ズボラ上司の甘い罠

松丹子

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 小野田の笑っていない目というのを初めて見た春菜は、その新鮮さにぽかんとしていたが、しばらくするとぽんと肩を叩かれた。
「部屋、開いたよ。準備しようか」
 にこりと微笑む小野田はすっかり通常運転である。春菜はぼんやりしていたことに慌てつつ、はいと答えて5A会議室に足を踏み入れた。
「課長。ありがとうございました。あとは私一人でできますから」
「うん。でも、二人でした方が早いでしょ。小松さんはこの後用事もあるんだし」
 相変わらず穏やかに言うので、春菜は苦笑した。
「何?」
「いえ、……小野田課長は、優しすぎて」
 春菜は机の位置を動かしながら、一人ごちるように言った。
「ちゃんと、自分が成長できてるのか、不安になります」
 作業に集中するかのようにみせかけて俯き、手を動かす。が、本当はただ小野田の視線を避けたいだけだ。脳裏に蘇るのは、つい先ほど見た、並んだ田畑と小野田の姿。大人びた田畑の振る舞いや表情は、小野田の隣に並ぶに相応しく見えた。
 一方で、同期だという春日と楽しげに話す小野田は、いつもよりも幼く、少年のように見えた。その姿に、わずかに親近感を覚えたことが、余計に春菜を苦しめる。
「そんなの、心配しなくていいのに」
 小野田は笑って言った。
「成長してもしなくても、僕がちゃんと面倒見てあげるよ」
「それ、遠回しに成長してないって言ってません?」
 思わず目を吊り上げて顔を上げた春菜に、小野田は笑った。
「言ってない、言ってない。やだなぁ、小松さんお腹すいてきたんでしょ。イライラしないでね」
 そういわれると何となく空腹を感じる気がして腹を押さえる。しかし今日はあともう少しで夕飯にありつける。春菜が酒より飯、というたちなのをよく分かってくれている五十嵐からは、会社を出るとき連絡くれれば追加注文しとくぞと連絡があった。五十嵐、なかなかできる男である。後で誉めてつかわそう。
 そんなことを考えながら会場設営を続けていると、小野田がまたくすくすと笑っている。
「何ですか」
 自分のことを笑われているのは明確なので、春菜がじと目で小野田を見る。
「今、ご飯のこと考えてたでしょう」
 見通されていたことに気づき、春菜は赤面した。
「ど、どーでもいいでしょう、そんなこと」
「そうだね。急いで終わらせよう。お腹の虫が鳴く前に」
 微笑む小野田を、春菜は迫力のない目で睨みつけた。
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