小悪魔うさぎの発情期

松丹子

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本編

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 理都子は必要なものだけを購入して、店を出た。
 外に出る前に、思わず、既に詩乃たちがいないことを確認する。

「ーーねえ、君。猫ちゃんのお友達だよね?」

 猫ちゃん。
 それが詩乃の苗字ーー猫間、から来る呼び名だと気づいて、理都子は振り向いた。
 そこには、なんとなく粘着質な目をした男が立っている。
 ふと既視感を抱いて、思い当たったのは合コンをした消防士ーー寝た二人のうちの一人だ。
 男の胸元には、秀治や詩乃が仕事中につけるのと同じネームプレートがある。清水、とその名前を見て取ってから、理都子は改めてその顔を見上げた。

「うちの製品、使ってくれてるんだね。お買い上げありがとうございました」

 清水は、にこにこと販売員らしい笑顔を浮かべて理都子に近づいてくる。
 その距離感は女に慣れた男特有のもので、なおかつ、自分の魅力に自信があるらしいこともよく分かった。
 理都子にとっては、嫌いなタイプではない。
 ーーある程度の距離感さえ弁えてくれれば、寝てやらないこともない。

「今日は、秀治はいないよ。本社勤務だからね」

 男の値踏みするような視線を悠然と受け止めて、理都子は微笑み返す。

「秀治さん? こないだ会いましたけど、それだけですよ。今日は買い物に来ただけですから」

 腹を探るような男の気配に気付かないふりで、ひょい、と肩をすくめて見せる。男の視線は変わらず理都子に注がれている。
 店の中に、閉店を告げる音楽が鳴り始めた。清水が「あ」と小さく声を出す。理都子は天井を見上げて、「閉店時間ですか」と微笑む。

「どう、この後」
「いいですよ」

 短いやりとり。
 きっとこの男も察したのだろうーーお互いが同類だということに。

 ***

 理都子と清水は軽い食事を済ませて手近なホテルへと入った。
 「職場の仲間に見つかると面倒だからね」と笑う清水が降りた駅は、彼の職場から数駅離れたところで、誰がいてもおかしくない、夜の繁華街だ。

「先、シャワー浴びる?」
「気にするたちですか?」
「ううん。そのままでもいい」

 清水は言って、理都子の髪を撫でる。ふわりと広がった匂いを吸い込むと、「うちのシャンプーの匂いだね」と微笑んだ。

「今日、朝シャワーだったから」
「なるほど、朝帰りだったのかな」

 清水がにやりと笑って見せるが、理都子は微笑みを返すだけだ。
 清水は楽しげに笑って、「じゃあ、俺もいい匂いになってくるよ。君は待ってて」と浴室に向かった。理都子は口元に微笑を張り付けたままその背中を追い、浴室のドアが閉まる音を聞いて、無意味に微笑んだままだということに気づく。

 猫ちゃん。
 ーー猫ちゃん、か。

 唇の端を引き下げて、大学時代からの友人を想う。
 猫間詩乃。猫であったなら、きっと艶のいい黒猫だ。夜に外を歩いていたら、ライトの光で目だけがキラリと光るような。暗闇に溶け込める静かさと、それなのにひどく人目を引く魅力が、彼女にはある。
 鋭い目つきの黒猫を、力強い腕が抱き上げる様が脳裏に浮かんだ。
 目を細めて喉を鳴らす黒猫が頬を擦り寄せるのは、理都子にとってのっぺらぼうだった消防士ーー
 二人の間に漂う甘い空気を思い出し、吐き気が込み上げる。

 しばらくすると、清水がガウンを着て出てきた。服を着たままの理都子に気づき、「脱がされたい派?」と軽薄な笑顔を見せる。理都子は何も言わず笑顔を返した。
 清水が理都子の丸い頬を撫で、「肌、きれいだね」と囁く。確かに気を使ってはいるが、体質が大きいと思う。
 いかにも血色のいい理都子の肌は、詩乃のように青白くない。
 清水の唇が理都子の唇を食むように重なる。舌先が小さな動きで理都子の唇を撫でる。
 理都子はうっすらと目を開けたまま、清水の長いまつげを見ていて、ふと、口を開いた。
 そのもの言いたげな気配を察して、清水が唇を離し、目でどうしたのか問うてくる。理都子はその目を見つめながら、静かに尋ねた。

「……清水さんは、詩乃と寝たことが?」

 清水は一瞬目を開き、細める。
 さも楽しそうな笑顔。同時に、人を小馬鹿にするような笑顔だ。

「どうだろうね」

 清水は囁き、理都子をゆっくりとベッドに押し倒す。
 枕に広がった自分の髪が、ちくちくと首に刺さった。理都子は直感する。

 ああ、詩乃はこの人とは寝てない。
 寝るわけがない。あの詩乃がーーこんな男と。

 理都子は目を閉じて、男の首に腕を巻きつけた。
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