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1巻

1-3

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   ◆◆◆◆


 離宮を後にしたシードは、馬車の中で軽い溜息を吐いた。聖女として召喚された女性は、司祭とばかり話をしていてこちらには見向きもしなかった。父や国王陛下には「聖女を妻に迎えるよう努力しろ」と言われているけれど、どう努力しろというのか。
 彼の溜息を聞きつけたのか、赤髪のヤジークが軽口を叩いた。

「お、シードともあろう者が溜息か?」
「やめろ」
「いいじゃないか。この馬車の中は、俺達以外いないのだから」

 彼は相変わらず、身分にそぐわない下々しもじもの言葉を好んで使う。とはいえ、その通りだ。今車内にいる者達とは家格が釣り合う為、幼い頃から見知っている。付き合いが長い分、お互いに気心が知れていた。とはいえ、なれ合う仲ではない。それぞれの実家を巻き込んで、この年になるまで競争の連続だった。
 目下もっか彼等が競い合うのは、「誰が聖女を手に入れるか」だ。自分に話が来ているのだから、彼等も父親から似たような事は言われているだろう。それには、理由があった。
 ルスアント大陸には、聖女を手に入れた者が大陸をべるという言い伝えがある。真偽の程は定かではないが、全くのでまかせとも言えないものだ。
 少なくとも、これまでに聖女を得た国が長く繁栄したのは間違いない。前回の聖女を王妃に迎えたのは西のアウェガ王国だが、あの国はそれから百年近く、大陸の諸国が天災に悩まされたにもかかわらず、豊作続きで国力を増していったという。
 結果、わずか数年でマイエンドスと肩を並べる程の国にのし上がったのも、聖女の恩恵と言われればそうかと頷くしかない。だからこそ、国王陛下もドウソーン家の当主である父も、シードに聖女を手に入れろと言ったのだ。国王は国の為に、父は家の為に。
 シードが己の考えにふけっていると、向かい側に座るヤジークが真面目な声で言った。

「それにしても、あの聖女とやらはあれだな……あまりやる気を出させてくれないな」

 これに反論する者はいない。という事は、この場にいる者達は皆彼と同じ考えなのだ。
 こことは全く違う場所から来たという聖女。見た目はこれといった特徴はなく、髪も目も庶民にはよくある色だ。
 顔立ちも整ってはおらず、どちらかといえば自分達の周囲にいる女性の中では劣った容姿である。あのコーネという侍女の方が優れていると言っていい。
 そんな聖女を、妻に迎えねばならないとは。シードの口から重い溜息がこぼれた。

「そんな顔していると、宮中の女達が『黄金の君がうれえている』と黄色い悲鳴を上げるぞ」
「うるさい」
「ヘザーネインとダビレも、親父殿からあの聖女を落とせと言われているんだろう?」
「よさないか」
「何だよ、この顔ぶれで綺麗事を言う必要などあるまい?」

 ヤジークのげんに、シードは一瞬言葉に詰まる。本音を言える相手が、競い合う彼等しかいないというのも、また皮肉な話だ。
 そんな彼等であればこの車内での会話を余所よそらす事はないだろうが、世の中には絶対の保証などない。にやりと笑うヤジークに、シードは顔をしかめた。

「言葉をつつしめと言っている」
「言い方を変えたところで、結果は変わるまい。で、どうなんだ?」

 ヤジークの視線は、残る二人、ヘザーネインとダビレに向いている。銀髪のヘザーネインは相変わらず感情の読めない微笑を浮かべ、茶髪のダビレもいつも通りねた様子だ。それだけで、彼等も父親に言い含められているのだと知れた。

「私はまだ、妻など早いと父に申したのですが……」
「ふん! あんなちんちくりん、僕はごめんだね」

 どちらも言葉は違うが、あの聖女は願い下げだと言っている。その意見にはシードも賛成なので、特に口は差し挟まなかった。
 だが、ヤジークは違うらしい。

「まあまあ、二人とも。聖女はあれだ、お飾りの正妻にしておけばいいんだよ」
「お飾り?」

 ヤジークの言葉に、シード達の声が重なる。それに気をよくしたのか、ヤジークはにやりと笑った。

「考えてもみろ。我々序列一位の家は血筋を重んじる。そんな家に、異世界から来た聖女というだけで、素性もわからん女の血を入れる事を、親父殿達が本気で願うと思うか?」

 言われてみれば、一理ある。序列一位の家は、どこも建国以来続いている名家だ。その家に、聖女といえど出自のわからない女の血を入れる事を、どの当主も望みはしない。
 では、どうするのか。その答えをヤジークは口にした。

「聖女は正妻として置いておきさえすればいいんだよ。子供は出自のいい娘に産ませる。これなら聖女を妻に迎え、かつ家に正しくない血を入れる事もない訳だ」

 その提案に、シード達は感心の声を上げる。貴族が正妻以外に子を産ませるなどよくある話だ。正妻に子がなく父親である当主が認めれば、庶子でも家督を継ぐ権利を持つ。ヤジークは、その仕組みを利用しろと言う。

「今日の昼の件を見てもわかるだろう? あの聖女ならば、こちらの思い通りに出来るというものだ」

 確かに、あの場であのような形で席を譲るなど、本来ならあり得ない。きちんとしつけを受けた令嬢なら、最初から上座かみざを彼等に譲っただろう。その上で、あんな下座しもざに腰を下ろす事はなかったはずだ。家に合わせた席を選ぶのも、淑女のたしなみである。
 聖女は、シードに言われたから文句も言わず席を譲るといった様子だった。従順な性格ならば、ヤジークの言う通り、こちらの思うままだろう。
 それなら、あの聖女を妻に迎える事に何ら問題はないではないか。容姿の件や血筋の件も、お飾りなのだから気にする必要もない。重要なのは、「聖女」としての立場と力だ。

「話は決まったな。では、俺達四人で、誰が聖女を落とせるか賭けといこうじゃないか」
「賭け?」

 ヤジーク以外の声が揃った。その事に満足した様子で、彼は話を続ける。

「何かやる気を出す趣向を凝らさないとならないだろう? だから、聖女を落とした者には、他の三人から何か賞品を受け取れるようにしようじゃないか」

 ヤジークの言葉に、三人が頷く。この苦境を乗り越えるいい提案だった。それをヤジークがしてきたという事には驚きを感じるが。
 だからか、シードはつい口を滑らせた。

「正直、お前がこんなに頭が回るとは思ってもみなかった」
「おい」

 ヤジークが凄むものの、すぐにヘザーネインがシードに追随する。

「そうですね。常に剣を振り回しているだけかと」
「こら」
「くっくっく。ヤジークに対する印象って、そんなもんだよねえ?」
「何だと⁉」

 とどめのダビレの一言に、ヤジークはさすがに怒り出した。だが、ダビレの言葉は正しい。おそらくこの場にいる三人だけでなく、王宮中の人間が同じ意見を持っているのではなかろうか。ヤジーク本人だけが、その事に気付いていない。
 ふてくされつつも、ヤジークは他三人を見回して口を開く。

「ここから先は、この面々で競い合う事になる。遠慮はなし、ただし正々堂々と、だ。ちなみに、俺が出す品は領地で今年生まれた中で一番の仔馬だ。王家に献上した仔馬の兄弟馬だから、血筋は確かだぞ」

 ヤジークの言葉に、シード達の目の色が変わった。ヤジークの家ヌデア家の領地といえば、名馬を多く産出する土地として知られている。しかも、王家に献上した仔馬の兄弟馬とは。
 ヤジークが領地の名馬を出してくるのならば、シード達も自分の家の領地に関わるものを出すのが筋だろう。

「では、私は先日作らせたばかりの剣を出そう」

 シードの実家ドウソーン家の領地では、良質の鉄を多く産出する。鉱山に恵まれ、鍛冶技術も他に抜きん出ていた。そんな理由から、ドウソーン領の武器防具は高品質だと評価されている。

「では、私はレースと香水を。女性に贈ると喜ばれますよ」

 ヘザーネインのホエーワ家では、生糸と花の生産を奨励しょうれいしていて、それらを使った布やレース、香水や化粧品などが名産品だ。宮中の女性達にとっては、垂涎すいぜんまとになっている。

「じゃあ、うちからは馬車かな?」

 ダビレのテガスト家の領地には深い森があり、良質の木材を産出していた。それらを使った家具も有名だが、実は一番有名なのは馬車である。ちなみに、今四人が乗っている馬車もテガスト製だった。外観や内装だけでなく、乗り心地も最高級と言って過言ではない。
 全員、賭けの品を出したところで、ヤジークが再び三人を見回した。

「では、これで賭けは成立だ。皆、この事は誰にも言ってはならないぞ。これから親父殿を通して、聖女との時間を取れるよう陛下に願い出る。一人ずつ公平に。いいな?」

 そう言ったヤジークに、シード達は全員頷く。気の重い話だが、家の為にもいずれは妻を迎えなくてはならない。ならば、聖女を妻にするのもいいではないか。しかも、嬉しいおまけまで付いてくるのだ。これでやる気を出さない者など、いないだろう。
 シードは小さな窓から見える景色を眺めつつ、明日からの聖女との接し方を考えていた。


   ◆◆◆◆


 翌日、朝食の時間にコーネさんからお知らせがあった。

「本日より、昼食後に護衛の方々と親睦しんぼくを深める時間を取るように、との陛下からのご命令です」
「コーネさん、それ、どうしてもしなきゃダメ?」
「……陛下のご命令ですので」

 コーネさんも、若干言いづらそうにしている。そらそうだ、「お前等仲良くしなよ?」なんて事、普通は「命令」するもんじゃないよなあ。
 とはいえ、ここで駄々をこねるとコーネさんに迷惑がかかる。昨日の授業中の彼等の態度を考えると、時間を取ったところで親睦しんぼくを深められるとは到底思えないけど、仕方ない。

「わかりました。昼食後だね」
「はい。本日はシード様とお過ごしいただきます」
「え?」
「はい?」

 コーネさんの言葉に思わず声を出したら、彼女が首を傾げた。可愛いけど、そうじゃなくて。もしかしなくても、二人きりですか?
 何だろう……嫌な予感しかしない。あ、でもそれなら、交換条件でこちらの言い分も呑んでもらおうじゃないか。

「コーネさん、午後から個別に対面するなら、授業時間まで彼等と一緒にいなくてもいいよね? めが……司祭様以外の人がいると気が散ります」

 正直言うと、昨日一日でりた。いやー、いるだけで邪魔になる人、本当にいるんだね。この先もずっと昨日みたいに居座られるのかと思うと、やる気ががれる。
 私の心からの訴えに、コーネさんはしばらく考え込んでいたけれど、結局こちらの意見を聞き入れてくれた。

「わかりました。では、本日よりお勉強の時間は書斎で過ごすようにいたしましょう。その間、護衛の方々には遊戯室で過ごしていただきます。ですが、司祭様とお二人きりという訳には参りません。私も同席いたしますが、よろしいですね?」

 コーネさんなら別に問題はないや。あの「ぷっ」って噴き出す声が聞こえなければいい。あれを聞くだけで、かなり集中力ががれるんだ。
 犯人はわかってるけど、一人だけ締め出す訳にもいかないし。そういえば、そのうちあいつとも二人きりで会わなきゃいけないのか……憂鬱ゆううつだ。
 という訳で、本日から勉強時間は書斎で過ごす事になりました。先に入って待っていると、コーネさんに案内された眼鏡君がやってくる。
 今日も昨日同様、ぼさぼさの髪に無精ぶしょうひげ、瓶底眼鏡だ。

「侍女の方から、本日よりこちらで授業を行うと聞いたのですが……」
「ええ、あまり人がいると、集中出来なくて」
「ああ、なるほど」

 眼鏡君も納得したらしい。そりゃ私に聞こえるくらいだから、彼にもあの「ぷっ」は聞こえていただろうよ。聞こえない振りをしていたけどね。
 そして、眼鏡君だけの授業は凄くはかどった。彼も驚いたくらいに。

「……思っていた以上に、効果がありましたね。昨日とは段違いですよ」
「そうですね」

 眼鏡君の言葉に、私はにっこり笑って返した。やっぱり邪魔がいないと、集中出来る。
 昨日に比べて随分とすっきりした授業の終わりに、眼鏡君は締めくくりの言葉を言った。

「さて、ここまでで、何かご質問はありますか?」

 質問……質問かあ……。ひげはらないんですか? って聞いたら怒られるかな? さすがに眼鏡を外せとは言えないし。コンタクトとかないだろうしね。
 と思っていたら、眼鏡君がぽかんとこっちを見ている。

「どうしたんですか?」

 私が聞いたら、眼鏡君はコーネさんと顔を見合わせてしまった。何? 何なのよ。一人ハブにされたみたいで、気分悪い。
 私が不機嫌になったのを悟ったのか、コーネさんがこそっと言ってきた。

「その、聖女様が司祭様におひげをらないのか、とか眼鏡がどうとか小声でおっしゃっていたもので……」

 彼女の言葉に、眼鏡君もこくこくと頷いている。……もしかして、考えていた事が口から出ていた?

「えーと……」

 さて、何とフォローしたものか。困っていると、コーネさんが助け船を出してくれた。

「司祭様、この際ですから申し上げます。おひげだけではなく、髪もきちんと整えてきてください。あなたは神の御前おんまえでもそのようなだらしない姿でいるのですか?」
「だらしな……いえ、礼拝の際にはそれなりの格好を――」
「では、明日より聖女様の前に出る時には『それなりの格好』をなさってください。大体、聖女様に指摘される前に気付くべきです。この方は、神に次ぐ尊い方なのですよ」

 おおう……助け船というより、殲滅せんめつしにかかっているようだ。というか、最後の一言はいらないです。尊いのは私の推しだけで十分。
 コーネさんに詰め寄られて、眼鏡君もたじたじだ。有能な人に怒られるのって、怖いものね。眼鏡君、明日からの君に期待しているよ。


 昼食時は、特に問題はなかった。昨日の今日だから、最初から上座かみざは譲ったし。別に気にしていないのでいいんだー。これが会社関連だったら気を遣わなきゃならないけど。取引相手を下座しもざに座らせたりしたら、大問題だ。
 私としては、推しの声に激似の眼鏡君と差し向かいで食事出来る事の方が大切。まるで推しと食事しているかのような錯覚におちいる。推しと食事……いい。あ、やべ。顔がにやけそう。
 四人組は、昨日同様お通夜つやの席みたいに静かに食事している。ちょっと気になって、眼鏡君に小声で聞いてみた。

「もしかして、食事時ってしゃべっちゃダメだった?」
「そんな事はありませんよ? まあ、私語厳禁の食事の場もあるにはありますが、ここでは特に作法に反するという事はないかと」

 そんな食事の場があるのか……。でも、それならここでしゃべっても問題はないのね。良かった。安心した私は、昨日よりもあれこれ眼鏡君に話しかけながら昼食をいただきました。本当、ここの食事はおいしいわあ。
 ちなみに、本日の昼食はパンに鶏肉っぽい肉の煮込み、温野菜、スープ、果物。昼から豪華だなあと思っていたけど、コーネさんに言わせると「貧相で申し訳ありません……」との事だった。これで貧相なんだ……
 王宮だと、テーブル一杯に料理が並ぶそうな。そんなに食べきれないから、今のままでいいです。そう伝えたら、コーネさんだけでなく厨房ちゅうぼうの人達も大変喜んだらしい。王宮勤めも、苦労が多いのだろう。
 そんなおいしい昼食の後は、大変気乗りのしない親睦しんぼくのお時間です。本日のお相手、金髪君と応接室で対面に座る。いやあ、上からの命令って辺りがこちらのやる気をぐ。
 しかも、その命令をしているのがあのおっさん国王だからね! 人を拉致らちった上にこんな面倒な事を押し付けてくるとは……少しはコーネさんを見習って、聖女様崇拝でもしやがれ。……いや、実際にやられたら嫌だけど。ちょっとはこっちに気を遣いなさい。
 二人ボッチ親睦しんぼく会の会場である応接室は、この離宮で使用されない率ナンバーワンの部屋だ。そこに用意されたのは、コーネさんのれてくれたお茶と茶菓子。
 これがあるからか、本日の昼食の量は少なめでした。さすがコーネさん! 私のお腹の容量まで把握して、食事量を減らしてくれたんだね! 気配りのかたまりです!
 しかも、用意された茶菓子は軽い感触の焼き菓子だ。胃に重くないチョイスがまた素晴らしい。侍女のかがみです。お茶の仕度を新入りの侍女達に任せない辺りも、彼女の気遣いかなー。新入りの子達、金髪君達のファンらしいんだよね。
 さて、とうとう始まった二人ボッチ親睦しんぼく会ですが、何を話せばいいのやら。
 とりあえず、金髪君が話し始めるのを待つ。

「……」
「……」
「……」

 沈黙。彼は組んだ足の上に乗せた自分の手をじっと見下ろしている。話す気、あんのか?
 ちょっと動いたと思ったら、カップとソーサーを持ち上げて優雅に茶を一口。茶菓子もそんな感じでいただく。それが十分間隔くらいであるだけ。
 結局、そのまま彼は何も話さず、終了時間になった。時間を知らせてくれたコーネさんを一瞥いちべつもせずに「帰る」と言って立ち上がった金髪君に、「何しに来たの?」と聞きたくなったけど、やめておいた。何となく、聞くと面倒な事になりそうでさ……
 部屋を片付けたコーネさんからは、今日の感想は聞かれていない。彼女も部屋の隅に待機していたので、どんな状況だったかは知ってるもんね。思わず、ベッドに入ってから深い溜息を吐いてしまった。これ、明日も似たような展開になるのかなあ。


 次の日の授業の時間は、変化があった。なんと、眼鏡君がきちんと髪にくしを入れ、無精ぶしょうひげをってきたのだ! 不思議なもので、たったそれだけなのにかなり男前度がアップしている。まあ、瓶底眼鏡は変わらないとはいえ、昨日までよりはかなりいい。
 なので、思わず素直に口にした。

「やっぱり、その方が素敵ですよ」

 普通に褒めたつもりだったんだけど、眼鏡君は一瞬固まったかと思ったら、指先で眼鏡を押さえて軽くうつむいてしまう。授業時間中も、教材のページ数を間違えたり、ペン先を筆圧で潰したり、れてもらったお茶をこぼしたりとヘマばっかりだ。
 結局、眼鏡君のおかしな様子は昼時まで続いた。今日も昼食の席が向かい合わせなので、思い切って聞いてみる。

「大丈夫ですか? 私、何か変な事を言ったでしょうか?」
「いえ、その……普段、言われ慣れていない事を言われたもので……」

 言われ慣れていないって、素敵って言葉か? それだけでここまで平常心をなくすなんて。ちょっと面白くなって、つい笑ってしまったら、上座かみざの四人組から、何やら微妙な視線を感じた。
 そして昼食後は赤毛君との二人ボッチ親睦しんぼく会だ。赤毛君も無言なのかなー? と思ったら、彼は金髪君とは違った。しかも悪い意味で。
 まー、よくしゃべるよくしゃべる。もっとも、相手の事を考えていないって点では、金髪君と同じだな。彼の口から出てくるのは、彼が戦闘で負傷した時の自慢話ばかり。普通、戦いの場でつけられた傷なんて、不名誉なものなんじゃないの?
 でも、赤毛君は名誉の負傷と言わんばかりにしゃべしゃべる。私としては、君の傷の由来を聞かされても「はあ」としか答えられないっての。

「で、この傷が五年前に西の国境沿いであった小競り合いの際についたもので、こっちのが三年前の領地境での盗賊討伐の際についた傷だ」

 豪快に笑いながら傷の説明を続けているよ。いや、そんなに傷痕が残るのはいかがなものか。どうも、彼はいい家のお坊ちゃんの割に前線に出たがるタイプらしい。脳筋?
 こんな調子で、十年前の初陣ういじんの時からの、大小様々な傷の由来を聞かされました。一兵卒じゃあるまいし、怪我ばっかしていていいのかね? これで、明日は銀髪君かー。既に飽きてきたんだけど。
 赤毛君の時間が終わった後、コーネさんに言ってみた。

「コーネさん、この親睦しんぼく会、もう終わりにしたいです」
「始まったばかりですよ? 明日はヘザーネイン様との初の親睦しんぼく会です。少なくとも、一回は参加なさってください」

 ダメですか、そうですか。やっぱり逃げられないらしい。命令出したあのおっさんがハゲるように呪おう。聖女の呪いはさぞや効くだろうて。
 翌日の天気は曇天どんてん。私の心を表すような空模様だ。天気同様どんよりとした気分の中、眼鏡君との授業は一服の清涼剤だ。本日の授業は教会組織について。大まかな話を最初にして、後から細かい部分を詰めていくってのが、眼鏡君のスタイルらしい。
 なので、今はあれこれざっくりと教わっている。

「以前もお話しした通り、大陸の宗教は統一されています。その総本山はユベール聖皇国にある教皇庁です。ちなみに、ユベール聖皇国は宗教国家としても知られています。教皇庁はユベール国内にある聖地に存在し、大陸全土から毎年巡礼者が訪れる事でも有名です」

 ほほう、巡礼とな。それに、聖地という言葉にも私は反応するよ。何せオタクだからな。もっとも、オタクにとっての「聖地巡礼」は、眼鏡君の言うそれとは大分違うが。
 この大陸での聖地は、その昔、神様からたまわった神宝を収めたほこらがあった場所で、教皇庁の聖堂はそのほこらの上に建てられているそうな。今は聖堂内部に神宝を移しているけど、ほこらは今でも聖堂の地下で保護されているらしい。で、ほこらも巡礼の対象なんだとか。
 他にも、教会での位階の在り方なんかも教わった。下から助祭、助祭長、司祭、主席司祭、司教、主席司教、大司教、枢機すうききょう、総大司教、教皇となるそうだ。眼鏡君、結構下の方の位階なんだね……
 とはいえ、司祭に上がれる人は結構少ないんだとか。大概が助祭長にすらなれずに終わるそうだから、眼鏡君も一応エリートと呼んで差し支えない。上には上がいるから言わないけど。
 そんな眼鏡君との楽しい授業と、四人組も交えた微妙な昼食の後は、銀髪君との初の二人ボッチ親睦しんぼく会だ。あ、今日のお昼もおいしゅうございました。今日のメインは魚で、揚げ焼きにした後、香辛料の効いたソースで野菜と絡めたものだ。
 ちょっと行儀悪いけど、パンに挟んで食べたら激うま! 私のやり方を見ていた眼鏡君も同じようにして食べて、やっぱりいつもよりおいしいって言っていたな。ふふふ、サンドは正義ですよ。この場合、正義と書いて美味うまいと読む。
 そのお昼の余韻よいんも吹っ飛ぶ二人ボッチ親睦しんぼく会かー。部屋に行く前からテンションだだ下がりだわ。
 銀髪君が悪い訳ではないけど、金髪君、赤毛君と連続でげんなりする時間を過ごす羽目になったせいで、正直期待出来ない。でも、気合で愛想笑いを貼り付けてのぞんだ。銀髪君は常に微笑みを絶やさない人だからね。
 そうして席についてお茶が運ばれてくると、銀髪君がにこやかに話しかけてくる。

「聖女様におかれましては、こちらの生活には慣れたでしょうか?」
「ええ、おかげさまで」

 お? 前二人とは全く違う感触。彼となら、普通の会話が出来るかも?
 そんな事を思っていたら、予想外の言葉がきた。

「聖女様はこちらにいらっしゃるまで、庶民の生活をなさっていたとか」
「え? ええ、そうですね」
「さぞお辛かった事でしょう……でも、これからはもう安心です。我が国の国王陛下が後見についてくださいますからね」
「はあ……」

 私の心中をおわかりいただけるだろうか。「何言ってんだ? こいつ」である。
 そりゃ、こっちの庶民は生活が大変なのかもしれないし、ある意味、日本でも生活は大変だったけど、ちゃんと自分の稼いだ金で自立した生活が出来ていた。それを、他人にあれこれ言われる筋合いはない。何より、推しのいる生活は何にも代えがたいというのに!
 その推しを奪われた私に、安心だとはこれ如何いかに。しかも、銀髪君は私にとっての地雷ワードを言い放った。

「我が国に聖女として召喚された事、あなたにとっては何よりの幸福でしょう」

 ふ ざ け ん な。
 この一言で、私は銀髪君を敵と認定しました。そこからもああだこうだとほざいていたけど、全て聞き流した。もう銀髪君だけでも二人きりの時間はなしにしてもらえないだろうか。
 沈黙を貫くつらぬ金髪君や、中身のない自慢話の赤毛君はまだマシだった。まさか銀髪君がこんな地雷野郎だとは思わなかったよ。彼には一言、私の推しを返せ、と言いたい。お前等が聖女召喚なんて拉致らち誘拐をしたから、私は推しから引き離されたんだぞ。
 この苦しみ、理解出来るか? 出来ないだろうな。こんな世界に、日本のような優良コンテンツがあるとは思えない。せいぜい宗教画や肖像画がある程度だろう。
 高尚な銀髪君にはわかるまい。二次元の良さ、尊さが。ああ、ダメだ。怒りが振り切れて、逆に頭が冷えている。次に銀髪君に会う時は、金髪君を真似て無言になりそうだ。


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