上 下
37 / 37
第三章 サットニア侯爵家

4話 ほんわか 溶き卵のスープ④

しおりを挟む
そろりとおじ様のほうを見やると、まさにスプーンに口をつけ、飲み込もうとしているところだった。

「お待ちください!"いただきます"はされましたか?もしかして、ご存じないですか?」

しまった。
反射的に口が動いてしまった。
ぱしっと手で口を押さえた時にはもう遅く、全文を言ってしまっていた。
一方、おじ様は一瞬ぽかんと口をあけたものの、すぐに佇まいをなおし、私に問いかけてきた。

「"いただきます"とは何なのかな?チヒロさん。私には知らない言葉だ」
「お食事中にさえぎってしまって申し訳ございません。私の故郷の言葉でございます」
「ふむ、それは興味ぶかいね。続けて」
「えっと……その、言葉の意味は命をいただきます、作ってくれた人に対して感謝のいただきますの2つの意味がございます」
「命をいただきます、ということは、動物に対してかい?」
「いえ、万物に対してです。生きとし生けるものの命を奪い、食すわけですから、それに対して感謝を述べてから、いただくというのが私の故郷のマナーでした。私は、この言葉がとても重要だと思っています」
「面白いね……確かに、チヒロさんの言う通りかもしれない。私は、今までそんな風に感じたことはなかったが……そう思って食べてみると、また味が変わって感じるのかもしれないね」
「ありがとうございます……では、この言葉を唱える際にも作法があるのでお教えしますね」

失礼なことをした私にもにこやかに受け入れてくださったおじ様に、ほっと胸をなでおろす。
気になったことがあれば、後先考えられないところが、こんな高貴そうな人の前でもでてしまうなんて。
すこし、自嘲しつつも、おじ様に手の合わせ方とその意味を教えた。

「なるほど、面白い。ならば私もそれに倣うべきだな。では、いただきます」

両手を合わせ、一礼するおじ様の所作の美しさに目を奪われていたさなか、くんっと腕を引かれる。
なんだと後ろをむけば、そこには青ざめたリッタの顔があった。
思わず心配の声をかけようとすれば、しぃっと指を口の前に持ってこられた。
そのまま、リッタの口元に耳を持ってくるよう促される。

「あのね、チヒロはわからないと思うけど、今眼前におられる方はそれはもう、とても上級貴族の方なのよ。こんな食堂に来られること自体、普通ではなさらないことだし、護衛もなしにお食事をされるなんてない世界の方なのよ」

こそりと教えてくれた内容に、そこまでのお偉いさんだったの!?と静かに驚愕する。

「だからね、大切なことだということはわかっているんだけど、お食事に口をはさんじゃだめなのよ。それに、卵料理なんて。チヒロのことだから、そういうこともすると思ったけど……サットニア侯爵様はお優しいから、何もおっしゃらなかったけど、普通だとその場でポイよ?普段は、お目にもかかれないような方なんだから」
「ちなみに……この……おじ様はどれぐらいの地位の方なの?」

思わず聞いてしまった質問にぴくりとリッタの眉毛が上がる。
まずい、これはご立腹だ。

「おじ様だなんて!とっても失礼よ!この方はサットニア侯爵様よ。だから上から2番目の地位の方ね。もちろん、国で2番ということではないけど。公爵家は9家、侯爵家は15家だから、王族を除いてもかなり高位の方よ」

おもわずひっと小さく息をのむ。
今まさに、優雅に私の料理を食べようとしているおじ様がまさかそんなにお偉いさんだっただなんて。
とたんにくらくらとめまいがしてきたところに、柔らかな声で現実に戻される。

「なんておいしいんだ。卵にこんなおいしさが秘められていただなんて」

うるうると目を潤ませながらこちらを見てくるおじ様。
まさにイケオジがこんなかわいいなんて!
心がきゅ~んと愛らしさで満たされていく。
こんないい人にだまし討ちみたいなことをしてしまうなんて、とじわじわ罪悪感で心が支配されていく。

「その、たまごはお嫌ではなかったですか?」
「ああ。もちろん、この国では食べる文化がないから驚きはしたけど、チヒロさんの文化では普通なんだろう?だったら仕方ないさ。それに、初めて口にしたけどとてもおいしいしね」
「本当ですか……?」
「うん。あの、”いただきます”をしたからかもしれないね。命を頂いているのだと、改めて感じることができたよ」

その言葉に3人そろってよかった、と胸をなでおろしているうちに、おじ様のお皿の中身は空になっていた。

「さて、本題に戻るんだが、チヒロさん。あなたの料理は本当においしく、心が温まるものだった。ぜひ、我がサットニア侯爵家に来てはくれないだろうか」

ゆったりとした動きでそっと布で口を拭ったあと、おじ様はふわりと笑いながら右手を差し出してきた。
多分、この手をとれば、交渉成立になるのだろう。
このおじ様はとてもいい人だ。
不敬にもあたるだろう、卵料理にも失礼な態度も全く咎めないどころか、こんな何をするかもわからないような危険人物を自分の配下に置こうとしているのだから、もしかしたら変わり者なのかもしれない。
だけど、お世話になったセントラル家を離れたくもないし、まだこの食堂に恩も返せていないし、やりきれてもいない。
ぐるぐると悩んでいるうちに、また思考の渦に飲み込まれていった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

文也
2023.06.30 文也

気長に待ちますからマイペースで無理なく続けてください☺️

りゆ
2023.06.30 りゆ

とても嬉しいお言葉ありがとうございます!!これからも見守り続けてくださると嬉しいです!

解除
文也
2022.10.15 文也

更新お願いします🤲面白くて一気読みしてしまいました

りゆ
2023.06.30 りゆ

ご感想ありがとうございます!とっても嬉しいお言葉、作者冥利につきます!今まで、バタバタしていて1年ごしの更新となりましたが、また楽しんでいただけますと幸いです!

解除

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。