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本編

05

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「あ、来た来た!」
「え、小野田くん!?」
「やっば、いい男ー!」

 手を挙げた花田に応えると、甲高い声が廊下に響く。思わず苦笑した冬彦は、人差し指を口元に押し当てた。

「ちょっとちょっと。他のお客さんいるから迷惑だよ」

 言うと、女子がさらにきゃーきゃーと騒ぐ。逆効果だったかと肩をすくめる冬彦に、軽やかな笑い声が聞こえた。

「あっははは。多少は予想してたけど、すごい人気」

 落ち着いた声に目をやると、そこには右耳の下あたりで髪を結わえた女が立っていた。ひたすらに気が強そうだった視線は教師という仕事柄か、少し包容力を感じるものになっている。在校時にはかけていなかった眼鏡をかけているが、見間違うはずもないーーこれが冬彦の参加を強要した女だ。

「ーー相楽」

 睨みつけるように言うと、相楽あゆみはまた軽やかな笑い声をたてて腕を組んだ。

「よ、久しぶり。色男」

 艶のあるブラウスにスキニーパンツ。幹事という立場上か、動きやすい格好をしているが、首に下げた長めのネックレスと、ブレスレットのような時計が女らしさを残している。
 あゆみは冬彦に一瞥をくれただけで、てのひら側に文字盤を回した腕時計を確認した。
 その自然な動きに女らしさを見て、冬彦は思わず目を反らした。

「もう時間だし、小野田くん入んないと始まらないから会費は後でいいよ。花田くん経由でもいいし。ていうか取りっぱぐれたら花田くんからもらうし」
「おいおいあゆみチャン、それはないんじゃないのー」
「はいはいアンタは黙って働くー」

 花田が恨めしげにあゆみを見やる。冬彦ほど目立つ容姿ではないが、清潔感があってすらりとした体型の花田は、女ウケも悪くない。
 その肩をぽんぽんと叩いて、会場の中へ進んでいく。

「亜希子、まだ遅れて来るかもしれないから、ちぃちゃんと受付お願い。花田くん司会ー。マイク、はい。工藤ちゃーん、スライド準備お願いねー」

 てきぱきと指示を出して中へ進む後ろ姿を見ながら、冬彦はちらりと苛立ちを感じた。

(……なんだよ。それだけかよ)

 わざわざ来てやったのだ、もう少し何か反応があってもいいじゃないか。
 そんなことを思いつつ、ぶらつくように足を会場へ踏み入れる。名前も覚えていない女たちがきゃあきゃあと周りで騒ぐのに愛想笑いを返した。
 レストランは50席ほどの広さだったが、立食形式にすることで7、80人は入るようにしてある。夕陽が差し込むガラス張りの窓に下げられた白いスクリーン。今はまだ明るいが、もう少し暗くなれば投影もよく見えるだろう。天井からはプロジェクターがぶら下がっていた。
 結婚式の二次会でも使っているならこういう設備も当然あるのだろうとぼんやり眺めている間に、男たちも声をかけてくる。

「久しぶり、小野田。なんか落ち着いたなー」
「お前はオッサンになったなぁ」
「それ、言うなよー。会社の先輩につき合って、飲み会後のラーメンにはまっちゃってさ」

 苦笑する男友達のふくよかな腹を軽く叩いてやると、周りにいた他の男も笑った。
 30という節目の歳だ。だからこそ、少し大規模な同窓会をとあゆみが企画したのだろう。
 男はまだ8割方未婚のようだが、女は既婚者未婚者半々というところか。

「小野田、乾杯前に飲み物取って来いよ」
「ああ」

 言われてバーカウンターに行くと、そこにはあゆみもいた。手にしたお盆にいくつか飲み物を乗せている。

「何やってんだよ。ウェイトレスか?」
「ん、受付の子とかに渡して来る」

 冬彦の小さな厭味に頓着せず、あゆみは一つのグラスに手を伸ばそうとする。手元のお盆がぐらつきそうな様子を見てられず、冬彦が先にグラスを手にとって置いてやった。
 あゆみがきょとんとして冬彦を見上げる。
 冬彦はその意外そうな視線に少し眉を寄せた。

「……なんだよ」
「イイエ」

 あゆみは眼鏡の奥の目を細め、ふふ、と笑った。

「どうもありがとう。楽しんでね」
「……ああ」

 冬彦が答える間に、あゆみはお盆を手にその場を去っている。

『はいどーもぉ。時間になったんで始めまーす。本日の司会は、相楽大先生のご指定により、僭越ながら私、花田が担当します』

 マイク越しに花田が声をあげると、ぱちぱちと拍手が鳴った。
 冬彦は舌打ちして、バーカウンターに立つウェイターにウィスキーのロックを頼んだ。

 * * *

 恩師の乾杯の音頭から始まった同窓会は、幹事が最初に「ビンゴとかはやりません!」と宣言した通り、会話を楽しむことをメインとしていた。
 学年を担当した先生4人のうち、来てくれたのは3人。生徒も70人くらい来ている、とは途中声をかけてきた花田に聞いた。
 目立ちたいとも思っていないので、壁に据付けられたソファ席に腰掛けてウィスキーを舐めていた冬彦だったが、気づけば女に囲まれていた。
 声をかけてくるだけでなく、遠慮なく冬彦の腕を取りに来る女は三種類だ。はやくに子どもができた既婚者かバツイチか、男に逃げられてばかりと歎く女。いずれも到底冬彦の射程範囲ではないのでほどほどにあしらう。
 さすがに女に疲れて来ると、男たちの集団に近づいた。

「いやーさすがだわ小野田先輩」
「やめろよ。いらねぇよ」
「女子の三分の一くらい、小野田が来るって聞いて参加したらしいぜ」
「訳わかんね。何それ」

 渋面になる冬彦に、男たちはけらけら笑う。
 その中には、花田のような悪友ではなかったものの、冬彦のことをよく理解していた学級委員の坂下がいた。坂下は黒縁眼鏡の奥の目を細めた。

「相変わらずモテるよなぁ。羨ましいこって」
「うるせ」
「で、相変わらず本命は不在?」

 坂下の言葉に、冬彦は舌打ちする。

「理想が高すぎるじゃないのー」
「るっせ。お前に何がわかんだ」
「そんな小野田くんに有益な情報をしんぜよう」

 坂下が目をーーもとい、眼鏡をきらりと輝かせて冬彦を見る。
 冬彦の耳元に手をあて、小さく言った。その左手にはシルバーリングが輝いている。

「あゆみ、最近彼氏と別れたばっかだよ」

 冬彦は思い切り舌打ちをした。

「訳わかんねーこと言うなっつの!」

 その手を邪険に払うと、坂下は軽い声をあげて笑った。
 坂下豊。
 中学時代はあゆみの彼氏でもあった。
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