小悪魔うさぎの発情期

松丹子

文字の大きさ
上 下
20 / 20
本編

20

しおりを挟む
 息を荒げる理都子の髪を、笑う拓哉の手が撫でる。
 理都子はそれを恨めしい目で見やって、両手を伸ばした。
 拓哉は理都子の意図を察して、おとなしく抱きしめられる。

「……また、私だけ」
「抱くなんて言ったっけ?」
「抱かないとも言ってない」

 理都子はむくれて、拓哉の屹立へ手を伸ばす。ボクサーパンツではち切れんばかりになっていたそこは、なぜか少し落ち着いていた。

「……拓哉って、不能?」
「馬鹿言え」

 拓哉は呆れた顔をして、理都子の身体を揉むように撫でる。

「なんつーか、奉仕する側になると、そっちに集中しちゃうんだよな。あれこれ試してみたくなるっつーか……」
「……研究熱心なことで」
「まあそんなとこ」

 拓哉は言って、理都子の腰周りの肉をぶにぶにとつかむ。理都子は嫌だとその手を阻もうとしたが、やんわり指を絡め取られた。

「でも、理都って何だかんだ言って保守的だよな。あの箱ん中、結構色々あったのに。結局使ったの、バイブとディルドだけだろ」

 拓哉の言葉に、理都子は微妙な顔をする。拓哉は笑った。

「どうせなら、色々試してみればいいのに。ハードなものはないんだから……モコモコの手錠とか、コスプレとか? 後ろ開発すんのも興味あるよね。あとは……」
「……一人で?」

 なぜか目を輝かせる拓哉の言葉を、理都子の問いが遮る。
 拓哉は一瞬、目を丸くして、理都子を見下ろした。

「一人じゃ、つまんない」

 理都子が言うと、拓哉は笑う。その余裕が悔しくて、理都子は唇を尖らせた。拓哉はにやにやしながら、理都子を見つめる。

「もう一声」

 拓哉の言葉に、理都子は観念する。
 拓哉の首を抱き寄せ、その肩に顔をうずめてから、小さく言った。

「……拓哉がしてくれるなら」

 あまりの気恥ずかしさに、声はか細くなった。拓哉に聞こえたかどうか不安になったが、拓哉が「あ」と言って笑い出し、理都子を抱きしめる。
 その体温と、柔らかな揺れを感じながら戸惑う。
 拓哉が黒い前髪の隙間から、理都子の目を覗き込んできた。

「今のはよかった。結構効いた。……もう一回言って?」

 笑う目を見返せず、理都子はぺしんとその額を叩く。拓哉はまた笑って、理都子を抱きしめた。
 悔しさと気恥ずかしさに、理都子は拓哉の前髪をくしゃくしゃにする。

「……拓哉。髪、切りなよ」
「なんで? ……あ。愛しの詩乃ちゃんに似てる、とか?」
「馬鹿、言わないで。詩乃と比べるなんて、百億光年早い」

 理都子の返しに、拓哉が笑う。「小学生かよ」と言われて唇を尖らせた。その唇を、拓哉が軽く吸う。

「冗談だよ。俺は俺、詩乃さんは詩乃さん。一緒にすんじゃねーっつの」
「してないもん」

 理都子はますます唇を尖らせ、拓哉の首筋に額を寄せる。

「……してないもん」

 ぎゅう、と細腰に抱き着くと、拓哉はぽんぽんと理都子の頭を撫でた。
 不意に、一方的に翻弄されているような気がして、理都子は拓哉の股間に手を伸ばす。
 一度落ち着いた屹立は、また少し硬くなっている。
 拓哉が腰を引いた。

「やめんか」
「なんで?」
「抱かねーっつの」
「だから、なんで」

 理都子が唇を尖らせると、拓哉がため息をついた。

「ゴムがない」

 気まずげに言われて、思わず笑う。
 理都子は拓哉を押し返して、その股の間に顔を寄せた。ボクサーパンツ越しにそこに口づけると、ぴくんと拓哉自身が揺れる。

「やめろっつの。じゃねーと、孕ませんぞ」
「あはは、いいよ」

 理都子は笑いながら、拓哉の屹立を布から取り出す。ぴょこんと顔を出したそれに舌を這わせてくわえると、体液特有の生臭さと塩気を感じた。

「そしたら、責任取ってくれる?」

 理都子の口と手に弄ばれながら、拓哉が眉を寄せる。

「それ……どこまで本気?」

 問われて、理都子は笑った。

「そっちこそ」

 理都子が言うなり、拓哉が低く唸って理都子を組み敷く。
 フローリングの冷たさと硬さを背中に感じながら、理都子は拓哉に手を伸ばした。

「拓哉」

 拓哉はその腕におとなしく収まる。

「……これからも、一緒にいて」

 理都子は囁きながら、もう気恥ずかしさなどどこかへ行ってしまったことに気づく。
 自分以上に、自分のことを理解してくれていた幼なじみ。観察していたと言いながら、その実、見守ってくれているのだろうとは、今までもなんとなく分かっていた。
 そう気づきながらーー甘えていたのだ。

「拓哉がいてくれたら……大丈夫な気がする」
「大丈夫って、何が」
「……詩乃が……結婚とか……しても」

 言いながら、視界が歪んだ。
 ああ、とうとう、詩乃が本当に誰かの元に行ってしまう。
 それでも、純白に包まれた彼女の姿は、きっと女神のように綺麗だろう。
 歪んだ室内灯の中に、純白の幻想を見て、息を止める。

 それでも、拓哉がいてくれるなら、それを受け入れられそうな、気がする。
 理都子の腕の中で、拓哉が笑った。

「仕方ねぇな」

 言って、理都子の口にキスをする。互いの愛液の匂いがした。理都子はそれを感じながら笑う。

「それに、もうノーマルなセックスじゃ満足できる気がしない」

 理都子が言うと、拓哉が噴き出した。

「お前、ほんと、歪んでんなぁ」

 だがそれは、言葉に反して柔らかい笑顔だった。

「でも、そういう方が、理都らしいよ」

 理都子の胸がぎゅうと詰まる。がさがさに乾いた心のどこかが、じわじわと満たされていく。
 拓哉、と名前を呼んで、その胸にしがみついた。拓哉は理都子の髪を撫でながら、くつくつと笑う。

「ほんと、馬鹿だからなぁ、理都子は」
「そうだよ、馬鹿だよ」

 髪を拓哉に混ぜられながら、理都子は目を閉じる。拓哉の硬いぬくもりと、繊細な指先。
 気を抜くと浮かび上がり、心の中に波紋のように響いていく、憧れの人への想い。
 ーーしかしそれも、いずれは過去になるだろう。

「どうせ……馬鹿だもん」

 込み上げた涙をそのままに、拓哉の鼓動に耳を澄ませる。頬を伝い落ちてきた涙は、優しさを感じるほどに生温くて、同時に塩辛かった。

 FIN.

 ***

 ご覧くださり、ありがとうございました!
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

短編集:失情と采配、再情熱。(2024年度文芸部部誌より)

氷上ましゅ。
現代文学
2024年度文芸部部誌に寄稿した作品たち。 そのまま引っ張ってきてるので改変とかないです。作業が去年に比べ非常に雑で申し訳ない

“K”

七部(ななべ)
現代文学
これはとある黒猫と絵描きの話。 黒猫はその見た目から迫害されていました。 ※これは主がBUMP OF CHICKENさん『K』という曲にハマったのでそれを小説風にアレンジしてやろうという思いで制作しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...