艶色談話

松丹子

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第四夜 学生に宿泊場所を提供した結果。

01

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 七月。
 春先からつきあっているーーつもりだった人が、初めて家に入れてくれたと思ったら、そこに結婚情報誌を見つけた。

「えーと……」

 思い切り目をさまよわせた彼は、何を言うかと思いきや、

「……結婚するんだ、俺」

 あ、そう。
 そうですか。
 そうでしたか。

 男を見る目がない。
 親にも友人にもそう言われ続けて、気付けば27歳。
 不倫、二股、ギャンブル、フリーター、まあ様々な男の人とつき合ったけど、こういうときの傷は変わらず、胸に痛い。
 痛い。
 痛いです。
 色んな意味で。

「お幸せに」

 私は笑って言って、鞄を手に家を出た。
 期待できないのはわかったけど、彼は全く追ってくる気配もなく。
 連絡だって、何も来ずに。

 綺麗さっぱり、無かったことになってしまった。

 * * *

 そんな傷心な状況だって、仕事は私に遠慮なくのしかかってくる。
 いや、むしろ仕事に精を出した方がすっきりするくらいだ。あんな男忘れるに限る。それでもふとしたときに思い出す自分の弱さを叱咤していたら、横から鋭い声がした。

「岸辺さん。この資料、番号が途中からズレてるんだけど。あなたこの仕事何年やってるの?」

 七月に変わったばかりの上司はバリバリキャリアのお姉様だ。同性だからこその厳しさに、いつも泣きそうになる。

「す、すみません、すぐ直します」

 慌ててパソコンに向き合うと、上司はやれやれとため息をついた。
 上司と部下と言ったって、人間的な相性もある。男社会の中で必死に生き残ってきた彼女は、私のまったりしたところが気に食わないらしい。

「仕事を続けるんだったら、当然上を目指すべきよ」

 歓迎会であっさりと言い放ったその横顔を、私は驚愕の面持ちで見つめてしまったものだ。
 資料を直して出力のボタンを押し、印刷機へ向かいながら小さく息をつく。

(なんだかなぁ……)

 男には、騙され。
 上司には、馬鹿にされ。

 ……なんだか、居場所がない。

 * * *

 六歳離れた従弟の大輝から電話があったのは、くじけそうになりながら日々を過ごしている八月の頭だった。

『いっちゃんひさしぶりー!』
「久しぶり。相変わらず元気だねぇ」

 従弟の大輝は21歳。一年の浪人を経て地元群馬で大学生になったので、今は大学2年生だ。
 小さいときは頻繁に行き来したが、私が就職した頃から互いに忙しくて、会うのはせいぜい祖父母の法事のときくらいだ。最後に会ったのは一昨年度、彼が大学生になった年で、祖母の初盆だった。
 大輝は小学校から高校まで水泳の選手だった。だから肩ががっしりしているし、すっかり私の背も追い抜いているのに、それでも、印象は小学生のときのままだから不思議なものだ。

『あのさ、お願いがあって連絡したんだけど』
「うん? 何?」

 きょうだいのいない私にとって、大輝は可愛い弟のような存在だ。ついつい甘くなるので叔母が申し訳なさそうにするのだが、好きでしていることだから気にしないでと笑っている。
 大輝には三歳年下の妹がいる。だからこそ、両親に甘えられない分も、私に甘えて来るのだろう。
 六歳も年下だと、私が高校生でもまだ大輝は小学生だった。やんちゃで子どもらしい子どもだった大輝は、憎まれ口をきいてもどこか可愛いげがあって、戦いごっこにつき合ってあげたりもしたものだ。

『あのさ、来月、インターンで都内のイベント会社手伝うんだけど、一週間くらい泊めてもらえないかなと思って……。母さんはまたそんなわがまま言ってーとかって言うんだけど、駄目?』

 駄目? の言葉を聞くと、大きな目でじっと見つめて来る小学生の頃の大輝を思い出してくすりと笑ってしまう。
 お姉ちゃんはあの目に甘いんです。ついつい何でも許してしまうんです。

「ふふ、いいよ。就活もお金結構かかるもんね。節約できるところは節約しな。いつ?」
『うん。9月の三週目とかなんだけど……彼氏と過ごす予定あったりするなら、遠慮するけど……』
「あー、そんなのいない、いない。いいよ、おいで。いつからいつまで?」

 大輝は土曜から土曜までの七日間を口にした。私は頷きながら手帳に書き込む。

「了解。じゃあ、そのつもりでいるよ。気をつけて来てね」
『うん、ありがとう。嬉しいな。久しぶりにゆっくり話もしたい。就活の心得とか、教えて』
「えー、もうだいぶ前のことだから忘れてるよ。まあでも……うん、わかった。ちょっと思い出しておくね」

 電話を切ると、ほっと息をつく。
 大輝と話して少し元気になった気がした。
 使えない社員として毎日邪険に扱われている私でも、必要としてくれる人がいるのがありがたかった。

「よし、がんばろっと」

 可愛い従弟の前で泣いてなんていられない。小さく拳を握って、前向きに仕事に向き合う決意を固めたのだった。
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