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2章 陰陽騒乱編
19 闘い終えて
しおりを挟む余裕の笑みを浮かべていた翠流は、肩に滲む一筋の血痕に気づき、表情が固くなる。眼球を潰された痛みで気を失い、ぐったりとしたメルを抱え上げる。
「俺が傷を負うのは何年ぶりか……。坂田琥太郎、その名、確かに覚えたぞ」
そう言い残すと、闇に溶けるようにして消えていった。
周囲の空間もまた、溶け出すようにして歪みだす。気づくとそこは、ビルの最上階にある姫華の部屋に戻っていた。
「大丈夫、自分で歩けるわ。ちょっと柚……肩貸してくれる?」
「もちろんですわ!早くベッドに横になりましょう」
柚が姫華を寝室へ連れていくようだ。遅ればせながら、異変を察した神職たちもゾロゾロと姫華の看病のため寝室へ向かう。広々としたリビングには、琥太郎と賀茂が残された。沈黙に耐えかねるように、賀茂が口を開く。
「姫華は大丈夫そうだな」
「翠流が術者の意識を絶ってくれたのと、柚の素早い対応が結果として功を奏したな。姫華の潜在的な妖力も回復を手助けしてるな」
「まさか土御門翠流が直接いきなり現れるとはな」
「ああ」
「強かったな」
「一太刀浴びせるのがやっとだ。しかも奴は片手だ。本気なんか出していない」
「今の状態で一太刀浴びせたのは大したもんだよ。本当は七匹の妖全員を倒して、能力を手にしてから挑む予定だったんだろ?」
「そうだな」
琥太郎の心は揺らいでいた。翠流の言葉が脳裏にこびりついている。
「姫華を助けるためとはいえ、俺は芦屋メルを斬る事ができなかった。初めて妖を斬ったときは躊躇せず斬れた。俺の復讐の相手だったしな。だが今回は違った」
「お前の復讐の相手ではないわけだしな」
「俺は勘違いしていたんだ。七匹の妖を殺して、翠流を殺す。失敗したら俺が死ぬ。それだけのことだと思ってた。だがここまで来ると話はそれだけでは済まされない」
「お前が復讐をやり遂げるためには、それ以上の妖や人間を殺さなければならないってことか」
「ああ。俺が殺すだけではない。俺の周りのお前らだって命を落とすことになるかもしれない。なあ、賀茂。俺には覚悟が足りないのかなあ」
二人の間に沈黙が再び流れる。沈黙を破り、口を開いたのはまたも賀茂だった。
「お前自身の葛藤については、俺からは何も言えない。それはお前自身が見つける答えだからな」
「その通りだな」
「だけどな、一つ知っておいてほしい。お前が殺した命もあるが、お前に救われた命もあるってことだ。酒呑童子だって窮奇だって、放っておいたら何百人の人が死んだだろうな。お前の刀には、その人達の命が乗ってるんだよ」
琥太郎は息を呑んだ。構わず賀茂は続ける。
「それに、俺達はお前に巻き込まれたんじゃない。俺達は俺達の意思で戦ってるんだ。なあ、琥太郎?」
「なんだ?」
「オン研の結成が決まったよ。ゴールデンウィーク明けには、顧問の若菜先生が文化部室棟の空いてる部室をとってくれる。お前もやく姫華を勧誘してくれたな」
「そうか、ついに結成か」
「オン研はさ、琥太郎。お前へのプレゼントでもあるんだ。お前だけじゃない。柚ちゃんや姫華へのものでもある。俺達ってみんなコミュニケーションが下手だろ?みんな、それぞれの戦いを抱え込んじまうんだ。でも、これからは俺達はチームだ。一人一人じゃない、みんなで戦うんだ」
「みんなで、か」
「背中は任せたぜ、相棒」
琥太郎は肩を震わせる。今までの十年間、復讐のみを目標に生きてきた。そこに仲間などいない。孤独の中、殺意のみを募らせ、強さのみを求めてきた。そんな自分が、誰かの役に立っている。そんな自分に、今手を差し伸べてくれる人がいる。
「なあ、琥太郎。こんなこと言うのは照れるけど、正直お前が俺のこと初めて相棒って呼んでくれたの、結構嬉しかったんだぜ?」
カチリ、と欠けていたピースが心の中で嵌る音がする。俺は、斬れる。この仲間のためなら。もう何も失いたくない。そう強く思った。
寝室では、柚が姫華に浄化を施し、解毒に努めていた。
「ありがとう、柚。おかげでかなり回復してきたわ」
「そんな、良いんですわ。困ったときはお互い様ですもの。それより、神職さん達は追い出してしまって良かったんですの?」
「良いのよ。あいつら何もできないくせに騒ぎ立てるだけでうるさいんだから。そんなことより、ねえ、柚」
「なんですの?」
「私、土御門家の宗家に生まれて、とても期待されてきたの。兄さんは安倍晴明以来の天才よ。妹の私も、それくらいできて当然と期待されたわ」
「そんな、お兄さんと姫華さんは別人ですわ」
「もちろんそうよ。でもね、私が兄ほどの妖力がないと知ると、土御門家の人間は私を次第に疎むようになっていった。妹はとんだ役立たずだなって」
「ひどいですわ」
「私はとても惨めだった。土御門の家なんて潰れてしまえと思ったわ。でも、私には兄さんがいた。兄さんは何でもできるもの。本当に憧れていたわ。兄さんがいれば私は誇らしかった」
「とても良いお兄さんだったんですのね」
「兄がああなってから、今度は私が土御門家を背負わなきゃいけなくなった。そしてこんな有様よ。今までずっと下に見てたメルにすら負けた。あんなに嫌ってた家に、一番固執してたのは、結局私だったのかもしれない」
悔しそうに唇を噛む姫華の頭を、柚はそっと優しく撫でた。
「大丈夫。姫華さんには仲間がついてますから」
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