小悪魔うさぎの発情期

松丹子

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本編

05

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 ブブブブブ……

「っん、ぁ……はぁ……」

 バイブ音の合間に、甘い吐息が響く。
 フローリングの上にバスタオルを広げ、理都子はあられもない姿態をさらけだしていた。

「んっ、んっ……」

 薄いシャツの下で尖る乳首を片手でいじり、ショーツの上からバイブを当てる。じんじんと痛いほどの快感が上下から理都子を襲う。
 そして視線の先には、冷めた目をした拓哉がいる。

「は、ぁ、んっ……」

 理都子は潤んだ目で拓哉を見つめ、吐息の合間に囁く。

「っ……ねぇ、触って……」

 拓哉は答えない。仕事部屋から引っぱり出してきた椅子に座り、黙って理都子を見ている。
 いくら理都子が乱れても、その表情は変わることがない。
 ただひたすら、一方的に恥態を見られ続けるーー屈辱的にすら思っていいはずなのに、むしろ理都子の快感は増すばかりだ。

「は、ぁ、ん……拓哉ぁ」

 甘い甘い声で呼んでみる。こんな風に乱れた姿で呼ばれたら、今まで会ったどんな男も我慢できなくなったものだ。
 それでも、拓哉は黙っている。表情一つ、眉毛一つ動かさない。唾を飲んで喉をごくりと鳴らすことも、気恥ずかしさに目を逸らすこともない。
 その視線は熱心にも、逆にひどく無関心にも思える。

「んんん……足りないぃ」

 理都子はショーツの横から片手を滑らせ、ぬかるんだ穴へと指を挿し入れる。男と違って節も太さもない指。一本では到底もの足りず、二本、三本、と増やす。
 その間もバイブはショーツの上から秘部を刺激し続けている。強く当て続ければすぐイケるだろうが、イクことそのものが快感なわけではない。理都子は吐息をつく。

「ぁあ、ん、んっ……」

 指を中へ挿し入れれば、バイブの音に、粘り気のある水音が加わる。ぐちゅ、くちゃ、と中を掻き回す指は、可能な限りあちこちの壁を撫で回し、突く。
 快感に潤んだ目で、理都子は拓哉を見つめる。
 頬が紅潮しているのが分かる。全身が熱い。
 拓哉はじっと理都子を見ている。その目はときどき理都子の顔を、しかしおおかたはショーツの中でうごめく指を見ていた。
 理都子が恥ずかしげもなく広げた股を、ただただ研究者や観察者のような目で見つめ続けている。

「っぁあ、ん、い、っちゃ……いっ……」

 ガタン、と拓哉が動いた。一瞬、理都子は期待する。
 堪えかねて、自分の方へと来たのではないか。
 しかしそれは勘違いだった。
 拓哉は仕事部屋に入り、何かを持ってきた。それはタブレット端末で、手には端末用の電子ペンもある。
 じっと理都子を見つめて、ふと思い出したように画面に一筆走らせ、また理都子を見ている。
 一度快感の波を逃した理都子は、拍子抜けしながらも自分が燃えていることに気づいた。拓哉の手の動きから察するに、理都子の姿をデッサンしているわけではないらしい。何を描いているのかは分からないが、それでも何かーー少なからず、彼が筆を走らせたくなるものがあったのだろう。

「っ、っ、拓哉、たく……っ」
「名前」

 トントンと画面を叩いて、また一筆走らせてから、拓哉は言った。
 冷めた目が理都子を見つめる。

「俺の名前、呼ぶのやめて。萎える」
「っ……!」

 突き放すよう言い方。理都子の息が上がっている。持て余した自分の熱と、拓哉の冷たい態度の差に悪寒に似た快感を覚えた。
 理都子は目をつぶる。自分の息と、水音と、バイブの音が鼓膜にへばりつく。
 目を閉じればもうそこに拓哉を感じることはなく、ただただ自分のまぶたの裏に赤い血の流れを見るだけだ。

「っ、ぁ、あ、あ、ぁあああっ……!!」

 それなりに、楽しんだ。
 高ぶり果てることを自分に赦す。
 少女のような、鼻にかかった悲鳴を上げて、理都子は果てた。

 ***

 ぐったりと身体を横たえて呼吸を繰り返す理都子に、拓哉は何かを手にしてスタスタと近づいてきた。
 それはドラッグストアでよく見る、円柱のケースだ。
 中から数枚のウェットティッシュを引き抜き、理都子の手にぽんと放る。

「バイブ拭いといて。ついでに手も」

 拓哉はそう言って、「足りなければこれも使っていいけど」とケースを置いた。
 除菌率99.9%。
 ケースに書かれた文字を見て、理都子は思わず笑う。

「完全にバイキン扱いじゃん」
「アダルトグッズは衛生品だろ」
「私の体液はそんなに汚い?」
「お前だって、俺の体液に触りたくないだろ」

 拓哉はもう話を終えたとばかりに仕事部屋に戻ろうとした。理都子は思わずその手首を掴んで引き止める。
 拓哉がびくりと身体を震わせ、心底嫌そうな顔で何かを確認した。
 自分の身体に触れた手が、理都子が体内に突っ込んだ指の方でないことを確認したのだ。
 そう分かって、また喉の奥で笑う。

「やっぱり潔癖じゃん」
「お前が麻痺しすぎ」
「そうかな」

 理都子は首を傾げて、また「ふふ」と笑う。

「そうかも」

 拓哉の顔を見ながら、想像したのだ。
 もしも今、拓哉が下半身を露出して、自分のそれを舐めろと眼前に突き出してきたのなら。
 理都子はためらいなく、それを口に含むことだろう。
 ウェットティッシュで除菌することなど考えもせず。

 拓哉は理都子の手からするりと腕を抜き、キャスター付きの椅子を引きながら仕事部屋へ戻る。
 理都子はその背中をぼんやり見送って、ぱたりと当然のように閉まったドアの音を聞いた。

 見たところ、拓哉が反応した様子はなかった。
 あんなにーー乱れた理都子の姿を見たのに。

「……何、描いてたんだろ」

 手を拭きながら、ふと思い出す。理都子を見るよりも熱心な表情で、タブレットに向かって数度筆を走らせていたことを。

「……あとで聞こ」

 手を拭いたティッシュは、ごみ箱らしきものの中に投げ入れた。快感を得た後の身体は重だるくて、動くのが面倒だ。
 のろのろと拓哉に借りたスウェットを履くと、例のビーズクッションに身体を預け、先ほど床に敷いていたバスタオルを上にかける。
 ローションを使ったわけでも潮を吹いたわけでもないから、バスタオルが汚れた様子はなかったーーショーツはべたついているが。

 目を閉じて余韻に浸る。冷たい拓哉の目と熱い自分の身体。悪くなかった。こういうのもアリかもしれない。
 今夜キャンセルになったつまらない男との逢い引きよりは、よほど興奮できた。

 理都子は目を閉じたまま唇で笑うと、そのまま眠りについた。
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