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2章
104:悪
しおりを挟む俺は、守る為に強くなったんじゃなかったのか。もう、何も失わないようにって、そう思ったから頑張ってきたんじゃなかったのか
これじゃあ、あの時から何も変わらないじゃないか
親しい人すら守れないのに俺は……
胸にポッカリと穴が開いてしまったような、そんな何か大切な物を失ってしまったような感覚。俺が正しい事だと信じてきた事が崩れていってしまう
そもそも、本当にあれで良かったのか。本当に、マルドロさんを殺さなければいけなかったのか。たとえ、恨まれようとも助けるべきだったんじゃないのか?
それに俺は、知っていたんじゃないのか。こんな事も起きることを。そして、覚悟は出来ていると思っていた筈なのに
「俺は……こんなにも弱かったのか」
悔しさ、後悔、怒り、感情がごちゃごちゃになる。気持ちを落ち着ける為に視線を上に向ける
そこに広がっていたのは何時もと同じ何処までも続く空。雲の隙間からは星がこちらを覗いている
ゆったりと流れていく雲を眺め、気持ちを鎮めようとしたが、どうにも上手くいかない
ソウマかな。こっちに向かってくる気配が1つ
「クウガ、こっちは終わったぜ」
「ああ、こっちも終わってるよ」
「ん? どうした、なんかあったのか?」
おかしいな、何時もと同じようにしてるつもりなのに。何でそんな直ぐに分かるんだよ
「クウガ、何で泣いてんだ」
「え?」
泣いてる?
誰が?
俺が?
手で頬を確認すると、そこには確かに涙が流れていた。気付かなかった。泣いたのなんて母さんの墓の前で泣いた時以来かなぁ
そこで、ソウマが俺の後方で立ったまま、死んでいるマルドロさんに気付いた
「? あれ敵さんの幹部クラスの死体か? 何で魂葬し……」
ソウマの視線がある一点で止まり、言葉も止まる
「おい、あの斧、マルドロさんのだろ」
「……」
どう答えていいのか分からなかった
「なあ、クウガ。あれ、マルドロさんじゃねぇよな? そうだよな?」
目と目が合う。揺れるソウマの瞳を見ているのに耐えられなくて、目を逸らす
それだけで分かったのだろう。あの、もう動くことのない、人であったものは、マルドロさんだったのだと
ソウマの顔が下を向く
「なんで。いや、何があったんだよ」
下を向いたまま発せられた問い
「隷属されてたんだよ。それに」
ガッ!
「だから、殺したのかよ! 何で、助けなかったんだよ! お前は! そんな奴じゃないだろ!?」
俺の胸ぐらを掴み、涙を流しながら、そう叫んだ
さっきまでのごちゃごちゃしていた感情が、爆発した
ガッ!
激情に体が突き動かされ、ソウマの胸ぐらを掴み返し、言葉を発していた
「俺だって! 助けたかったんだ! でも、無理だったんだよ! 隷属を無効化するスキルも道具もない、魔法でも解除できるかどうかさえ怪しかった! しかも、相手はあのマルドロさんだ! 決して油断していい相手じゃ無かった! 考える事はやめなかったんだ! でも……」
俺が此処まで激情に任せて叫ぶことが無かったからだろうか、ソウマは身を見開いてびっくりしたような、気圧されたような感じだ
「マルドロさんは奥さんと娘さんを殺されていたんだ。それで、生きる事を諦めたマルドロさんを説得出来なかったんだよ……ねぇ、ソウマ。俺はどうしたら良かったんだよ」
自分の中だけに納めていたものをぶちまけて、少し落ち着いた。掴んでいたソウマの胸ぐらを放す
ソウマは下唇を噛んで、また下を向いてしまった
今のは俺らしく無かった。ソウマに文句を言っても、過ぎてしまったことは変えられないんだ。ましてや、ソウマはあの場に居なかったのだ。文句を言うなんて御門違いも甚だしい。それに、その場にいなかったソウマこそ傷ついている筈なのに
そんな時だ。突然感じた殺気
その殺気は本当に微かなものだった。僅かに漏らしてしまったとか、そんな程度。けれど俺は感じ取った
感じた方向は上空
そして、更に感じた魔力の動き
少し反応するのが遅れたソウマの右腕を引きながらその場を飛び退る
ドゥッ!
俺たちの元いた場所に黒い光の柱が突き立った
確実に気持ちが緩んでいた。あと少し反応が遅れたら少なくないダメージを負っていだだろう
光が消えれば、その光の柱が立った場所の地面は無くなっていた
「チッ、あの野郎。適当なもん渡しやがって。避けられてんじゃねぇか」
上空の何もない所からそんな声が聞こえたと思えば、そこから滲むように細身で長身の女が現れた
~~~~~~
俺は何であんな事を言ったんだ
クウガが完璧じゃないなんて事は知っていた筈なのに。クウガが隷属だけの理由でマルドロさんを殺す事がないなんて分かってた筈なのに!
クウガが傷付いていないはずが無かったのに!
俺はまた理想を押し付けていたのか……
なんで、同じ事を何度も繰り返す
変われたと、そう思っていたのに
くそっ!
クウガに謝んねぇと
「!」
魔力! 上か!
くそ、間にあわねぇ
ドゥッ!
攻撃が放たれる寸前、腕を引かれ、何とか回避する事ができた
クウガ……魔力に反応したんじゃ間に合わなかった筈なのに
「チッ、あの野郎。適当なもん渡しやがって。避けられてんじゃねぇか」
粗野な女性の声。その声には、苛立ちと滲み出る残虐性を感じ取った。背筋がゾワッとしたのだ
こいつはヤバイ。瞬時にそう判断した。強いとかじゃない、感じる雰囲気が、こいつは兎に角ヤバイ奴だと俺の感覚が感じ取ったのだ
そして、奴の異常性は雰囲気だけではなく、その身に着けている物からも考えられる
人の指、耳、目玉。これらをアクセサリーのように身に付けている
此奴に先手を取られては駄目だ。此方が先手を
「ま、いいや」
そんな、気分を変える為に発せられた、何の気なしの言葉と共に魔法が繰り出された
多数の黒い光の光弾
だが、その放たれた魔法は俺達ではなく
死んでいるマルドロさんに向かって放たれた
意味が分からなかった
その行動の意味が理解できなくて、マルドロさんが死んで尚、壊されるのをただ見ていることしか出来なかったんだ
「はぁー! すっきり! ちょっとイライラしてたけどこれで少し気が晴れたわ。せっかく苦労して手に入れたってのに、こんなガキに負けてんじゃないわよ!」
再度放たれた光弾
許せなかった。あの光弾を弾こうと体が考えるよりも先に動き出していた
「落ち着け」
だけど、そんな俺の動きは止められた
クウガの冷静でありながら怒気を孕んだ声と、表面上は冷めていながらも奥で怒りが揺れる瞳で
「つまらないわね」
狂気を孕んだ笑みから一転して女の表情は機械じみた、感情の感じられないものへと変化した
そして、マルドロさんが爆発した
「な!……」
死者を、何で此処まで冒涜するんだ
「あーあ、糞の役にも立たなかったわね。でも、あの目の前で母娘を犯させた時の表情は良かったわね~。妻の前で私を犯させた時の表情も、嫌悪と罪悪感と快楽が混ざっていて良かったわね。ふふふっ」
下衆が!
「お前か」
クウガ?
「お前か! 2人を殺したのは!」
「違うわよ。あの2人は死んじゃいないわ」
「は?」
「え?」
待て待て待て、話の流れが……いや、そういうことか。マルドロさんの奥さんと娘さんが殺されたって。え、でもあの女は死んでないって
「貴重な物資を無駄に減らすわけ無いでしょ~。ちょっと頭を使えばわかることでしょ~。あんた達、馬鹿ね」
「いや、でもマルドロさんは」
「そんなの、闇属性魔法で記憶改竄しただけよ」
「そ、そんな」
クウガの声に、力がない。先程までの怒気はなくなっていた。後悔、しているのだろう
そこに更に女が追い打ちをかけるかのように言葉を続ける
「見てたけど滑稽よね~。ああいうの意思を託すって言うんだっけ? 自分の妻も娘もまだ生きてたのに1人逃げたのと一緒。それに、貴方も唯の人殺し」
「黙れ!」
「ソ、ソウマ……」
気付いたら叫び声を上げていた
「お前みたいな下衆野郎が2人を語ってんじゃねぇよ!」
女へ目掛けて飛び上がる。武器を出す時間すら惜しい。目の前の此奴を一刻も早く、消し去らねば駄目だと、そう思った
俺目掛けて放たれる魔法を避け、弾き、宙を駆けていく
クウガは選択を誤ったのかもしれない。だけど、他にもっといい手があったのか?俺はそうは思わない。言い訳みたいになってしまうが、マルドロさんの奥さんと娘さんを助けたとして、生きることを果たして望むのだろうか
それに、悪いのは全部彼奴らだ。弱いからいけないのか? 力が無いものは蹂躙されるのが当たり前なのか?
違う! 絶対に違う! そんなのは間違ってる!
だから、俺は此処でこの下衆野郎をぶっ飛ばさなきゃいけないんだ!
女の目の前に到達し、蹴りを放とうとした所で、女の後ろに出現したらモノを見て、動きを止めてしまった
「やっぱり、馬鹿ね」
キュン!
「がっ!」
細い黒光の光線が俺の胸を貫いた
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