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第三章 サットニア侯爵家
4話 ほんわか 溶き卵のスープ④
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そろりとおじ様のほうを見やると、まさにスプーンに口をつけ、飲み込もうとしているところだった。
「お待ちください!"いただきます"はされましたか?もしかして、ご存じないですか?」
しまった。
反射的に口が動いてしまった。
ぱしっと手で口を押さえた時にはもう遅く、全文を言ってしまっていた。
一方、おじ様は一瞬ぽかんと口をあけたものの、すぐに佇まいをなおし、私に問いかけてきた。
「"いただきます"とは何なのかな?チヒロさん。私には知らない言葉だ」
「お食事中にさえぎってしまって申し訳ございません。私の故郷の言葉でございます」
「ふむ、それは興味ぶかいね。続けて」
「えっと……その、言葉の意味は命をいただきます、作ってくれた人に対して感謝のいただきますの2つの意味がございます」
「命をいただきます、ということは、動物に対してかい?」
「いえ、万物に対してです。生きとし生けるものの命を奪い、食すわけですから、それに対して感謝を述べてから、いただくというのが私の故郷のマナーでした。私は、この言葉がとても重要だと思っています」
「面白いね……確かに、チヒロさんの言う通りかもしれない。私は、今までそんな風に感じたことはなかったが……そう思って食べてみると、また味が変わって感じるのかもしれないね」
「ありがとうございます……では、この言葉を唱える際にも作法があるのでお教えしますね」
失礼なことをした私にもにこやかに受け入れてくださったおじ様に、ほっと胸をなでおろす。
気になったことがあれば、後先考えられないところが、こんな高貴そうな人の前でもでてしまうなんて。
すこし、自嘲しつつも、おじ様に手の合わせ方とその意味を教えた。
「なるほど、面白い。ならば私もそれに倣うべきだな。では、いただきます」
両手を合わせ、一礼するおじ様の所作の美しさに目を奪われていたさなか、くんっと腕を引かれる。
なんだと後ろをむけば、そこには青ざめたリッタの顔があった。
思わず心配の声をかけようとすれば、しぃっと指を口の前に持ってこられた。
そのまま、リッタの口元に耳を持ってくるよう促される。
「あのね、チヒロはわからないと思うけど、今眼前におられる方はそれはもう、とても上級貴族の方なのよ。こんな食堂に来られること自体、普通ではなさらないことだし、護衛もなしにお食事をされるなんてない世界の方なのよ」
こそりと教えてくれた内容に、そこまでのお偉いさんだったの!?と静かに驚愕する。
「だからね、大切なことだということはわかっているんだけど、お食事に口をはさんじゃだめなのよ。それに、卵料理なんて。チヒロのことだから、そういうこともすると思ったけど……サットニア侯爵様はお優しいから、何もおっしゃらなかったけど、普通だとその場でポイよ?普段は、お目にもかかれないような方なんだから」
「ちなみに……この……おじ様はどれぐらいの地位の方なの?」
思わず聞いてしまった質問にぴくりとリッタの眉毛が上がる。
まずい、これはご立腹だ。
「おじ様だなんて!とっても失礼よ!この方はサットニア侯爵様よ。だから上から2番目の地位の方ね。もちろん、国で2番ということではないけど。公爵家は9家、侯爵家は15家だから、王族を除いてもかなり高位の方よ」
おもわずひっと小さく息をのむ。
今まさに、優雅に私の料理を食べようとしているおじ様がまさかそんなにお偉いさんだっただなんて。
とたんにくらくらとめまいがしてきたところに、柔らかな声で現実に戻される。
「なんておいしいんだ。卵にこんなおいしさが秘められていただなんて」
うるうると目を潤ませながらこちらを見てくるおじ様。
まさにイケオジがこんなかわいいなんて!
心がきゅ~んと愛らしさで満たされていく。
こんないい人にだまし討ちみたいなことをしてしまうなんて、とじわじわ罪悪感で心が支配されていく。
「その、たまごはお嫌ではなかったですか?」
「ああ。もちろん、この国では食べる文化がないから驚きはしたけど、チヒロさんの文化では普通なんだろう?だったら仕方ないさ。それに、初めて口にしたけどとてもおいしいしね」
「本当ですか……?」
「うん。あの、”いただきます”をしたからかもしれないね。命を頂いているのだと、改めて感じることができたよ」
その言葉に3人そろってよかった、と胸をなでおろしているうちに、おじ様のお皿の中身は空になっていた。
「さて、本題に戻るんだが、チヒロさん。あなたの料理は本当においしく、心が温まるものだった。ぜひ、我がサットニア侯爵家に来てはくれないだろうか」
ゆったりとした動きでそっと布で口を拭ったあと、おじ様はふわりと笑いながら右手を差し出してきた。
多分、この手をとれば、交渉成立になるのだろう。
このおじ様はとてもいい人だ。
不敬にもあたるだろう、卵料理にも失礼な態度も全く咎めないどころか、こんな何をするかもわからないような危険人物を自分の配下に置こうとしているのだから、もしかしたら変わり者なのかもしれない。
だけど、お世話になったセントラル家を離れたくもないし、まだこの食堂に恩も返せていないし、やりきれてもいない。
ぐるぐると悩んでいるうちに、また思考の渦に飲み込まれていった。
「お待ちください!"いただきます"はされましたか?もしかして、ご存じないですか?」
しまった。
反射的に口が動いてしまった。
ぱしっと手で口を押さえた時にはもう遅く、全文を言ってしまっていた。
一方、おじ様は一瞬ぽかんと口をあけたものの、すぐに佇まいをなおし、私に問いかけてきた。
「"いただきます"とは何なのかな?チヒロさん。私には知らない言葉だ」
「お食事中にさえぎってしまって申し訳ございません。私の故郷の言葉でございます」
「ふむ、それは興味ぶかいね。続けて」
「えっと……その、言葉の意味は命をいただきます、作ってくれた人に対して感謝のいただきますの2つの意味がございます」
「命をいただきます、ということは、動物に対してかい?」
「いえ、万物に対してです。生きとし生けるものの命を奪い、食すわけですから、それに対して感謝を述べてから、いただくというのが私の故郷のマナーでした。私は、この言葉がとても重要だと思っています」
「面白いね……確かに、チヒロさんの言う通りかもしれない。私は、今までそんな風に感じたことはなかったが……そう思って食べてみると、また味が変わって感じるのかもしれないね」
「ありがとうございます……では、この言葉を唱える際にも作法があるのでお教えしますね」
失礼なことをした私にもにこやかに受け入れてくださったおじ様に、ほっと胸をなでおろす。
気になったことがあれば、後先考えられないところが、こんな高貴そうな人の前でもでてしまうなんて。
すこし、自嘲しつつも、おじ様に手の合わせ方とその意味を教えた。
「なるほど、面白い。ならば私もそれに倣うべきだな。では、いただきます」
両手を合わせ、一礼するおじ様の所作の美しさに目を奪われていたさなか、くんっと腕を引かれる。
なんだと後ろをむけば、そこには青ざめたリッタの顔があった。
思わず心配の声をかけようとすれば、しぃっと指を口の前に持ってこられた。
そのまま、リッタの口元に耳を持ってくるよう促される。
「あのね、チヒロはわからないと思うけど、今眼前におられる方はそれはもう、とても上級貴族の方なのよ。こんな食堂に来られること自体、普通ではなさらないことだし、護衛もなしにお食事をされるなんてない世界の方なのよ」
こそりと教えてくれた内容に、そこまでのお偉いさんだったの!?と静かに驚愕する。
「だからね、大切なことだということはわかっているんだけど、お食事に口をはさんじゃだめなのよ。それに、卵料理なんて。チヒロのことだから、そういうこともすると思ったけど……サットニア侯爵様はお優しいから、何もおっしゃらなかったけど、普通だとその場でポイよ?普段は、お目にもかかれないような方なんだから」
「ちなみに……この……おじ様はどれぐらいの地位の方なの?」
思わず聞いてしまった質問にぴくりとリッタの眉毛が上がる。
まずい、これはご立腹だ。
「おじ様だなんて!とっても失礼よ!この方はサットニア侯爵様よ。だから上から2番目の地位の方ね。もちろん、国で2番ということではないけど。公爵家は9家、侯爵家は15家だから、王族を除いてもかなり高位の方よ」
おもわずひっと小さく息をのむ。
今まさに、優雅に私の料理を食べようとしているおじ様がまさかそんなにお偉いさんだっただなんて。
とたんにくらくらとめまいがしてきたところに、柔らかな声で現実に戻される。
「なんておいしいんだ。卵にこんなおいしさが秘められていただなんて」
うるうると目を潤ませながらこちらを見てくるおじ様。
まさにイケオジがこんなかわいいなんて!
心がきゅ~んと愛らしさで満たされていく。
こんないい人にだまし討ちみたいなことをしてしまうなんて、とじわじわ罪悪感で心が支配されていく。
「その、たまごはお嫌ではなかったですか?」
「ああ。もちろん、この国では食べる文化がないから驚きはしたけど、チヒロさんの文化では普通なんだろう?だったら仕方ないさ。それに、初めて口にしたけどとてもおいしいしね」
「本当ですか……?」
「うん。あの、”いただきます”をしたからかもしれないね。命を頂いているのだと、改めて感じることができたよ」
その言葉に3人そろってよかった、と胸をなでおろしているうちに、おじ様のお皿の中身は空になっていた。
「さて、本題に戻るんだが、チヒロさん。あなたの料理は本当においしく、心が温まるものだった。ぜひ、我がサットニア侯爵家に来てはくれないだろうか」
ゆったりとした動きでそっと布で口を拭ったあと、おじ様はふわりと笑いながら右手を差し出してきた。
多分、この手をとれば、交渉成立になるのだろう。
このおじ様はとてもいい人だ。
不敬にもあたるだろう、卵料理にも失礼な態度も全く咎めないどころか、こんな何をするかもわからないような危険人物を自分の配下に置こうとしているのだから、もしかしたら変わり者なのかもしれない。
だけど、お世話になったセントラル家を離れたくもないし、まだこの食堂に恩も返せていないし、やりきれてもいない。
ぐるぐると悩んでいるうちに、また思考の渦に飲み込まれていった。
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