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番外編② 花田先生と事務員さん
02
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【小野田くんの予定、押さえてくれた?】
6月のある日。昼休みに気づいたメッセージを見て、康太は顔を青くした。
(やっべ。まだだ)
思いつつ、慌てて友人の小野田に一報し、当初メッセージを寄越した相手にしれっと返事する。
【言っといたよ。来るかどうかわかんないけど】
ほっとしたのもつかの間、すぐに再返があった。
【ちゃんと来るように言ってね】
そのメッセージを見て、康太は苦い顔をする。
(子どもじゃねぇんだから、あいつ次第だろ)
思いつつも、小野田には念押しのように【強制参加】と送っておいた。
* * *
夕方の職員会議を終え、会議室から職員室に戻る中、康太と同じ若手教員の杉山が声をかけてきた。
会議が伸びたので、いわゆる残業時間にさしかかりつつある。
「花田先生。暑気払い、どうしましょうか」
「あっ、やべ。忘れてた」
すっかり頭から抜けていた話題に、康太は慌てた。
職場では比較的年若な数人が幹事役になるので、康太もその一員だ。
友人だけでの数人の飲み会ならともかく、大人数での宴会は会場が限られる。なおかつ、教師となれば外聞もある。ただ人数が入ればいいとはいかず、気がねなく楽しむためには個室を押さえる必要もあった。
確かに、そろそろ店を決めた方がいいタイミングだ。
「大変ね、花田先生」
思いを巡らせる康太の横を、ベテラン国語教師が笑いながら通りすぎる。
「他の件でも幹事役らしいものね」
康太はその顔を見て眉尻を下げた。
「相良先生から聞いたわ。お盆の土曜日に同窓会するんだって? 花田先生も幹事に巻き込んだって笑ってたから」
「ああ……そうなんですよ」
康太は表情を引き攣らせ、国語教諭に向き合う。彼女は2年前にこちらの学校に赴任してきたが、前は相良と同じ学校に勤めていた。
相良とは、相良あゆみ。国語教師であり、康太の中学生の同級生だ。
今朝方、念押しのメッセージを送ってきた女でもある。
今、前に立つ国語教員は、同じ教科の担当ということもあって仲がよかったらしい。今でも連絡を取り合っているとは、相良からも聞いたところだ。
康太は苦笑した。
「相良さんには頭が上がらないんで……」
「あらぁ。相当中学時代にヤンチャしたのね」
「うぐ」
生徒会長に学級委員と、生真面目を地で行っていた相良。一方、康太はやんちゃをするなら今しかないと、悪友の小野田とやりたい放題やったのだった。
ただでさえ目立つ小野田と行動を共にしていたのがまたよくなかったのだろう、康太も散々相良には叱られた。
視線を反らした康太を見て、国語教諭が笑う。
「ま、他にもお手伝いの人お願いしてみたら。二人でやるのも大変でしょう」
「そうですね……そうします」
若手二人は顔を見合わせて頷いた。
その後、さて残業といつも通り仕事に取り掛かっていた康太のスマホが揺れた。
見ると、悪友、小野田からの電話だ。
廊下に出て、通話ボタンを押す。
「もしもしー?」
『ああ、もしもし。花田?』
落ち着いた声が返して来る。
(声だけ聞いてもいい男だって分かるなんて、おかしな話だ)
思いつつ笑みが込み上げた。小野田と接するときは不思議と機嫌がよくなる自分がいる。理由はよく分からないが。
「お前が幹事なんてガラじゃない」と不思議がる小野田に、康太は苦笑を浮かべた。
メインの幹事が相良であり、同じ市内で中学教師をしている旨を伝えると、聡明な小野田は納得したらしかった。
康太は苦笑のまま言う。
『生徒にチクると言われちゃあね、断れませんでしたよ』
「変わんねぇなぁ、あいつも」
『花田くんなら小野田くん呼べるでしょ、ってさ』
「は?」
小野田の笑い声を遮った康太の言葉に、小野田が絶句した。康太は笑う。
『お前が客寄せだよ。女子には小野田が来るとふれて回るらしい』
康太の言葉に呆れた小野田に、手を合わせて頼み込む。
『嘘にならなければいいからさ。十分だけでも、都合つけてよ。……もしかしたら、お前も結構、気に入るかもしれないし』
「気に入る?」
『うん』
康太の脳裏には、もう中学生ではなく大人の女になった相良の姿が浮かんでいる。
あの類の女は、小野田の周囲にはいないだろうという不思議な確信があった。
にやつく康太に、小野田が訝しむ気配がする。
「何考えてんだよ」
『何も。……とにかく、それなりに楽しみにしとけよ』
「楽しみにって……」
『じゃーなー』
それ以上の言葉を聞かず、康太は電話を切った。
職員室に戻ろうとしたとき、人の気配を感じて振り向く。
そこには事務員の加地が立っていた。
「あっ、は、花田先生……」
「ああ、どうも」
あいまいに答えて、職員室へ戻ろうとするが、加地は何か言いたげな視線を送ってくる。
(何なんだよ。はっきり言えよ)
康太が表面に笑顔を張り付けたとき、職員室のドアが開いた。暑気払いの幹事である杉山が出て来る。
「あれっ、加地さん。ちょうどよかった。あの、暑気払い、事務員さんも一緒にどうですか?」
「えっ……え?」
いきなりの話題に、加地がうろたえて康太と杉山を見比べた。
その後の話は任せようと、足を踏み出しかけた康太の肩を、杉山が押さえる。
離せと視線で訴えたが、杉山は気にせず加地に続けた。
「教員と事務員さん、毎年一緒ってわけでもないんですけど、こういう機会じゃないと交流もできないですし。おんなじ学校で働く仲間として、一緒できたらどうかなと」
康太はちらりと杉山の横顔を見た。数学を教えている杉山は、身長のある康太より十センチほど背が低い。
「花田先生も幹事なんですよ。で、もしオッケーだったら、加地さんも幹事やってくれないかなー、なんて」
「か、幹事……?」
「あ、そう言っても、会場取ったりはこっちでやるんで。事務員さんの出欠確認くらいです。あと当日ちょっと早めに来てもらうかもしれないけど」
杉山が言うと、加地は困ったような顔で康太と杉山の顔を見比べ、あいまいに頷いた。
「あ、あの……では、明日、事務員に聞いてみます」
「ぜひぜひ。他の先生方もそう言ってましたから」
いそいそと帰っていく加地の背を見送りつつ、康太と杉山は職員室へ戻る。
「……聞いてないけど。事務も一緒って」
「だって花田先生、ふらっと廊下出ちゃったからですよ。ベテラン先生方から意見が出て、反対票なしでしたから」
杉山は言ってにっこり笑った。
「それに、ちょっと気になってるんですよね、加地さん。なかなか話す機会もないし、楽しみです」
康太はその顔を見て、やれやれとため息をついた。
6月のある日。昼休みに気づいたメッセージを見て、康太は顔を青くした。
(やっべ。まだだ)
思いつつ、慌てて友人の小野田に一報し、当初メッセージを寄越した相手にしれっと返事する。
【言っといたよ。来るかどうかわかんないけど】
ほっとしたのもつかの間、すぐに再返があった。
【ちゃんと来るように言ってね】
そのメッセージを見て、康太は苦い顔をする。
(子どもじゃねぇんだから、あいつ次第だろ)
思いつつも、小野田には念押しのように【強制参加】と送っておいた。
* * *
夕方の職員会議を終え、会議室から職員室に戻る中、康太と同じ若手教員の杉山が声をかけてきた。
会議が伸びたので、いわゆる残業時間にさしかかりつつある。
「花田先生。暑気払い、どうしましょうか」
「あっ、やべ。忘れてた」
すっかり頭から抜けていた話題に、康太は慌てた。
職場では比較的年若な数人が幹事役になるので、康太もその一員だ。
友人だけでの数人の飲み会ならともかく、大人数での宴会は会場が限られる。なおかつ、教師となれば外聞もある。ただ人数が入ればいいとはいかず、気がねなく楽しむためには個室を押さえる必要もあった。
確かに、そろそろ店を決めた方がいいタイミングだ。
「大変ね、花田先生」
思いを巡らせる康太の横を、ベテラン国語教師が笑いながら通りすぎる。
「他の件でも幹事役らしいものね」
康太はその顔を見て眉尻を下げた。
「相良先生から聞いたわ。お盆の土曜日に同窓会するんだって? 花田先生も幹事に巻き込んだって笑ってたから」
「ああ……そうなんですよ」
康太は表情を引き攣らせ、国語教諭に向き合う。彼女は2年前にこちらの学校に赴任してきたが、前は相良と同じ学校に勤めていた。
相良とは、相良あゆみ。国語教師であり、康太の中学生の同級生だ。
今朝方、念押しのメッセージを送ってきた女でもある。
今、前に立つ国語教員は、同じ教科の担当ということもあって仲がよかったらしい。今でも連絡を取り合っているとは、相良からも聞いたところだ。
康太は苦笑した。
「相良さんには頭が上がらないんで……」
「あらぁ。相当中学時代にヤンチャしたのね」
「うぐ」
生徒会長に学級委員と、生真面目を地で行っていた相良。一方、康太はやんちゃをするなら今しかないと、悪友の小野田とやりたい放題やったのだった。
ただでさえ目立つ小野田と行動を共にしていたのがまたよくなかったのだろう、康太も散々相良には叱られた。
視線を反らした康太を見て、国語教諭が笑う。
「ま、他にもお手伝いの人お願いしてみたら。二人でやるのも大変でしょう」
「そうですね……そうします」
若手二人は顔を見合わせて頷いた。
その後、さて残業といつも通り仕事に取り掛かっていた康太のスマホが揺れた。
見ると、悪友、小野田からの電話だ。
廊下に出て、通話ボタンを押す。
「もしもしー?」
『ああ、もしもし。花田?』
落ち着いた声が返して来る。
(声だけ聞いてもいい男だって分かるなんて、おかしな話だ)
思いつつ笑みが込み上げた。小野田と接するときは不思議と機嫌がよくなる自分がいる。理由はよく分からないが。
「お前が幹事なんてガラじゃない」と不思議がる小野田に、康太は苦笑を浮かべた。
メインの幹事が相良であり、同じ市内で中学教師をしている旨を伝えると、聡明な小野田は納得したらしかった。
康太は苦笑のまま言う。
『生徒にチクると言われちゃあね、断れませんでしたよ』
「変わんねぇなぁ、あいつも」
『花田くんなら小野田くん呼べるでしょ、ってさ』
「は?」
小野田の笑い声を遮った康太の言葉に、小野田が絶句した。康太は笑う。
『お前が客寄せだよ。女子には小野田が来るとふれて回るらしい』
康太の言葉に呆れた小野田に、手を合わせて頼み込む。
『嘘にならなければいいからさ。十分だけでも、都合つけてよ。……もしかしたら、お前も結構、気に入るかもしれないし』
「気に入る?」
『うん』
康太の脳裏には、もう中学生ではなく大人の女になった相良の姿が浮かんでいる。
あの類の女は、小野田の周囲にはいないだろうという不思議な確信があった。
にやつく康太に、小野田が訝しむ気配がする。
「何考えてんだよ」
『何も。……とにかく、それなりに楽しみにしとけよ』
「楽しみにって……」
『じゃーなー』
それ以上の言葉を聞かず、康太は電話を切った。
職員室に戻ろうとしたとき、人の気配を感じて振り向く。
そこには事務員の加地が立っていた。
「あっ、は、花田先生……」
「ああ、どうも」
あいまいに答えて、職員室へ戻ろうとするが、加地は何か言いたげな視線を送ってくる。
(何なんだよ。はっきり言えよ)
康太が表面に笑顔を張り付けたとき、職員室のドアが開いた。暑気払いの幹事である杉山が出て来る。
「あれっ、加地さん。ちょうどよかった。あの、暑気払い、事務員さんも一緒にどうですか?」
「えっ……え?」
いきなりの話題に、加地がうろたえて康太と杉山を見比べた。
その後の話は任せようと、足を踏み出しかけた康太の肩を、杉山が押さえる。
離せと視線で訴えたが、杉山は気にせず加地に続けた。
「教員と事務員さん、毎年一緒ってわけでもないんですけど、こういう機会じゃないと交流もできないですし。おんなじ学校で働く仲間として、一緒できたらどうかなと」
康太はちらりと杉山の横顔を見た。数学を教えている杉山は、身長のある康太より十センチほど背が低い。
「花田先生も幹事なんですよ。で、もしオッケーだったら、加地さんも幹事やってくれないかなー、なんて」
「か、幹事……?」
「あ、そう言っても、会場取ったりはこっちでやるんで。事務員さんの出欠確認くらいです。あと当日ちょっと早めに来てもらうかもしれないけど」
杉山が言うと、加地は困ったような顔で康太と杉山の顔を見比べ、あいまいに頷いた。
「あ、あの……では、明日、事務員に聞いてみます」
「ぜひぜひ。他の先生方もそう言ってましたから」
いそいそと帰っていく加地の背を見送りつつ、康太と杉山は職員室へ戻る。
「……聞いてないけど。事務も一緒って」
「だって花田先生、ふらっと廊下出ちゃったからですよ。ベテラン先生方から意見が出て、反対票なしでしたから」
杉山は言ってにっこり笑った。
「それに、ちょっと気になってるんですよね、加地さん。なかなか話す機会もないし、楽しみです」
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