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第三章 サットニア侯爵家

3話 ほんわか 溶き卵のスープ③

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厨房にはいった時点で、すでに何の料理を作るかは決めていた。
私が失敗したことを、そのまますればいいだけのことなのだから。

状況はさておき、久しぶりの厨房に思わずふんふんと鼻歌を歌う。
家のキッチンだって、日本に比べれば便利なものだが、この大きさが真っ白なキャンパスに絵具を塗りたくっていくような、そんな自由を感じる。
ここにいれば、どんどん可能性があふれ出てくる気がするのだ。

だから、ここを離れたくないという気持ちがある。
もちろん、お世話になったセントラル家を出ていくこともしたくないし、失敗を糧にまだ再スタートも切れていないまま、この厨房に別れを告げたくない。
そもそも、あのおじ様を追い返したところで、私がここにまた立てるという確証はないのだが。

ぶつぶつと心の中で色々考えながらも、手は動かしていく。
ごうごうと鍋に湯を沸かしている間に、適当に塩とほんの少しの砂糖、そしてオンドクルのゆで汁を混ぜていく。

このゆで汁は、肉じゃがの肉崩れがひどいということが課題点となり、下茹でをしてみたところ、思いのほかうまくいったらしく、最近しているようだ。
しかし、そのゆで汁の使い道がまだ見いだせず、もったいないとリッタづてに聞いていたのだ。

「まさか、こんなところで使われるだなんて思ってもいなかったでしょ?」

もわもわとあがる湯気のさなかにいる鍋に思わず声をかける。
どうにかして、鶏がらスープの素風にしてみたかったのだ。
私が1番こんな風に使うだなんて思ってもいなかったよ、と自分にツッコむ。

そんなこんなでいい感じに灰汁をとり、沸いてぼわぼわと泡をたてては消えていく湯の中に溶いておいた卵を一気に回しいれる。
ぐるりと弧を描き、落ちていく卵の黄色に目を奪われつつも、固まらないように急いでかき混ぜる。

ふんわりと塩と肉の混ざり合ったにおいが厨房を満たす。

「そろそろいい感じかな」

あまり卵が固まりすぎないように、さっと火からあげ、この食堂で最高級であろうと思われる器に流しいれる。
おまけに小皿にすこしとりわけ、ずずっと啜った。

「さすがにおいしすぎるんだけど!?」

あまりの天才的おいしさに自画自賛が止まらない。
さっぱりした塩気に、肉のいいい出汁が染み出て、そしてほんのり後味に甘みを感じる。
そして、しっかりした卵の味。
すべてが調和されている。
薬味をいれてみようかと思っていたが、これで完成されているものに手をだしたくなくて、やめた。

「すごくいい香りが漂ってくるじゃないか、いつまで待たせるんだね?」
「あ、申し訳ございません!今すぐにお持ちしますね!」

茶目っ気のあるおじ様の声で、一気に現実に引き戻される。
味の余韻に浸りすぎて、客人を待たせていることをすっかり忘れていた。
慌ててリチャトさんとリッタの分も器によそい、表に出る。

「何を作ったんだい?なんだか優しい香りがするね」
「ふふふ、やっぱり私は天才だったんですよ」

何が入ってるんだと覗き込んでくるリチャトさんを尻目に、おじ様の前に器を置く。


「大変お待たせいたしました。こちら、溶き卵のスープでございます。ごゆっくりお召し上がりください」
「ほう……卵……なんだね?この黄色いものは」
「はい、間違いございません。卵でございます。ぜひ、ごゆっくりとどうぞ。2人もどうぞ食べてください」

そう言って振り返った先には2つの青ざめた顔。
ちょっとエンジンかけすぎちゃったかな?と思いつつ、2人の前に器を置く。
私はただ、少しおじ様のところに行きたくなかっただけで、しっかりおいしいものを作っているのだから、そんな目で見ないでほしい。
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