小悪魔うさぎの発情期

松丹子

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本編

08

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 はぁ、はぁ、と男女の吐息が部屋を満たす。
 レストランから程近いラブホテル。一番安い部屋を選ばないのは、プライドなのか、理都子に気を使っているのか。

「はぁ、ん、しゅ、じさ……」

 秀治は手で理都子の身体をまさぐりながら、ちゅうちゅうと赤ん坊のように胸を吸う。
 豊かな胸に顔を寄せることが、何より好きなようだった。

「柔らかい……りっちゃん……」

 秀治の手が乱暴に両胸を揉みしだく。

「あぁ、ん」

 喘ぐ理都子の声は、ほとんど演技だ。
 今までの秀治のセックスは、やたらと生温いものだった。理都子を気遣かってばかりで、痛くないか、気持ちがいいかと、事あるごとに聞いてきていた。
 詩乃のことも、そんな抱き方をしていたのだろうかーー理都子はそう思うと、おかしくてたまらなかった。
 優しいのと自信がないのは別問題だ。秀治のそうした気遣いは、どちらかというと後者に思えた。
 理都子の蜜口に秀治の指が入る。いつもなら「いい?」と上目遣いで聞いてくるのに、今日は何の許可も取らず、遠慮する気配もない。ずぶりと奥まで一気に突いてきた。
 理都子は「ぁあ」と甘い声で演じながら思う。
 今までの遠慮したような抱き方は、まさに遠慮していたのだと。
 詩乃の友達だから。変な抱き方をして、悪い印象を持たれたくないから。もしくは、出会ってからさして間がなかったからーー
 数年一緒にいた詩乃のことは、まさに今日のように抱いていたに違いない。
 指が膣内をこする。ときどき、爪が当たっているような気がした。
 血、出ないといいけど。
 そんなことを考えるほどに、理都子は内心、冷めている。

「りっちゃん」

 ちゅうちゅうと乳首を吸い上げ、男が切羽詰まった声で呼ぶ。
 鼻で荒い呼吸をしながら、理都子の胸に赤い花を咲かせ、唇をふさいだ。
 男は興奮のままに舌を絡め、唾液を注いでくる。
 それを受け入れながら、理都子は頭の中の冷めた部分で、男を馬鹿にしていた。

 下っ手くそ。
 詩乃ってば、こんな男に何年も抱かれてたの?

「い、いれるよ……いい?」
「うん……」

 肩で息をしながら、秀治は一物にゴムを被せる。
 理都子が頷いたのを確認して、ぐぐぐと奥に挿入してきた。
 痛みはない。が、丁寧に愛撫されていない身体は、まだ開ききっていない。

「んんんっ……」
「あ、りっちゃん……狭……気持ちい……っ」

 秀治は恍惚とした声で言いながら、また理都子の胸を吸う。
 本能のままに理都子を求め、余裕がないのは分かるが、今日の理都子はそれに酔える気分ではない。
 せっかく男に抱かれるのに、楽しめないなんて。
 もったいないとは思いながら、ただただ、その時間が終わるのを待っていた。
 秀治がピストンを始めた。

「あっ、そこっ、いぃっ……」

 喘ぐ演技をしながら、理都子の脳裏には違うものがちらついている。
 シャツをはだけた男の肌ーー胸から腹の美しい筋肉。
 それは、合コンの晩、理都子を組み敷いた二人に比べれば、華奢にも見えた。
 それでも、秀治とは比較にならないほどしなやかで、美しかった。
 それなのに、顔は、何度思い出そうとしても思い出せない。黒い短髪の下は、のっぺらぼうのままだ。
 あの、のっぺらぼうが、詩乃と。

「りっちゃん」

 息の合間に、秀治が理都子を呼ぶ。理都子は揺すられながら、演技の喘ぎを囁き続ける。
 秀治の汗がこめかみを伝わり、理都子の目の横に落ちてくる。それはずるずると、理都子の耳の方にまで滑り落ちる。
 ベッドが軋んだ音を立てる。二人の接合部分から、ぐちゅ、ぐちゅ、と愛液の音がする。理都子はそれらを聞きながら、冷めた頭の一部で思う。

 ーー詩乃も今ごろ、あののっぺらぼうの消防士に、抱かれているのだろうか。

 ***

「……帰るの?」

 情事を終えた後、珍しくてきぱきと身支度をはじめた理都子を見て、秀治は困惑したような顔をした。

「うん。明日の朝、ちょっと早くて」

 適当に答え、理都子は笑顔を貼付けたままで身支度を続ける。髪をブラシで整え、鏡の前で服を見直した。
 裸体のままベッドに横たわる秀治の姿を見やる。

「ごめんね、バタバタしちゃって」
「いや……ええと」
「今日はごちそうさまでした。じゃあ、電車なくなる前に帰るね。おやすみ」

 秀治が口を挟むより前に言い切って、理都子は鞄を抱えて部屋を出る。ワンピースの裾が膝上でひらひらと揺れる。
 年齢を考えればそろそろフリルのミニ丈ワンピなど考えものだが、見た目の幼さや身長と、トータルで見ればまだ違和感はない。実際、いまだに学生にナンパされることもあるくらいだ。
 理都子はスマホの画面で時間を確認した。
 【22:28】。
 ーー物足りない。
 いや、むしろ、不要なものを過剰に押し付けられた。そんな気分だ。
 よく分からないが、満たされなかったのは確かだった。
 これでぐっすり眠れる気もしない。
 理都子は駅へ向かって歩く。自分の家とは違う路線の改札をくぐった。
 胸の中が、とにかくモヤモヤして落ち着かない。
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