ズボラ上司の甘い罠

松丹子

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 小野田が春日に遅れる旨を連絡すると、十二時過ぎまでゆっくりしてろと返事があった。ランチに集まるのに十一時集合なんておかしいと薄々感づいていた春菜だったが、謀られたと気づきつつ、あえて考えないようにする。
 まずは手洗いで寝癖を直させ、マスクで無精髭を隠して眼鏡を外させた。
「とりあえず、パンツを見ましょう。すそ上げが必要なら時間かかりますから」
 駅前の有名量販店に入ると、メンズパンツのコーナーに足を踏み入れた。夏樹に彼女ができるまで、女ウケする服のアドバイスをくれと言われ、よく付き合ってやった春菜である。メンズコーディネートも多少は経験済みだ。
 男性はアイテムもデザインも種類が限られるので、体型を考えて服を選ばなくてはちぐはぐになる。トレンチコートはそのままに、靴はと目線を落とすと、いい色に磨かれた茶色い革靴が見えた。あまりの意外さに思わず目が止まる。
「……素敵な靴ですね」
 褒めると、小野田はああ、と微笑んで靴を見た。
「靴だけは綺麗にしなさいと、祖父が」
(おじいさま、グッジョブです)
 内心親指を立てつつも、どうせなら身なりを整える重要性についてもレクチャーしておいていただきたかった、とついつい故人に叶わぬ注文をつけてしまう。
「おじいさまは、オシャレな方だったんですね」
 べっ甲フレームの眼鏡やその言葉から察するに、相当にオシャレ上級者だったのだろう。小野田は嬉しそうに笑った。
「うん。いつも帽子も被ってたよ。ベレー帽とか山高帽とか、夏は麦わら帽子とか」
 ほぅと春菜は感心しつつ、小野田を半眼で見やる。
「そこから学ぼうとはしなかったんですか」
「だって、祖父は祖父、僕は僕だし。祖父に似合うものが僕に似合う訳じゃないでしょう。ーー眼鏡しかり」
 言いながら、小野田は外させた眼鏡をかける。春菜は外してくださいとその手をのけた。
 学んで欲しかったのはその心意気なのだが、いまさら言っても仕方がない。
 小野田に白いジーンズを二種類見繕い、試着室に押し込む。靴のブラウンを活かして紺、茶、白の組み合わせで行こうと、靴と同系色のベルトと紺のケーブルニットを選んだ。水泳が唯一の趣味だと言う小野田は肩周りが割合しっかりしている。ニットはラグランなので肩周りが楽なのではと期待したものだ。
「着たら見せてくださいね」
 声をかけると、躊躇いがちにカーテンが開いた。
「これ、細すぎじゃない?」
 戸惑ったような顔の小野田は、スキニーパンツを履いたことがないのだろう。
「きつくはないですか?」
「うん、まあ……」
「なら大丈夫です。……すそ上げ、必要ないみたいですね」
 スキニーパンツを履くと、脚の長さが際立つ。春菜は感心してニットとベルトを渡した。
「もう一本のズボンを履いて、これも着てみてください」
 気分はすっかりファッションコーディネーターだ。小野田は苦笑して服を受け取ると、またカーテンの中に消えた。
 次いで現れた姿は、シンプルながらなかなかの出来だった。ズボンは同じ白だがスキニーではなくストレートタイプだ。小野田もこちらの方が落ち着くと言うので、そのまま一式買い上げて着替えることにした。
「ーー何見てるの?」
 他の服を見ていた春菜に、着替えを済ませた小野田が声をかけてきた。マスクがもったいないものの、瞳の綺麗さとスタイルだけで充分人目を引く。女性客の視線を感じつつ、春菜は手にしていた薄桃色のカッターシャツを置いた。
「いえ。課長、こういうピンクも似合いそうだなぁと思ってただけです」
「ピンクねぇ。着たことないな。今度挑戦してみよう」
 小野田は言って微笑んだ。その様子に浮き立つ気分を見て取って、春菜は目を輝かせる。
「ね、楽しいでしょう、着飾るのも」
「え?」
 春菜の言葉に、小野田は首を傾げた。
「小松さんとこうしてるから楽しいだけだよ」
 その無邪気な丸い目は、ためらうことなくまっすぐに春菜に向けられている。気まずさと照れを隠すように、春菜は目をそらして嘆息した。
(駄目だこりゃ……)
 根本からの改造計画は生半可にできるものではないらしい。春菜は深々と嘆息した。
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