないよ」
誇らしげに差し出したその袋と私の顔を交互に見た伊能ちゃんは、ぷっと噴き出す。
「え? え? 何?」
「いや……そっか、じゃあ律、着替えておいでよ。トイレかどっかで……」
言いかけて、ふと思い出したように首を振った。
「やっぱダメ」
「え?」
「ダメだ。白シャツだったろ。それで帰す訳にはいかない」
シャツの下に下着が透けていたのを思い出したのだろう。
私は思わず、半眼になった。
「……伊能ちゃんがスケベなこと考えたからじゃん」
「スケベじゃなくて、好奇心だろ。どうするかなって……他のシャツないの、とか聞かれたら出すつもりだったんだから」
そうなの? と思いつつも、今さらこんな話も無駄だ。
やれやれとため息をつく伊能ちゃんの濡れた手に、そろりと手を伸ばす。
私の手が触れると、伊能ちゃんが驚いたように私を見た。
その髪から、しずくが垂れる。
「……このままじゃ、二人とも風邪引いちゃうよ」
「……そうだな」
伊能ちゃんが頷いた。私は黙って、その指に指を絡める。
照れ臭くてうつむいた。
恋人繋ぎにした手を、伊能ちゃんが握り返した。
ふっと笑って、一歩私に近づく。
「……ホテル、行く?」
囁くように耳元で言われて、私は小さくあごを引いた。
目を上げて伊能ちゃんの顔を見ると、また柔らかい笑顔が浮かんでいた。
その甘い目に見惚れそうになり、慌ててうつむく。
「……声、出せなくなるのは嫌だよ」
「うん。俺も律の声、聞けなくなるの嫌だ」
その間にも、ゲリラ豪雨はあっさり去ったらしい。
駅の外に出ると、先ほどの雲が嘘だったかのように、青い空が広がっていた。
私と伊能ちゃんはぐしょぬれのまま、手をつないで歩いた。
[第二夜 完]
そうメッセージを送ると、週末なら空いていると返ってきた。
ベッドに横たわってそのメッセージを眺めながら、ため息をつく。
伊能ちゃんは、私にとって妄想彼氏みたいな存在で。
振り向いてくれる訳もないからって、最初から対象から除外していて。
まさかあんなに丁寧に、身体に触れてもらえる日が来るだなんて。
(……本気、なのかな……)
“俺のものになって“。
そう言いながら、私を見つめる熱い視線を思い出す。
私を求めて猛った自身を、布越しにこすりつけた感触を思い出し、膝を擦り合わせた。
嘘だとは思えない。し、思いたくない。
でも、出会って十年ほど。毎年のように会って、当たり障りのない会話をしているだけだった時間が長すぎて、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
“今度は……させてくれる?“
私は赤くなった顔を覆った。
【ちょっと行きたいところあるんだけど、つき合ってくれる?】
そう言われて出かけたのは、住宅展示場だった。
「ここ、先輩が設計してて。一度来たかったんだよね」
言う伊能ちゃんの目は相変わらず輝いている。
私がついその横顔を見ていると、とたんに申し訳なさそうな顔をした。
「……つまんない?」
「そんなことないよ。こういうとこ好き」
私もインテリアの販売をする会社に勤めてはいるけど、経理事務などを担当している。店舗販売員ではないので実際には滅多に空間づくりになど携われない。
伊能ちゃんはほっとして笑った。
「よかった。律ならそう言ってくれるかなと思って。……嬉しい」
伊能ちゃんの微笑みを受け止め切れず、私は曖昧にうなずき返した。
住宅展示場は駅から少し離れたところにあった。線路沿いに進んで中を見て、また線路沿いに駅へと戻っていく。
真っ青だった空は、帰る頃になると急に灰色がかった雲に覆われ始めた。
「なんか怪しいなぁ」
「怪しいねぇ」
二人で言っているうちに、ぽつり、と来る。
「うわっ、走れ!」
「きゃー!」
降り始めると一気だった。ゲリラ豪雨というやつか、道に落ちた雨粒も跳ね返るほどの勢いでざあざあと降る。線路沿いの道の周りは住宅ばかりで店がなく、雨宿りもできない。横を車が通り抜ける度、そちらからも跳ね返った雨水が私たちを濡らした。
結局走った甲斐もなく、駅に着く頃にはずぶ濡れだ。
肩で息をしながら眼鏡を外した伊能ちゃんは、袖で乱暴に顔を拭うと私を見た。
「律。大丈夫か?」
「うんーー大丈夫」
私は服の下からもぞもぞと袋を取り出した。
「伊能ちゃんに返す服は濡れてないよ」
誇らしげに差し出したその袋と私の顔を交互に見た伊能ちゃんは、ぷっと噴き出す。
「え? え? 何?」
「いや……そっか、じゃあ律、着替えておいでよ。トイレかどっかで……」
言いかけて、ふと思い出したように首を振った。
「やっぱダメ」
「え?」
「ダメだ。白シャツだったろ。それで帰す訳にはいかない」
シャツの下に下着が透けていたのを思い出したのだろう。
私は思わず、半眼になった。
「……伊能ちゃんがスケベなこと考えたからじゃん」
「スケベじゃなくて、好奇心だろ。どうするかなって……他のシャツないの、とか聞かれたら出すつもりだったんだから」
そうなの? と思いつつも、今さらこんな話も無駄だ。
やれやれとため息をつく伊能ちゃんの濡れた手に、そろりと手を伸ばす。
私の手が触れると、伊能ちゃんが驚いたように私を見た。
その髪から、しずくが垂れる。
「……このままじゃ、二人とも風邪引いちゃうよ」
「……そうだな」
伊能ちゃんが頷いた。私は黙って、その指に指を絡める。
照れ臭くてうつむいた。
恋人繋ぎにした手を、伊能ちゃんが握り返した。
ふっと笑って、一歩私に近づく。
「……ホテル、行く?」
囁くように耳元で言われて、私は小さくあごを引いた。
目を上げて伊能ちゃんの顔を見ると、また柔らかい笑顔が浮かんでいた。
その甘い目に見惚れそうになり、慌ててうつむく。
「……声、出せなくなるのは嫌だよ」
「うん。俺も律の声、聞けなくなるの嫌だ」
その間にも、ゲリラ豪雨はあっさり去ったらしい。
駅の外に出ると、先ほどの雲が嘘だったかのように、青い空が広がっていた。
私と伊能ちゃんはぐしょぬれのまま、手をつないで歩いた。
[第二夜 完]
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