小悪魔うさぎの発情期

松丹子

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本編

02

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【ごめん、支店に用事ができたから、少し遅くなりそう】

 制服から私服へと、着替えを済ませた理都子は、届いたメッセージを目にして「ふぅん」と唇を尖らせた。

 職場は科学系の博物館だ。理都子はそこで受付嬢をやっている。
 博物館と言っても、目的は企業の宣伝だ。
 製薬、化粧品などに関する研究開発をしている母体企業が、その成果や活動を社会に還元するために作った。
 いわゆる企業の社会的責任、という話が盛り上がった頃に作られ、理都子もタイミングよく採用されたというわけだ。
 日によっては団体客の案内や上客の接待などを任されるが、幸い今日はそんなこともなかった。時間を持て余して、受付テーブルの下ではパンプスを脱いだ脚をぶらつかせて過ごしていた。

 理都子は友人から「無駄にデカい」と言われる鞄を手にして、トントンとスマホの裏を指先で叩く
 何と送るか、返事を考えていた。

 ーー支店。

(支店……ねぇ)

 頭がくるくると動いて、推測が始まる。
 メッセージを送ってきた相手は、今日会う予定だった男だ。
 大学時代の友人の元カレ。ーー関係を持ったのは「元」になってから。
 そうなるように仕向けたのは理都子だが。

 こういうとき、理都子は鼻が利くタイプだと自認している。
 一見、人の良さそうなその男の困り顔を思い出しながら、当たり障りのないノリで返事を打った。

【分かったー! 私も今日忙しくって疲れちゃったから、また今度にしよ♪】

(今度、が来るかは知らないけどね)

 思いながら、理都子は夜の町へと歩き出した。

 ***

 ぴんぽんぴんぽんぴーーーんぽーーーーーん

 昔ながらの呼び鈴の連打。最後はおもいっきり引き延ばしてみると、ドカドカといらだたしげな足音が近づいてきた。

「理都ッ! てめぇ、何時だと思ってんだっ」
「十時ぃ」

 玄関を開けた相手に、理都子はぷっくりした唇を尖らせて答える。
 相手が不機嫌なのはいつものことだ。理都子自身、現在、大変不満で不機嫌なので、相手のことなど気にせず、ずかずか中へ入っていく。

「あっこら」
「シャワー借りまーす」

 勝手知ったる人の家。ドアが閉まるのも確認せずに、タバコ臭いシャツをぐいと脱ぐ。
 「なに脱いでんだよ!」と家主が慌てたが、気にしない。脱いだシャツをぽいとビーズクッションの上に投げると、遠慮なく家主に近づいた。

「拓哉くん。今日の理都子さんはとっても不機嫌なの」

 拓哉はボサボサの黒髪をがしがしと掻き、「ああそうかよ」と言いながら黒縁眼鏡の奥の視線を泳がせる。
 その頬が少し赤いのがわずかに理都子の矜持を満足させた。が、何度も言うように、理都子は今とても不機嫌なのだ。それだけではものたりない。「今日はね」と言って息を吸う。

「会おうねーって約束してた男が元カノの様子伺いに行って予定はキャンセル、他の男で我慢しようかなって町をぶらついてみたけど、理都子さんのおめがねに敵う男はいなくて、とりあえずご飯だけ奢らせてバイバイしてきたところなの」

 ひと息に言い放った理都子の言葉に、拓哉は明らかに呆れた顔をした。

「……お前それ、どんだけわがまま……」
「しゃーらーっぷ」

 びし、と丸い指先を拓哉の唇に押し付ける。拓哉は口を閉ざして、揺れる視線を理都子の顔に固定すると、強がるように睨みつけてきた。
 シャツを脱ぎ捨てた理都子の上半身はブラジャーを纏うばかり。
 今日は“そのつもり“だったのでそれなりにセクシーな下着を選んでいる。
 ややふくよかな身体の中でも豊満な胸は充分、男の目に毒ーーまたは眼福だろうとは、当人も知っている。

「だってぷにっぷにのお腹の人と寝たくないもん。せっかくこないだ、消防士のゴリマッチョを堪能したのに」

 ぷぅと頬を膨らませて、「あーあ」と腕を下ろす。浴室に向かいながらブラジャーに手をかける理都子に、拓哉が慌てた。

「だから、俺の前で脱ぐなっての!」
「なんでよー。どーせ、私には勃たないんでしょ。だったらいいじゃない」

 そういう問題じゃねぇだろ、と拓哉が上擦った声で言い、理都子を浴室に押し込める。

「拓哉、電気ー」

 薄暗い中で言うと同時に、ぱっと明かりがついた。スイッチは浴室の外にある。拓哉が点けてくれたのだろう。

(なんだかんだ言いながら、面倒見がいいよね)

 理都子はくすくす笑いながら、服を脱ぐ。ブラジャー、春らしい花柄スカート、太ももに模様の入ったストッキング、ショーツ。

「あ、忘れてたー」

 ガチャ、と浴室を開けると、キッチンで水を飲んでいた拓哉がぎくりと身をこわばらせた。
 理都子は一応、脱いだ服で前を隠しながら顔を覗かせる。

「タオルと寝巻き、貸してねー。服、濡れたらやだからここ置いとこ」
「わ、分かったよ。後でそこに置いとくから」

 男の一人暮らしである拓哉の家に、脱衣所などという洒落たものはない。バストイレが別になっていることすら恵まれている方だ。
 拓哉が目を逸らしたのを見て、理都子は服をぽいと浴室の前に投げ置いた。
 セクシーな下着もなにも、隠すことなどしない。まる見えのそのままだが気にしない。

「じゃ、お風呂いただきまーす」

 拓哉の返事は聞かず、浴室のドアを閉めてシャワーを捻った。
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