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番外編② 花一輪、枯泉に根を張る ー花梨の話
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結婚式の余興を頼まれたから手伝ってくれ、と当然のように声をかけてきたのはまたしても五十嵐だった。花梨は半ば呆れたが、同期の中で式に出席予定なのは花梨だけだからと言われれば、声をかけられても仕方がないとも思える。
打合せしようと呼び出されたのは会社近くのレストランだ。乾杯の飲み物と前菜だけを頼んで、二人で膝をつき合わせる。
「何がいいかなー。あんまり時間取っても何だから、5分くらい?」
「そうねぇ。今まで友達の結婚式でどんなのあった?」
それぞれ首をひねりながら、あれでもないこれでもないと案を出す。流行り曲でのダンス。二人の恩人からのビデオメッセージ。その他もろもろ。
五十嵐がタブレット画面をタップして、結婚式、余興、と検索する。
「あ、これは?」
「え?」
出てきたのは動画だった。結婚式の定番の歌に合わせて、ペンライトで模様やメッセージを書いていく様子をつなげている。
「綺麗だね」
「だろ。好きそうじゃない?」
白い歯を見せて笑う五十嵐の言葉は、春菜のことを示しているのだろう。花梨は戸惑いながら微笑みを返し、うん、と頷いた。
「でも……これ、どうやってるの?」
「カメラのシャッタースピードを遅くしてるんじゃないの」
「イガちゃん、そういうの詳しい?」
「嫌いじゃないね」
さらっと答える同期の顔をちらりと見やって、花梨はふぅんと手元の飲み物を吸い上げた。
「イガちゃんてさー」
「うん、何?」
「できないこととか、あるの?」
飲み物を口にしながら問う花梨に、五十嵐は数度、まばたきをして、笑った。
「そうだなぁ。女子にモテないことかなぁ」
「それ、できるとかできないとかの話なの?」
「さあ」
五十嵐は冗談めかして肩をすくめる。どうせ真剣に答える気はないのだと見て取って、花梨は再び再生ボタンを押した。
明かりを落とした画面の中で、ペンライトがハートマークや星、アルファベットを描いていく。花梨は頬杖をついてそれを眺めながら、何かに似てるな、とぼんやり考えた。そしてそれが、涙目で歩く夜道だと気づいて、苦笑する。
「――どう? 駄目?」
「いや、いいんじゃないかな」
花梨は笑う。取り繕った笑顔は、五十嵐にはバレているかもしれない。けれどそれは問題ではなかった。
どんな明るさの前でも、つい陰のことを考える自分が、ただひねくれているだけなのだろう。春菜のおおらかな明るさを前にすると、ほとんど意地になって日陰を歩こうとしている自分が馬鹿馬鹿しくも思えてくる。けれどそれもまた、仕方ない。陰は花梨の足を絡めとるようにして、そこから離してくれない。
「イガちゃん」
「うん?」
「私でいいのかな」
暗い画面の中に輝くペンライトを眺めていたら、不意に独り言のような言葉が漏れた。
五十嵐が「何のことだ」と視線を寄こす。花梨は自嘲気味に笑って、小さく呟く。
「――私なんかが、春ちゃんのお祝いしていいのかな」
五十嵐は笑う。「当然だろ」と一言だけ答えて、店員を呼んで追加の料理を頼む。
複雑な表情を残す花梨の顔を見ないようにしてくれているのだろう。内心そう気づきながら、花梨もまた、五十嵐と目を合わせずに画面を眺めていた。
***
やるとなれば、妥協できない性格の花梨は、秘書課の特権を活用して社員の洗い出しを始めた。小野田や春菜の同期はもちろん、社長や副社長にも三十秒時間をくれと声をかけて、映像を撮らせてもらった。映るのはひとり2、3秒でしかないので、それぞれ違う人を映して行こうと思うと結構な人数が必要になると踏んだのだ。
五十嵐は驚きすぎて若干引いていたが、花梨はふふんと鼻を鳴らした。
リストアップできた社員の撮影を一通り終えても、五分の尺を満たすまでには足りそうになかった。小野田の同僚や春菜の学生時代の友人にも、それらしい理由をつけて連絡を取り、五十嵐と手分けして撮影した。
編集は五十嵐がやる予定だったが、コンマ単位で目を光らせる花梨に辟易して、結局花梨がやり方を教えてもらって作業した。その分、五十嵐が残りの撮影を引き受け、その後は編集作業が間に合うかの瀬戸際になり、花梨と五十嵐は家を行き来して動画の作成を進めた。
「――ここまで本気でやるかぁ? あの二人、そんな細かいとこまで見ねぇよ」
「二人が見るかどうかはどうでもいいの。私が気になるの」
編集画面に向かう花梨の目はほとんど職人のそれである。五十嵐は肩をすくめて「へぇへぇ」と呆れながらも、温かいお茶を淹れてくれたり、ガムをさし入れしてくれたりした。
文句を言いながらも、花梨の求めるレベルまで合わせようとしてくれる五十嵐に、花梨は内心感謝をしていた。自分が完璧主義であることはよく分かっている。つい、根を詰め過ぎるのも分かっている。
五十嵐はその辺を見極めて、「まだ撮影が終わってない」と言って花梨を休ませながら、支えてくれた。花梨もまた、五十嵐のその言葉が、おそらく嘘だろうと思いながらも、作業効率を考えて渋々従った――疲れた頭でははかどらないことは、自分も痛感したのだ。
そんなわけで、結婚式前日、無事、余興の準備は整ったのだった。
打合せしようと呼び出されたのは会社近くのレストランだ。乾杯の飲み物と前菜だけを頼んで、二人で膝をつき合わせる。
「何がいいかなー。あんまり時間取っても何だから、5分くらい?」
「そうねぇ。今まで友達の結婚式でどんなのあった?」
それぞれ首をひねりながら、あれでもないこれでもないと案を出す。流行り曲でのダンス。二人の恩人からのビデオメッセージ。その他もろもろ。
五十嵐がタブレット画面をタップして、結婚式、余興、と検索する。
「あ、これは?」
「え?」
出てきたのは動画だった。結婚式の定番の歌に合わせて、ペンライトで模様やメッセージを書いていく様子をつなげている。
「綺麗だね」
「だろ。好きそうじゃない?」
白い歯を見せて笑う五十嵐の言葉は、春菜のことを示しているのだろう。花梨は戸惑いながら微笑みを返し、うん、と頷いた。
「でも……これ、どうやってるの?」
「カメラのシャッタースピードを遅くしてるんじゃないの」
「イガちゃん、そういうの詳しい?」
「嫌いじゃないね」
さらっと答える同期の顔をちらりと見やって、花梨はふぅんと手元の飲み物を吸い上げた。
「イガちゃんてさー」
「うん、何?」
「できないこととか、あるの?」
飲み物を口にしながら問う花梨に、五十嵐は数度、まばたきをして、笑った。
「そうだなぁ。女子にモテないことかなぁ」
「それ、できるとかできないとかの話なの?」
「さあ」
五十嵐は冗談めかして肩をすくめる。どうせ真剣に答える気はないのだと見て取って、花梨は再び再生ボタンを押した。
明かりを落とした画面の中で、ペンライトがハートマークや星、アルファベットを描いていく。花梨は頬杖をついてそれを眺めながら、何かに似てるな、とぼんやり考えた。そしてそれが、涙目で歩く夜道だと気づいて、苦笑する。
「――どう? 駄目?」
「いや、いいんじゃないかな」
花梨は笑う。取り繕った笑顔は、五十嵐にはバレているかもしれない。けれどそれは問題ではなかった。
どんな明るさの前でも、つい陰のことを考える自分が、ただひねくれているだけなのだろう。春菜のおおらかな明るさを前にすると、ほとんど意地になって日陰を歩こうとしている自分が馬鹿馬鹿しくも思えてくる。けれどそれもまた、仕方ない。陰は花梨の足を絡めとるようにして、そこから離してくれない。
「イガちゃん」
「うん?」
「私でいいのかな」
暗い画面の中に輝くペンライトを眺めていたら、不意に独り言のような言葉が漏れた。
五十嵐が「何のことだ」と視線を寄こす。花梨は自嘲気味に笑って、小さく呟く。
「――私なんかが、春ちゃんのお祝いしていいのかな」
五十嵐は笑う。「当然だろ」と一言だけ答えて、店員を呼んで追加の料理を頼む。
複雑な表情を残す花梨の顔を見ないようにしてくれているのだろう。内心そう気づきながら、花梨もまた、五十嵐と目を合わせずに画面を眺めていた。
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やるとなれば、妥協できない性格の花梨は、秘書課の特権を活用して社員の洗い出しを始めた。小野田や春菜の同期はもちろん、社長や副社長にも三十秒時間をくれと声をかけて、映像を撮らせてもらった。映るのはひとり2、3秒でしかないので、それぞれ違う人を映して行こうと思うと結構な人数が必要になると踏んだのだ。
五十嵐は驚きすぎて若干引いていたが、花梨はふふんと鼻を鳴らした。
リストアップできた社員の撮影を一通り終えても、五分の尺を満たすまでには足りそうになかった。小野田の同僚や春菜の学生時代の友人にも、それらしい理由をつけて連絡を取り、五十嵐と手分けして撮影した。
編集は五十嵐がやる予定だったが、コンマ単位で目を光らせる花梨に辟易して、結局花梨がやり方を教えてもらって作業した。その分、五十嵐が残りの撮影を引き受け、その後は編集作業が間に合うかの瀬戸際になり、花梨と五十嵐は家を行き来して動画の作成を進めた。
「――ここまで本気でやるかぁ? あの二人、そんな細かいとこまで見ねぇよ」
「二人が見るかどうかはどうでもいいの。私が気になるの」
編集画面に向かう花梨の目はほとんど職人のそれである。五十嵐は肩をすくめて「へぇへぇ」と呆れながらも、温かいお茶を淹れてくれたり、ガムをさし入れしてくれたりした。
文句を言いながらも、花梨の求めるレベルまで合わせようとしてくれる五十嵐に、花梨は内心感謝をしていた。自分が完璧主義であることはよく分かっている。つい、根を詰め過ぎるのも分かっている。
五十嵐はその辺を見極めて、「まだ撮影が終わってない」と言って花梨を休ませながら、支えてくれた。花梨もまた、五十嵐のその言葉が、おそらく嘘だろうと思いながらも、作業効率を考えて渋々従った――疲れた頭でははかどらないことは、自分も痛感したのだ。
そんなわけで、結婚式前日、無事、余興の準備は整ったのだった。
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