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四月の魚

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 麗らかに晴れた日の午後、ルイザは干し場にいた。今日は店の定休日である。朝から溜まった洗濯物を片付け、干してから買い物に出かける予定だ。
「はー、今回は多かったなー」
 この所王都は雨が続いていた。おかげで洗濯が出来ずに溜まったと言う訳だ。基本朝は早起きをするルイザは、時間がなくて洗濯出来ないという事はない。
 しかも職場はすぐ下だ。天気さえ良ければ毎日洗濯して干して、お茶の時間に断りを入れてから取り込みに来るのだ。
「にしてもいい干し場よねえ」
 表からは見えず、裏からも角度や壁の関係で見えない場所にあり、周囲からも覗かれるような建物はない。おかげで下着ですら人目を気にすることなく干すことが出来る。
「さて、これでおしまい! さーて、今日は机買いに行かなきゃ」
 部屋の方は大分整ってきている。故郷から送った荷物も無事届き、荷ほどきも済んで片付けの方も順調だ。
 後は大型の家具である。基本は昼食時に時間をもらうか、少し早めに上がらせてもらって店に行く形だ。
 最初にダイニングテーブルと椅子、次に本棚を購入した。仕事の関係もあって、本は結構買う方である。自室の本棚には植物図鑑や昆虫図鑑、珍しい所では宝石図鑑など、挿絵の豊富な図鑑を中心に置いてある。
 そういったものから飾りを思いつく事もあるのだ。特に植物図鑑は手放せない。花をかたどった飾りは好評なのだ。
 そんなルイザが本日買い求める品は、書き物机である。今まではキッチンのダイニングテーブルで代用していたのだが、さすがにそろそろ揃えようかと思ったのだ。これも仕事道具の一つである。

 洗濯物を干し終え、部屋に戻って支度を調えてから外に出る。部屋の鍵と工房の裏口の鍵をしっかりかけて、いざ出発だ。
 出かける先は工業区だ。腕にいい職人の多くいるここは、工房直売の家具屋が多い事でも知られている。
 もちろん商業区にも家具屋はあるが、どちらかと言えば見た目重視の為、使い勝手が今ひとつ良さそうに見えないのだ。
 その点工業区の工房直売は、見た目こそ素朴ながらも、職人のこだわりが随所に感じられる一品が出そろう。
 また工房によってもそれぞれ『味』が違うのも魅力だ。ルイザは自身お針子という職に就いているせいか、職人技というものが好きだった。
 ルイザが住んでいるエドウズ商会から工業区へは乗り合い鉄馬車を使う。王都に着いたばかりの頃は案内図に乗っている路線の多さに驚いたものだが、今は必要な路線のもののみ覚え、他は放っている。
「全部覚える必要なんてないわよ」
 そう教えてくれたのは工房のまとめ役、エセルだ。そして覚えておくべき路線と、覚えていると便利な路線を厳選して教えてくれた。
 ──順調にいけば、工業区でお昼かなあ……
 工業区と銘打っているが、食事を取る店が皆無な訳ではない。むしろ職人を相手にした食堂の数は多い方だ。
 それに工房直売の店が並ぶ、通称道具街は王都の観光場所でもある。遠く国境沿いの街からも人が来て、道具街で道具を買っていくのだそうだ。

 太陽がすっかり昇った頃、ルイザは商業区に到着した。商業区の中程にある乗り合い鉄馬車の停車場は、今日も賑わっている。
 家具を多く扱っている工房はやはり固まって存在し、家具通りとまで言われている。その家具通りの方へルイザは足を向けた。
 商業区ほど商品陳列に気を使ってはいないが、それなり品物の良さを売り込もうとしているのは見て取れた。
 この通りで扱うのは大型の家具が中心だ。椅子や小物も置いてはいるが、その多くはベッドやタンス、ルイザが探している机などである。
 一つの工房に行き当たった。ルイザがついこの間ダイニングテーブルと本棚を連続で買った工房である。
「そういやうちの家具、ここで買ったよね」
 エセルと、実はオーガストに勧められた店だった。質素な作りではあるが、丈夫で長持ちするし、使い続けると味が出てくると言われたのだ。
「頼めば飾り彫りも入れてくれるしね」
 そう言っていたのはエセルだ。以前ここで鏡台を買った時に、頼んで引き出しの部分に花の飾り彫りを入れてもらったのだそうだ。
「良い出来だったわよ。しかも彫りの値段も安めだったし」
 普段ドレスを作るエセルの審美眼は確かだ。それにああ見えてドレス制作も細かい仕事である。そのせいで他人の仕事振りも細かい所まで見る癖が付いているようだ。
 ──よし!
 もしかしたらここで買う方が手間がなくていいかも知れないが、まずは他の工房の品も見てみる事にした。良い物が他になければここ、『ジェフリーの工房』で買えばいいのだ。以前買った事を言えば、少しは値引きしてくれるかも知れない。
 家具通りにはいくつかの家具工房が軒を連ねている。それぞれの工房が得意分野のようなものを持ってはいるが、そこは職人、頼まれれば何でも作る為、店先にも様々な商品が並べられていた。
 その全てを覗いたところで大した時間はかからない。そう思って見始めたのだが、やはり気にいる品は見つからなかった。
 大きさがだめ、引き出しの数がだめ、色がだめ、足の形がだめ。いいと思う部分もあるのに、どこかにだめが出てしまって決められない。
「やっぱりあそこかあ」
 そう言ってルイザは『ジェフリーの工房』へ向けて踵を返した。

 ジェフリーの工房は家具通りの中程にある。周囲と比べても特にこれといって違う部分は見当たらないが、何故かルイザはここの家具に惹かれるのだ。
 作りがしっかりしているというのもある。それ以上に、あまり気づかれないような細かい部分への配慮にあふれた品だという事があった。
 ダイニングテーブルと椅子も、本棚も、細かい配慮が施された家具だった。おかげで使い勝手も良く、とても満足している。
「いらっしゃいませー」
 店の中に入ると、奥から若い男性が出てきた。家具職人見習いのエイルマー・スミスだ。頑固な工房の主、ジェフリー・アイドルについて五年になる。
 実は弟子を取るつもりのなかったジェフリーだったが、三日三晩店の前に張り付かれ、ほとほと困っていた時に妻の助言で受け入れたのだ。妻曰く
「ものにならなさそうなら、その時引導を渡してやればいいじゃない。いい雑用係が入ったと思って」
 だった。
 エイルマーはその後、まじめな働きぶりでジェフリーを納得させ、わずか一年の後には正式に弟子入りしたのだ。それから四年。まだまだ見習いの域を出ないが、日々修行に明け暮れている。店番もその一環だった。
「あ、ああ、オーガストさんとこの。毎度ごひいきに。今日はどんなものをお探しで?」
「書き物机を買おうと思って。何かおすすめ、あります?」
 そう言うと、エイルマーはわずかに染めた頬のまま、店内をぐるりと見回す。表は店、奥は工房という、エドウズ商会と似たような構図の店は、置いてある物が大きいせいか、エドウズ商会より店舗部分が広い。
「ああ、だったら……これなんかどうかな?」
 そう言って店の中程に置いてある品の所へ、ルイザを誘導した。
「これ?」
「そう」
 見せられた品は、なんだか変わった形をしていた。ぱっと見とても書き物机には見えない。
 上部に取っ手のついた小さい引き出しが二つ、その下に奥から手前へ曲線を描くような形になっていて、その下の部分にまた引き出し。足下は奥の方に一段棚が置いてあり、重い本でもおけそうだ。
「これ……本当に机ですか?」
「見てて」
 そういうと、エイルマーは曲線部分の下にある、二つの取っ手に手をかけ、そのまま軽く持ち上げるようにした。
 すると、からからと軽い音を立てて曲線部分が下から開いていき、その奥に机の天板部分が出てきたのだ。
 曲線部分は脇に掘られた溝にそって、机の上部に収納されていく。その姿にルイザは驚いていた。
「えー? 蓋付きの机ですか!?」
「そう、うちの親方の新作。どうかな?」
 エイルマーはルイザの表情に嬉しそうな顔をし、どうぞというように机の前の場所を譲る。
 ルイザは再びその蓋を下ろし、自分の手で開けて見た。思っていたより軽い。引っかかる部分もなく、なめらかに開閉出来る。
「後ね」
 ルイザの脇から手を出し、天板部分の一部を手前の方に引っ張る。すると天板自体が動き、全体的な面積が広くなった。
 この面白い仕掛けに、ルイザは一目で夢中だ。それはエイルマーの目にも明らかだった。
 この新しい机は親方であるジェフリーがお遊び感覚で作ったものだ。蓋の部分の工夫に苦心し、それがまた楽しかったと言っていた一品だ。
 ルイザの方を見れば、大分気にいっているのが見て取れる。自分が勧めた品を、自分が気になっている女性が買ってくれるのは嬉しい事だ。うまくすれば、これが縁でどうにかなれるかも知れない。
「どうでしょう?」
 ついつい、売り込む声にも力が入ってしまう。
「いいですね……でもお高いんでしょう?」
 実は親方の試作品故、まだ値段が決まっていない。間の悪い事に、今日は親方のジェフリーは組合の会合で出かけていて留守だ。
 つまり、値段を付けることが出来ない。
 エイルマーは必死に考えた。今ここで値段が付けられないと言ってしまったら、彼女は別の工房で品を買って、うちには二度と来てくれなくなるかも知れない。
 だがここで勝手に値段を付けて売ったりしたら、帰って来た親方に怒られるのは必至だ。ここで選択肢は二つになった。
 エイルマーは瞬時に計算した。親方の叱責はいつもの事だ。それに試作品とはいえ、客に認められて買われたとなれば、それはそれで良いことではないか。
 大雑把そうに見えて、その実細かい親方は、試作品の時でも細かく設計図を引いて計算してから作る。
 その設計図さえあればまた作る事は出来るのだ。でも客である彼女は、逃したらもう次はないかも知れない。
 そう思い至った時点で、エイルマーの中の天秤は傾いた。
「この値段でどうでしょう? ルイザさんには以前にも買ってもらったから、ちょっと値引きして……このくらい」
「本当ですか!? 良かったー、それなら予算内だわ」
 そう言って笑う彼女の笑顔はまぶしかった。思い切りのいい値段を付けて正解だったらしい。これも明日への投資、後で親方には二重の意味で怒られそうだが、その分誠意を込めて働いて返していこう、エイルマーはそう思った。
「ではこちらに。今日中に届くように配送、手配しておきますよ」
 家具通りの組合で運営する配送代行業は好評で、他の工房からも頼まれる事があるらしい。混んでる時は当然家具通りの工房の用件を優先してくれる。
「ありがとうございます。助かります」
 そう言ってルイザは店を後にした。その後ろ姿をエイルマーがずっと見つめているとも知らずに。

 帰りがけは市場で魚を買ってきた。今日は何となく魚のパイを作りたくなったのだ。
 帰ってしばらくすると、例の家具工房からの届け物が届いた。早速部屋の奥の方、窓の近くに置いてもらう。
「あれ?」
 よく見れば、上部についている引き出しの部分に、なにやらついている。飾り彫りが付けられているようだ。
 短時間で飾り彫りを入れられるとは思わないし、これは明らかに後から取り付けたものだから、別にあったものをわざわざ付けてくれたのだろう。
 机の蓋を開けてみると、そこには一通の手紙が差し挟まれていた。開けてみると、
『勝手ながら引き出しの部分に飾りを入れさせてもらいました。あなたの印象の花を選んでます。エイルマー・スミス』
 とあった。引き出しには小ぶりの花の飾りが綺麗に取り付けられている。大きすぎず小さすぎず、控えめに存在を主張していた。
「……私ってこういう印象なんだ」
 彼が故郷でのルイザを見たら目を剥くのではないだろうか。そこまでかわいらしい女ではない。何せ転生三回目だ。
「でもまあ、綺麗だからいいか」
 気にいった買い物が出来て、作った白身魚のパイはおいしく出来た。、その日は上機嫌のルイザだった。

 その後、帰ったジェフリーに案の定怒られたエイルマーは、付けた値段でもやはり怒られた。
 そして彼が期待したような発展は、その後一切なかった。


※王都に着いてすぐの頃です。
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