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花梨はぽつりぽつりと話し始めた。
在校時は何とも思っていなかった十歳年上の男性教師と、成人式で再会して、二人でお茶をしたこと。
当時つき合っていた彼氏についての悩みを打ち明け、その後、彼氏と別れてから何かと慰めてくれたこと。先生も、子供を持つかどうかで奥さんと話が合わず、夫婦のズレが生じていたこと。ーー
その後も二人は時々会うようになり、男女の関係を持つに至ったこと。
彼は花梨が大学を卒業するまでには離婚をと、夫婦で話し合っていたそうだが、
「でもね、神様って意地悪」
花梨の笑みは痛々しかった。
「奥さん、交通事故で脳死状態になっちゃって」
春菜は相槌の打ち方がわからず、ただただ花梨の痛々しい微笑を見つめる。
「彼、罪悪感でそういう気も失せちゃって。奥さんがいなければ幸せになれるのに、っていう気持ちが、そんな事故が起こしたんじゃないかって」
事故の後、彼は花梨に言ったそうだ。君はまだ若い。僕のことは忘れて、幸せになってくれ、と。
その後、花梨は数人の男性と出会い、食事やデートをした。つき合った人も何人かいたが、結局先生への想いを上回ることはなかった。
「でも、何で五歳以上年上、なの?」
春菜が問うと、花梨は笑った。
「何も考えてない若い男がしっぽ振って来るのが鬱陶しかったからそう言ってただけ。就職した頃だと、五歳上なら二十七でしょ。まあぼちぼち結婚とか将来とか、考え始める頃かなって思ってたけどーー自分がなってみると、大して成長した感じもないね」
春菜はふぅんと頷いた。花梨なら、その気になってもならなくても、いくらでも男が寄って来るのだろう。
いつかランチタイムに話したことを思い出しつつ、花梨の表情を探る。
「じゃあ、別に関係ないんだ、年齢」
「でも小野田さんは無理」
「……何も言ってないよ、まだ」
「言う気だろうと思ったから先手を打ったの」
春菜は嘆息した。
「……小野田課長、幸せにしてくれると思うよ」
「うん。ちゃんと大切にしてくれる人よね、きっと。ーーだから無理」
その真意が分からず、春菜が首を傾げると、返って来たのは花梨の複雑な笑みだった。
「罪悪感があるのは彼だけじゃないのよ。ーー私一人だけ幸せになろうったって、ねぇ」
ふぅ、と細くついた嘆息は、ひどく物憂げだった。自分の想像が及ぶ範囲を超えた境遇に、春菜は何も言えずにお茶をすする。
「私をちゃんと叱ってくれる人がいいの。お前は甘いって、こういうところが駄目なんだってーーじゃないと、自分がどんどん駄目になっちゃいそうで」
春菜から見たら非の打ち所のない花梨のどこを叱るというのだろう。春菜はいまいち相槌がうまく打てないまま、曖昧に頷く。
「それにーー人から言われれば反発したり反省したりできるけど、自省するとキリがないでしょ。戻って来れなくなっちゃって」
くしゃりと崩れた苦笑に、それが一番の花梨の本心なのだろうと思わせた。忘れられない恋愛経験とそのトラウマが、時々彼女の心を苛むのだろう。
「でも、きっといるよ。花梨ちゃんのこと、愛情を以て叱ってくれる人」
「そうね。いるといいけど。ーーまずこの話を話す気になる人がなかなかいないのよね」
苦笑しながらお茶を飲む花梨の横顔を伺いながら、春菜はふと一人の男の姿を思い浮かべた。ーーが、自分が何か言うべきではないと、浮かんだ可能性を振り払った。
在校時は何とも思っていなかった十歳年上の男性教師と、成人式で再会して、二人でお茶をしたこと。
当時つき合っていた彼氏についての悩みを打ち明け、その後、彼氏と別れてから何かと慰めてくれたこと。先生も、子供を持つかどうかで奥さんと話が合わず、夫婦のズレが生じていたこと。ーー
その後も二人は時々会うようになり、男女の関係を持つに至ったこと。
彼は花梨が大学を卒業するまでには離婚をと、夫婦で話し合っていたそうだが、
「でもね、神様って意地悪」
花梨の笑みは痛々しかった。
「奥さん、交通事故で脳死状態になっちゃって」
春菜は相槌の打ち方がわからず、ただただ花梨の痛々しい微笑を見つめる。
「彼、罪悪感でそういう気も失せちゃって。奥さんがいなければ幸せになれるのに、っていう気持ちが、そんな事故が起こしたんじゃないかって」
事故の後、彼は花梨に言ったそうだ。君はまだ若い。僕のことは忘れて、幸せになってくれ、と。
その後、花梨は数人の男性と出会い、食事やデートをした。つき合った人も何人かいたが、結局先生への想いを上回ることはなかった。
「でも、何で五歳以上年上、なの?」
春菜が問うと、花梨は笑った。
「何も考えてない若い男がしっぽ振って来るのが鬱陶しかったからそう言ってただけ。就職した頃だと、五歳上なら二十七でしょ。まあぼちぼち結婚とか将来とか、考え始める頃かなって思ってたけどーー自分がなってみると、大して成長した感じもないね」
春菜はふぅんと頷いた。花梨なら、その気になってもならなくても、いくらでも男が寄って来るのだろう。
いつかランチタイムに話したことを思い出しつつ、花梨の表情を探る。
「じゃあ、別に関係ないんだ、年齢」
「でも小野田さんは無理」
「……何も言ってないよ、まだ」
「言う気だろうと思ったから先手を打ったの」
春菜は嘆息した。
「……小野田課長、幸せにしてくれると思うよ」
「うん。ちゃんと大切にしてくれる人よね、きっと。ーーだから無理」
その真意が分からず、春菜が首を傾げると、返って来たのは花梨の複雑な笑みだった。
「罪悪感があるのは彼だけじゃないのよ。ーー私一人だけ幸せになろうったって、ねぇ」
ふぅ、と細くついた嘆息は、ひどく物憂げだった。自分の想像が及ぶ範囲を超えた境遇に、春菜は何も言えずにお茶をすする。
「私をちゃんと叱ってくれる人がいいの。お前は甘いって、こういうところが駄目なんだってーーじゃないと、自分がどんどん駄目になっちゃいそうで」
春菜から見たら非の打ち所のない花梨のどこを叱るというのだろう。春菜はいまいち相槌がうまく打てないまま、曖昧に頷く。
「それにーー人から言われれば反発したり反省したりできるけど、自省するとキリがないでしょ。戻って来れなくなっちゃって」
くしゃりと崩れた苦笑に、それが一番の花梨の本心なのだろうと思わせた。忘れられない恋愛経験とそのトラウマが、時々彼女の心を苛むのだろう。
「でも、きっといるよ。花梨ちゃんのこと、愛情を以て叱ってくれる人」
「そうね。いるといいけど。ーーまずこの話を話す気になる人がなかなかいないのよね」
苦笑しながらお茶を飲む花梨の横顔を伺いながら、春菜はふと一人の男の姿を思い浮かべた。ーーが、自分が何か言うべきではないと、浮かんだ可能性を振り払った。
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