朝羽~ときわ~

川瀬 水春

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名を呼ばれ

夕焼けの日

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…もう日暮れの時間か。今日は一段と早く感じる。
昨日の大雨が嘘のように晴れた空は、美しい茜色だ。

あの少女は無事に家に着いただろうか。
なんだかやけに気になった。
久しぶりに人と関われたのが嬉しかったからだろうか。

そういえばあの少女、名はなんというのだろう。この辺りに住んでいるのだろうか。

― 石段の下から声がした。
「サヤ、神社なんかで何するの?」
「昨日傘を借りたから、返しに来たの」
「傘を?神社に?」
「うん、そうなの」

とっさに石段の下を覗き込んだ。
少女だ。昨日の少女だ。

少女は傘を片手に石段を上ってきた。そして、昨日置いてあった場所に、水色のその傘を大事そうに置いた。
「ありがとうございました。とても助かりました」
それから、と鞄から何かを取り出して、傘の上に置いた。
「庭で咲いてたから、持ってきたんです」
ふわりと、甘い香りが広がる。

「サヤ―。まだ―?」
石段の下から聞こえた声に、少女は慌てて石段を駆け降りていった。

僕は梔子をそっと手に持った。白い花びらは夕日に照らされ、微かに茜色に染まっていた。

「…さや、というのだな」





「すみません。また来ちゃいました」
数日後、やって来たさやは誰に言うでもなく、笑顔でそう呟いた。

「全く問題ない。むしろ、人が来ると賑やかで良い」
僕はそう応えた。聞こえないのは分かっている。でも、それでも話しかけた。

聞こえないかわりに、僕は社に住み着く野良猫に、さやの傍に居てくれと頼んだ。高齢のそのトラ猫は、しょうがないなというように尻尾で応え、さやの座る社の階段に座り込んだ。
「猫ちゃん、ここに住んでるの?」
さやは猫に向かって楽しそうに話しかけ始めた。
傍から見れば、何をしているのかと訝しまれる光景かもしれない。しかし、さやは本当に楽しそうなのだ。
僕もそっと、さやの隣に座った。そして、さやの取り留めもない話に耳を傾けた。

やがて日が沈みかけてくると、さやは寂しそうにトラ猫を見つめた。
「…そろそろ帰るね」

さやは鞄を肩に掛けると、ゆっくり石段を降りていった。
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