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第三十四話 一息入れましょう

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 廊下に残された装備は、私の魔法収納に入れておく事になりました。

「いつか協会に渡せればいいが。下手すると、俺らが連中を殺したと言われかねねえからなあ」

 ですよね。偶然通りかかって拾った、と言ってもどこまで信じてもらえるのやら。

 ですが、遺族は装備だけでも手元に戻ってくる事を望まれるかもしれませんし。難しいところです。

 一度地図を広げて、この先の経路を確認しましょう。

「現在地がここ。で、二十階に行く階段はここだ」
「大分離れているわね」

 地図の下の方に十八階からの階段があり、現在地はそのすぐ側です。そして二十階に行く階段は、地図の上の方。まっすぐ向かう道はなく、かなり遠回りを強いられそうです。

 あ。

「壁はぶち抜けましたよね?」
「そういえば、そうだったわね」
「おい、何か不穏な言葉が聞こえたぞ? お前ら、迷宮を壊すつもりか?」

 嫌ですねえ、カルさんったら。私ごときの力では、迷宮なんていう人知を超えた代物を壊せる訳ないじゃありませんか。

「人聞きが悪いですよ、カルさん。壁を抜いたところで、迷宮全体を壊せるものではありません。それは九階で実験済みですし」
「今、何か凄く怖い事言わなかったか?」

 え? いいましたか?



 結局、カルさんに強硬に止められて、壁をぶち抜く近道案はなくなりました。楽なのに。

「他にも、うろついてる団がいるかもしれないだろ? 巻き込んだらどうするんだ?」

 そう言われてしまったら、反論出来ません。九階は人がいない事が前提でしたし。あの階層、本当に不人気なんですね。

 地道に通路を行く事しばし。あれ以来誰にも会わずに上りの階段まで辿り着きました。

「さて、この上は本当に最前線だ」

 二十階ですものね。二つの組が、二十一階へ上がる為にしのぎを削っているんだとか。

 ここまでは手こずる魔物はいませんでしたが、上の階はまた強い魔物がいるのでしょうね。

「今まで以上に、すれ違わないように気を付けたい。それと、お嬢達」
「はい」
「何かしら?」
「多分、最前線の連中の中には魔法士がいる」

 とうとう、魔法士と対峙する可能性が出て来ました。

「俺はよくわからねえが、魔法士同士ってのは、相手の事がわかるとかあるのか?」

 カルさんの質問は曖昧ですが、言いたい事は何となくわかります。

「相手の魔力の波動のようなものは、感じ取れます。あと、探索系の魔法は相手に察知されやすいです」

 これは魔物にも言えます。魔法に長けた魔物は、こちらの探索系の魔法を逆手にとって、自分の居場所を偽装してこちらを欺すそうです。

 上にいる魔法士が、それをやらないとは限りません。ですが、それはこちらも同じ。

「探索の魔法も、気取られにくいものがありますから、そちらを使いましょう。相手が使ってきたら、場所を偽装して相手を欺す事も出来ます」
「ベーサ、いざとなったら相手は全員眠らせましょう」

 ニカ様の言葉に、ちょっと驚きました。

「よろしいのですか?」

 てっきり、どうにかしてやり過ごす事をお選びになるかと。いえ、構わないのですけれど。

「先程の通路での一件を聞いたでしょう? あんなくだらない事で争っているような人達に、邪魔されたくはないわ」

 一理ありますが、何だかニカ様らしくありません。カルさんもそう感じたようです。

「ニカお嬢、少し落ち着け」
「私は落ち着いているわ!」

 いえ、大変言いにくいですが、とてもそうは見えません。私の態度でそれを感じ取られたのか、ニカ様がはっとした顔をなさいました。

「……ごめんなさい、少し、疲れているみたい」
「ここまで一気に来たからな。本当なら、十八階で一休み入れたかったんだが」
「あそこまで占有されてしまっていては、私達が入る隙間はありませんね」
「あれはあれで問題なんだよなあ。いっそ紅蓮でも風雷でも、二十一階より上にとっとと行ってほしいぜ」

 本当ですよ。

 それにしても、ニカ様は本当にお疲れなだけでしょうか。気になります。

「あの、この階層で少し休んでいきませんか?」
「へ? だが、ここには拠点地は――」
「結界を張れば、ある程度の魔物は防げます。この上は大変な階層になりそうですから、今のうちに、少しだけでも」

 一息入れるのは、大事だと思うんです。そろそろ食事も取った方がいいですし。

「……そうだな。向こうの先に、袋小路になってる通路がある。慣れてる連中は来ないから、そこなら人目に付きにくいんじゃねえか?」
「では、支度しますね」



 大きめな箱形の結界を張り、天幕にテーブル、椅子と出していきます。天幕は……お花摘みの為ですよ。

 テーブルの上に、軽食と飲み物を出していきます。

「……相変わらず、ここが迷宮内だって事を忘れそうな光景だな」

 呆れたようなカルさんの声に、つい反発してしまいました。

「食事は大事ですよ!」
「わかってる。助かるよ」

 そう言ったカルさんも、大分くたびれて見えました。

 もうじき、二十階です。そして、さらにその上にあるかもしれない解呪の水を求めて、私達は進むのです。

 ですが、その水が本当に解呪の力を持っているかどうか、誰にもわかりません。残っている文献がどこまで正しいのか、検証方法はないのですから。

 先のわからない不安というのは、とても疲れるものなんですね。

 ニカ様も同じなのか、椅子に座った途端深い溜息を吐かれました。そっと、熱いお茶を出しておきます。

「ありがとう、ベーサ」
「いいえ。天幕も出しておりますので、お疲れでしたら少し横になってください」
「ええ、そうさせてもらうわ」

 眠らなくても、横になって目を閉じているだけでも疲れは取れるものだと聞きました。ニカ様は、間違いなくお疲れです。

「……ニカお嬢は、寝たのか?」
「ええ、多分」

 本当にお休みなっているかどうかはわかりませんが、少なくとも横にはなってらっしゃいます。

「今日のお嬢、ちょっと変だったな」
「やはり、カルさんもそう思いますか?」

 どこがどうとは言えませんが、いつものニカ様ではないように思えるんです。

 都区にいた時から……いえ、確か、ゼメキヴァン伯爵と会った辺りからですか。

 あの親子のやり取りを見ていた時に、ニカ様の様子が変わったような。

「あ」
「どうした?」
「いえ……何でもありません……」

 サヌザンドにいた頃、ニカ様とは殆ど交流はありませんでした。身分違いという面もありますが、王族としての序列が低いせいかあまり表舞台に出てこられなかったんです。

 漏れ聞こえてきた話によれば、父王であられる国王陛下と、あまりうまくいっていないとか。

 もしかして、ゼメキヴァン伯爵に威圧されるティージニール嬢に、王宮でのご自分を重ねられたのではないでしょうか。

「それにしても、この結界、床から魔物が出てくる……とかないよな?」
「ええ、床部分にも結界を張ってありますから問題ありません」

 ある意味、ここが簡易拠点地になっています。

「結界を張っている私が気を抜く訳にはいきませんが、カルさんもどうぞ休んでください」
「いや、それは……」
「ここまで、ろくに魔法も使わず進めましたので、元気が有り余っております。ですから、ここの安全に関してはお任せください」

 幽霊に関しては、結界で阻んでそのまま進んできましたしね。階層が違えば魔物は追ってきません。

 その結界も、ニカ様がずっと張っていてくださいましたし。本当に、ここまで役に立っていませんよ。

 でも、本番はこの先です。だからこそ、ニカ様にもカルさんにも、英気を養っていただかないと。
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