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書籍化記念小話

一緒にお風呂に入ろう! その後

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 聖地に来てからも同じ部屋で過ごしている私とグレアムですが、宿泊している部屋には浴室がありません。なので入浴の際には別棟にある大浴場へ行きます。
 最初の時に大浴場までの道を間違えていた私を、リスゴー上級大祭司が浴場まで案内してくれたんですが、その浴場というのが大祭司長と二人の上級大祭司だけが使う特別の浴場だったそうです。
 なので次の日からは一般の神官が使う大浴場の方へ通っていたんですが、今日に限ってグレアムがその特別な浴室の使用許可をもらってきたと言うんですよ。……目的が何か、すぐにわかりますよね。
 私はその目的を阻止するべく、丁度通りかかった巨乳ちゃんとちびっ子を連れて、例の浴場へ向かう事にしました。後ろで渋い顔をしているグレアムをその場に放っておいたのは、ちょっとした意趣返しです。
 その浴室内で、何と巨乳ちゃんからとんでもない事を聞かれましたよ。グレアムと、関係があるのかないのかとか……。関係というのは、その、あれの事ですよ。
 誤魔化そうとしたんですけど、存外しつこい巨乳ちゃんに負けてまだ何もない事を薄情させられました。
 ちびっ子の前だというのを忘れて言い争ってしまった為、誤魔化す事にはなりましたけど。多分あの子はわかっていないから大丈夫……のはず。
「信じられませんわね、勇者様をお待たせするなんて」
 巨乳ちゃんは、私とグレアムの間にまだ何もないというのを知ると、一人でぷりぷりと怒り出しました。
「ほっときなさいよ。人の事より自分の事はどうな訳?」
 やられっぱなしはしゃくに障るので、反撃してみました。確か巨乳ちゃんって、王女殿下の兄である王子殿下……えーと、名前はラッセル殿下、でしたっけ。その方と婚約してるんでしたよね。
「私がどうかしまして?」
「婚約者の王子殿下とはどうなのかって聞いてるのよ」
「ま!」
 巨乳ちゃんは耳まで赤くなってますよ。さっきは私に同じ事聞いてきたくせに。
「そ、そのような事、あなたに話すいわれはありませんわよ!」
「あら、さっきまで私に同じような事聞いてきたじゃない。人に聞いて自分は答えないってずるいわよ」
「う……」
 おお、珍しく巨乳ちゃんが詰まりました。これまでも何度か言い負かしましたけど、その度に斜め上の反論されましたからねえ。
 そのままじーっと巨乳ちゃんを見つめていたら、観念したのか口を開きました。
「王子殿下は紳士ですもの。挙式の前にそのような行為に及ぶはずがないでしょう?」
「それって、グレアムは紳士じゃないって言ってるも同然だってわかってる?」
「そ、そういう意味ではありませんわ!」
 じゃあどういう意味さ。突っ込んで聞きたいところですが、藪をつついて蛇を出す訳にもいかないので、ここは黙っておく事にします。ちびっ子の前でもありますしね。
 まあ、確かにグレアムは紳士という言葉からはほど遠いですけどね。そういう言葉がしっくり来るのはゴードンさんの方じゃないかしら。物腰も柔らかいし、全てにおいてそつがないですよね。グレアムじゃあ、ああはいきません。……私、何気にひどいこと言ってる?
 巨乳ちゃんはこほんと一つ咳をすると、あからさまに話題を変えました。
「それはそうと、例のブラックウェル伯爵令嬢ローズマリー様の件、聞きまして?」
「ああ、聖イヴェット神殿へ送られたってやつ? 聞いたわよ」
 国王陛下直々に話してくださいましたよ。思えば、その話を聞いたすぐ後に聖地に連れてこられたんでしたね。あの時はびっくりしたなあ。
 あれからもう一月近く経ってるなんて、と私が遠い目をしていたら、巨乳ちゃんから驚愕の事実を聞くことになりました。
「違いますわよ、その後ですわ。彼女、神殿で亡くなったのですって」
「ええ!?」
 さすがに驚きますよ。亡くなったって……何でまた。せっかく命だけは助かったっていうのに、病気か何かかしら。
 とんでもない目に遭わされた相手だからか、死んだと聞いても驚きはしましたが同情の思いもなければ憐憫の情も湧きませんよ。こんな私は薄情なんでしょうか。
 とりあえず、興味本位で聞くだけ聞いてみました。
「死因とかって、知ってる?」
 巨乳ちゃんは少し周囲を見回しました。見たって私達以外誰もいませんよ。ここは本来大祭司長達三人しか使えない浴場なんですから。
「あまり大きな声では言えませんけど」
 そう前置きしてから巨乳ちゃんが話してくれた内容は、何とも言えないものでした。
 ブラックウェル伯爵令嬢の強制出家には、数人の騎士と一定期間を神殿で一緒に過ごす見届け役の女性が同行してたそうです。この女性は、さる筋から紹介されたんだとか。
 そうして到着した神殿で、その日の夜に令嬢は部屋で首をくくって死んでいたそうです。部屋に備え付けられたシーツをロープ代わりにして。
 状況から見て、自殺と断定されたそうです。大方一生神殿から出られない事を悲観してだろう、と誰もが思ったんですって。
 でもあの令嬢が、そんな程度で自殺したりするかしら。何だかいつまでもしぶとく生きていそうに思えましたけど。
 そう思っていた私の耳に、少し声を抑えた巨乳ちゃんの言葉が入ってきました。
「ですがこれは表向き、本当はそのお付きの女性に殺されたそうですわ」
「ええ?」
 殺された? また穏やかじゃありませんね。
「何でまた」
「実は、ローズマリー様はこの人の事件以外にも余罪が多く、あちこちから随分恨みを買っていたようですの。そのうちの一人が、そのお付きの女性本人だったそうですわ。女性の兄は伯爵家に出入りの商人のところで働いていたそうなのだけど、令嬢に目を付けられてつきまとわれたのですって。何でも随分と見目のいい若者だったそうですわ」
 あの令嬢、他にもそんな事していたんですか? グレアムだけじゃなかったんだ。そのお兄さんも気の毒に。
 でもそれだけで恨みに思うものでしょうか? と思っていたら、巨乳ちゃんの話には続きがありました。
「その兄はそれ以来伯爵邸には行かないようにしていたそうですけど、ローズマリー様が父親の伯爵に言って、彼を連れて来ないなら出入りを差し止めると商人に言ったのですって」
 うわあ。貴族相手の商人にとって、出入り差し止めは大きな痛手です。下手をすればその評判が他の商売相手にも響きかねませんし。貴族社会は存外狭いと聞いています。
 じゃあ商人はその女性のお兄さんを、自分の商売の為に令嬢の元に連れていったんですか……
「しかも、その兄という人は結婚が決まっていたそうですの。でもそれをローズマリー様が知ってしまって──」
 う……なんか嫌な展開ですね。
「まさか、その奥さんになる女性の方に何かしでかしたんじゃあ……」
「よくわかりましたわね」
 巨乳ちゃんは驚いた顔で私を見ていますよ。
 わからいでか! 私の時とまったく一緒じゃないですか! どうりであの時妙に手慣れていた訳ですよ。あれが初回じゃなかったんですね。どうなってんだ、あのお嬢様。
 って事は、その相手の女性は……
 私の表情から察したのか、巨乳ちゃんは声にならなかった疑問に答えてくれました。
「あなたの時と違って、誰も助けには来なかったんですの。相手の女性はそのまま行方不明という事になったそうですわ」
 温かい湯船に浸かっているはずなのに、寒気がします。あの拉致された時に彼女が言っていた言葉が耳に蘇ります。令嬢はあの場にいた男達に好きにしていい、その後どこへでも売り飛ばしていいって言っていたんですよね。やっぱりその女性も……
 何なんですか、あの令嬢。本物の犯罪者じゃないですか。貴族の令嬢で何不自由なく生活していたんでしょうに。
 逆か。何不自由なく甘やかされて育ったから、自分の思い通りにならない事が許せなかったんでしょう。
 変な話ですが、私の件がなければ彼女は今でも罪を重ね続けていたかもしれません。そして犠牲になって不幸になる人が出続けたんでしょうね。
「恋人をなくした兄の方は自暴自棄になり、酒を飲んで運河に落ちて亡くなったのですって。直接原因ではないかもしれませんけど、ローズマリー様と関わらなければ確実に彼は死なずに済んだでしょう」
 彼女がいなくなった原因と、その理由を令嬢が教えていても不思議はありません。きっとそれを伝えれば相手の女性に愛想を尽かすとでも思った事でしょう。私の時にも似たような事を言っていましたから。
「兄の残した言葉から、例のお付きの女性は仇は伯爵令嬢と狙っていたそうですの」
 ん? ちょっと待った。確かその女性は誰かからの紹介と言っていましたよね? 一体どの筋からの紹介だったのかしら。その紹介した人は、彼女の復讐心に気づいていたのかしら。
「紹介者はその女性と令嬢の関係を知っていたの?」
 ぐるぐると考えていたら、ちびっ子が私の代わりに聞いてくれました。そうですよ、そこ大事ですよね。
 聞かれた巨乳ちゃんの方は、黙ったままです。あれ? もしかしてそのあたりは知らないとか?
「ここから先は、本当に他言無用ですわよ?」
「今更でしょうが」
「他に誰もいないしね」
 ちびっ子と私にそう言われ、巨乳ちゃんはやっと話始めました。
「実は、紹介者と言われている人物は実在しませんのよ。単に紹介されたという形をとったに過ぎませんわ」
「なんでまたそんな事を」
 ちびっ子が呆れたように言いました。本当、そうですよね。わざわざそんな事をしなくてもただ決まった、とだけにしていればいいのに。
「表向きの為ですわ。実はローズマリー様を調べるうちに、何人もの被害者が浮上しましたの。そのほとんどが泣き寝入りだったそうですわ。彼女自身は裁判で神殿に一生幽閉が決定していましたけど、陛下とお父様はそれでは手ぬるいと思われたんですの」
 何でも裁判ではブラックウェル伯爵の親戚筋からの助命嘆願が結構あったんだそうです。貴族の裁判にはつきものだそうですよ。
 父親の方は反逆罪に問われているので極刑は免れませんが、娘の方はせめて命だけは助けてほしいという事だったそうです。主に令嬢の母方の親戚からの嘆願だったそうです。ちなみに令嬢の母親、伯爵夫人は夫である伯爵が捕縛されたらとっとと離縁して実家に帰ったそうです。
 当初は女の身であるし、神殿に押し込めるだけでいいかと国王陛下も公爵閣下も考えておられたそうですが、後から出てきた令嬢の罪の存在に考えを改めたんだとか。
「裁判の結果をひっくり返すのはさすがに陛下も戸惑われましたし、お父様もお止めになったんですの。その代わり犠牲者を探し出し、一矢報いたいと願う者を選び出したのですって」
 それが例のお付きの女性だったそうです。え……それって。
「ちょっと、それ、あわよくば令嬢をその女性に殺害させようって魂胆だったの!?」
 ちびっ子の怒声が浴室内に響きます。お風呂場って音が響くんですよね。いや、それは置いておいて。
 ちょっと陛下と閣下、腹黒通り越して酷すぎませんか? いや、標的になった令嬢も酷い事をしていたんですけど。あれ? これどっちがより悪人かって話?
「声が大きいですわよ、リンジー。まあ、言い方は悪いですけどつまるところはそういう事ですわね……」
「つまるも何も、令嬢に恨みを抱いている相手をぶつけて自分達は手を汚さずに処理しようって事じゃない。きったないわねえ」
 身も蓋もないちびっ子の言い分に、巨乳ちゃんも言葉に詰まってます。正論ですよね、確かに。
「で、でもお父様は相手の女性に意思確認はしましたのよ?」
「そりゃあ機会を与えられたら、誰でも復讐に心が傾くんじゃないの?」
「そうではなくて……彼女、単独で復讐しようと動いていたようですの。準備が整ったあたりで例の事件があって令嬢は収監されましたでしょ? その収監場所を襲撃したのですって」
「ええ?」
 私とちびっ子の声が重なりました。行動力ありすぎでしょう、その女性。結局彼女は捕まったそうですが、理由を問われて全てを話したそうです。それが陛下と閣下の耳にも入って、今回の計画に繋がったんだとか。
 もしかしたら、今回の事はお二方による救済措置でもあったんじゃないでしょうか。
 そのままだったら、おそらくその女性も何らかの罪が科せられたはずです。罪人とはいえ、収監中の人間を襲おうとした訳ですから。
 もし罪に問われなかったとしても、女性の行動力から考えて次は神殿を襲撃しかねませんし、そうなると国王陛下といえどかばい立てはできません。
 そうなる前に彼女の意識を他に向け、なおかつ令嬢を消す方へ話を持って行ったんですね。……やっぱり腹黒い通り越してますけど。
「もしかしなくても、陛下も閣下もその女性に助力したんじゃないの?」
 私の疑問に、巨乳ちゃんは無言を貫きました。それって肯定しているのと一緒なんだけど。やっぱりそうなんですね。私とちびっ子の口から重い溜息が漏れました。
 おそらく送っていった騎士も言い含められていたんでしょう。表向き令嬢が自殺で片付けられているのなら、女性は罪に問われる事はありません。付いているべき令嬢が亡くなったんですから、女性も神殿から戻ってきているはずですよね。今頃は心穏やかに過ごせているといいんですけど。
「それにしても、あんたどうやってその事知ったのよ?」
 そういやそうですね。あの陛下や閣下が巨乳ちゃんに事情を漏らすとも思えないし。ちびっ子と一緒にじっと見つめていたら、巨乳ちゃんたら顔を逸らしましたよ。やましい事をしたな。
「まさかと思うけど、また公爵閣下を盗聴したの?」
 この人、確か以前にもグレアムの親の件で公爵閣下の執務室だかなんだかを盗聴したんですよね、魔導で。
「ご、誤解ですわ! た、たまたま通りかかったら聞こえてきただけで──」
「やっぱりやったんじゃない!」
 またちびっ子と私の声が重なりました。もうね……何やってんのさ巨乳ちゃんてば。
 大体今は聖地にいるんですから、公爵閣下の執務室前の廊下を通りかかる事もなければたまたま聞こえてくる事もないんですよね。口からでまかせを言うから突っ込まれるんですよ。
 あれ? でもそうすると、王都で仕掛けた盗聴を遠く離れた聖地で聞いたって事ですよね。魔導ってそんな事もできるんですねえ。凄いな。

「それにしても、伯爵令嬢ともあろう者が他にもそんな事していたなんて」
 本当に。普通貴族の令嬢なんて、犯罪からは一番遠い場所にいる存在なんじゃないんですか? それを私だけでなく他にも拉致誘拐していたなんて。
 誘拐だけでは終わらせなかったあたり、女のいやらしさが詰まっていますが。っとと、その内容はこの子の前では口にできませんね。
「まったくですわ。何人もの女性をりょ……拉致誘拐して傷つけていたんですって。そんな薄汚い身で勇者様にまとわりついていたなんて図々しい」
 巨乳ちゃんもちびっ子に気を遣ったのか、陵辱云々は避けましたね。ぎりぎり回避成功です。
 結局、伯爵令嬢は顔のいい男性なら誰でも良かったんじゃないかしら。あの拉致されていた時の彼女の言葉からも、グレアムの事を外見でしか見ていないっていうのはよくわかりましたし。
「それに彼女は社交界でも浮いた存在でしたのよ。あんなおかしい娘に勇者様はもちろん、他の男性だって振り向くはずはないじゃありませんの。それなのに、何度も罪を重ねて多くの犠牲者を出していましたのよ」
 起こりながら言う巨乳ちゃんに、何だか似たような事を聞いた覚えがあるなあと感じました。ああ、あの時だ。誘拐された時、ブラックウェル伯爵令嬢が巨乳ちゃんの事をそんな風に言っていたんでした。浮いてるじゃなくって、何だっけ? 人付き合いができないでしたっけ。
 え? どっちが本当? 思わず巨乳ちゃんを疑惑のまなざしで見つめてしまいましたよ。
「……何ですの? その目は」
「えーと、社交界から浮いてるって、具体的にはどんな風に?」
「どうしてそんな事を聞くんですの?」
「いや、伯爵令嬢が巨乳ちゃんの事を社交界で人付き合いができないって言っていたから──」
「んまあ! ぬけぬけと何て事を!」
 どっちが正しいのかなあって、と続けようとしたら途中で巨乳ちゃんに遮られてしまいました。彼女の怒りが凄まじいので、思わずちびっ子と手に手を取って巨乳ちゃんとの距離を取ってしまいましたよ。
「それは向こうでしてよ! 嫌われているのも気づかずにずけずけとあちこちの集まりに顔を出して、裏で笑われていたのも知らなかったんですのね! 疑うのならカレン様にお聞きなさいな」
 カレン様と言うと……私がお世話になっている王女殿下ですね。そういえば、国王陛下のお部屋に行ったあの日は、作りかけの飾りの意見を聞きに王女殿下のお部屋に伺うはずでした。
 王女殿下には行けなくなったと報せが行ってるはずですけど……まさかそのまま王宮を出て行く事になるなんて、あの時は思いもしませんでしたよ。
 鼻息の荒い巨乳ちゃんを見て、事の真偽はどうであれブラックウェル伯爵令嬢とは仲が悪かったんだろうなというのはわかりました。確かに相性悪そうですね。
 同じ私への攻撃でも、巨乳ちゃんの方は正々堂々としていました。それもどうなんだろうとは思いますけど。
 対してブラックウェル伯爵令嬢の方は手口が陰湿でしたね。拉致誘拐だけでも立派に犯罪ですし、その先にやろうとしていた事を考えると……本当、グレアムが間に合ってくれて良かった。
 正直どっちが社交界で浮いていても納得できるんですよね。巨乳ちゃんは空気読めないし、ブラックウェル伯爵令嬢は自分の思い込みが全ての人だし。周囲の人は付き合いづらいですよね。
 結果的に伯爵令嬢の方が余罪ありという事で、より付き合いは遠慮したい人であった訳ですが。
「あのような腹立たしい人の話はもういいですわ! それに、もうこの世にはいないのですもの」
 巨乳ちゃんの言葉に、ちょっとだけしんみりとした空気が漂いました。
「そう! 私、まだあなたには聞いてみたい事がありましてよ」
「え? 何?」
 唐突に話題を変えるなあ。でもこの妙な空気を破れるのは巨乳ちゃんくらいのものですよね。
「勇者様のご家族の事ですわ」
「ああ……でもそれって、話していいものなの?」
 勇者の出自って秘されるんですよね。そう思ってちびっ子に確認してみました。もっとも今更な気がしますけど。
「この場限定ならいいんじゃない? ダイアンが聞いた事を口外しないって約束すれば、だけど」
「もちろん、口外などしませんわ」
 本当かしら。父親であるレイン公爵の執務室だか書斎だかの会話を魔力で盗聴までするような人なのに。しかもその内容をここで話しちゃったよね?
 まあ、でもいっか。話が出回ったとしても、グレアム自身気にしないでしょうし。
「でもどこから話せばいいのやら……」
「ご両親の出会いは知りませんの?」
「ううん、聞いてる。うちの地方都市でやる花祭りで出会ったんだって」
 私の故郷は地方都市の衛星都市なんですが、その地方都市で毎年行われる守護聖女のお祭りは、花をたくさん積んだ車が街中を練り歩き街中が花に埋もれる祭りなんです。正式名称は他にありますが、誰もそちらでは呼ばず「花祭り」と呼んでいるんです。
「そこに友達と遊びに行って、たちの良くない男達に絡まれたんだって」
 その友達の中に私の母もいたそうです。てか、男達の目当ては母だったそうですよ。確かに娘の私から見ても綺麗な人でしたから。本当、どうしてあの美貌を少しでも受け継がなかったのかしら。
「どこにでもいるのね、そういう連中って」
「本当ですわ。警備の者達は何をしていましたの」
 ちびっ子も巨乳ちゃんも怒ってますよ。ちびっ子の方は聖女の祭りを穢す者として、巨乳ちゃんの方は単純に女性が危ない目に遭ったから、かな?
「まあまあ、それで、その時助けてくれたのがグレアムのお父さん、ジェイクおじさんだったんだって」
「それが縁でお二人はお付き合いを?」
「物語みたいね」
 ああ、まあこれだけを聞けばねえ。おばさんに聞いた話によれば実情はかなり違うみたいですけど。
「実はその場でおじさんはおばさんに結婚を申し込んだそうなんだけど、身なりから貴族だっていうのがわかったそうなの。だからおばさんは断っちゃったのね」
 おじさんは三男で家を継ぐ必要はないから平気だって言ったそうだけど、やっぱり育ちが違うと尻込みしますよね。
「ああ、身分違いってやつね」
「まあ、そのような事気にしなくともいいでしょうに」
 おいおい、巨乳ちゃん、前と言ってる事が変わってるよ。
「あれ? でも二人は結婚して勇者が生まれるのよね?」
「うん……」
「何かありましたの?」
 ありましたとも。いや、私は直接知らない話ですけど、うちの母とおばさんの二人から聞かされてきたから自分も知ってるような気分になるんですよね。
「おじさんがね、デリアおばさんの家まで日参したんだって。怖くなったおばさんがうちの母さんの家まで逃げてきたりね。それでもおじさんは追いかけ回したそうよ」
 どこに逃げても必ず見つけ出して追って来たという話です。すごい行動力ですよね。それに、文字通り「日参」だったそうで、一日も欠かした事はないそうです。
「それって……」
「じょ、情熱的……ですのね」
 ああ、ちびっ子も巨乳ちゃんも引いてる引いてる。まあ、普通に考えたら引くよね。
 母もおばさんも、この話をする時には表情が微妙になるんですよね。母は苦笑、おばさんは遠くを見るような目になってました。
 大体出会ってすぐその場で結婚を申し込む事自体あり得ませんよ。おじさんはそんな変な人には見えなかったんだけどなー。
 うっかりそんな感想を言ったら、母とデリアおばさんに「騙されちゃだめよ!」って凄い勢いで言われたっけ……。今となっては懐かしい思い出です。
「で、逃げ切れなくなったおばさんが結婚を承諾して、おじさんは実家の相続を全て放棄して二人は結婚したの」
 その時に、おじさんは家名も捨てたそうです。だからグレアムの姓はデリアおばさんの家の姓なんですよね。
「勇者のお母さんと、あなたのお母さんって知り合い?」
「うん、幼なじみの親友なんだ。あ、私の父とグレアムのお父さんも親友だったんだよ。なんとうちの両親の出会うきっかけを作ってくれたのはおじさんだから」
「ええ!?」
 おお、驚いてる。そんなに驚くような話なのかしら。気のせいか二人の顔が期待に輝いているので、続けざまにうちの両親の話をする事になりました。
「父は大工をしていたんだけど、ジェイクおじさんからの依頼でおじさん夫婦の家を建てる事になったのよ。で、父とおじさんの故郷から母のいる街までやってきた訳」
 そう、私の故郷は母の生まれ故郷でもあるんです。うちの父はお婿に来たようなものですね。
「貴族の子息と大工がどうして親友なんですの?」
「うーん、私もその辺はよく知らないんだけど、何でも小さい頃から一緒に遊んでいた仲なんだって」
 そう考えると、ジェイクおじさんの実家って相当おおらかですよね。いくら地方領主の三男坊とはいえ、庶民と一緒に遊ぶのを許していたんですから。
「あなたのところもお父さんがお母さんに惚れ込んで追いかけ回したとか?」
「ううん、うちの場合は母が父に迫ったの」
「え?」
 本当の事ですよ? 母が常々言っていましたから。
『もう、あの人を一目見たときから絶対この人と結婚する! って決めてたの。だからあの手この手で頑張ったのよー。苦手な料理だって母さん、あんたのおばあちゃんに習ったりしてね』
 頬を赤らめてそう言っていた母を、今でも覚えています。その話になると父は部屋から逃げ出してしまうんですよね。照れていたようです。
 ジェイクおじさんは元々家を出てデリアおばさんと結婚する為にあの街へ来ていた訳ですが、うちの父はただ仕事で来ていただけだったのに母に捕まりそのまま街に残る事になったんです。
 おばさん達の隣に家を建てたのは、おじさんに薦められたからだそうですよ。丁度売りに出ていたんですって。私が生まれた家は、父から母への結婚の贈り物になりました。
 そういえば、私が生まれた頃におばさんがうちの母によく漏らしていたそうです。
「グレアムがジェイクに似てきて、ちょっと怖い……」
 って。ゆりかごで寝ている私を覗き込んでいるグレアムを見つめながら、言っていたそうです。
 それを最初に聞いた時には何で怖いんだろう、って思いましたけど、今ならその気持ちが少しだけわかる気がします。逃げられないですよねえ。
 一度は故郷ごと捨てようとした相手でした。もっとも、なんだかんだで私自身が捨て切れていなかった面が大きいですけど。
 でもあの時、討伐が終わって彼が王都に戻って来て工房に来なければ、あのまま距離は開いていったと思います。本当、どうやって私があそこにいるって知ったのかしら。
「あなたのお母様から?」
 ああ、話題はまだそこで止まっていたんですね。
「うん、そう。母の一目惚れだったんだって」
 娘の欲目で見ても、そこまで格好良い父ではなかったと思うのですが。母にとってはこの世で最高の男性に見えたんでしょうね。
「巨乳ちゃんのところは? やっぱり政略結婚なの?」
 ふと、あの公爵閣下の結婚はどうだったんだろう、と思ったんです。でも身分から考えたら、自由恋愛での結婚とは考えづらいですよね。
 でも巨乳ちゃんの答えは違いました。
「いいえ、お父様とお母様は大恋愛の末の結婚でしてよ」
 へー。貴族の結婚って、全部が全部家同士が決めた結婚だと思っていましたよ。大恋愛とはびっくりです。でもあの公爵閣下には似合うかも。格好良いですよね、巨乳ちゃんのお父様だけど。
「出会いはどこで? やっぱり王宮の舞踏会とか?」
 巨乳ちゃんの好きな恋愛小説などでは、貴族の男性と何故か庶民の女性が王宮の舞踏会で偶然で会う、等という話があったりします。
 読んだ事ないくせに何故内容を知っているのかって? うちの職場にはそうした本が大好きで、仕事中のおしゃべりにその話題を出す事があるんですよ。聞きかじりでもあらすじくらいは知る事ができます。
 でも大概が、
「そんな事ある訳ないのにねー」
 という感想なんですよね。
 大体普通の暮らしをしている庶民が、舞踏会に着るようなドレスをどこで手に入れるっていうんですか。高いんですよ、ドレスは。しかも本人に合わせてしっかり採寸して作らないとならないのに、話の中ではいつの間にか用意されているんですって。みんなであり得ないって笑っていました。
 おっと、話が逸れました。今は公爵閣下と令夫人の出会いの話ですよ。巨乳ちゃんからの返答はといえば──
「いいえ。出会いは国境沿いの小さな館の一室だそうですわ」
「へ?」
 またなんでそんな場所で?
「その時、お父様は国の代表として国王陛下の元へお輿入れなさる隣国の王女殿下の出迎えに行っていたんですの。お母様は王妃様のお付きとしてお輿入れに同行してきたのですわ。国境沿いの館というのは、隣国からこちらの国へ、王妃様となる王女殿下を引き渡す場でしたの」
 ああ、なるほど。って事は、巨乳ちゃんのお母さんは他国の人だったんですねえ。どんな人だったのかしら。やっぱり巨乳ちゃんに似て胸が大きいのかしら。
「じゃあその国境の館から王都に来るまでの間、お互いを知り合って仲を深めたとかかしら」
「さあ、どうなのかしら。お父様に伺っても、はぐらかすばかりで教えてはくださいませんの」
 はて。何か言いたくない事でもあったんでしょうか。あの公爵閣下に? 何か想像つきませんね。
「お父様とお母様といえば……」
 ふと、巨乳ちゃんが表情を曇らせました。
「何? 何かあったの?」
「あったというか、見たというか……いえ、でもこれはやはり口にはできませんわ」
「ちょっと、そこまで言って言わないっていうのは卑怯なんじゃないの?」
 ちびっ子も聞きたいですよね? 私も聞きたいです。ここまで聞いて、はい終わりはないでしょう。
「……お父様の名誉に関わると思いますのよ」
「大丈夫! ここでの事は他言無用って事にすればいいから」
「既に勇者の両親の話を聞いてるんだから、今更でしょ」
 私とちびっ子に言われて、巨乳ちゃんはようやく口を開きました。
「その、お父様の私室にお母様の絵が飾ってあったのを見てしまったのですけど……」
「それが?」
「別に妻の絵を部屋に飾っていても、おかしくはないんじゃない?」
 貴族の屋敷ではよくある事ですよね。これが愛人の絵だったりすると微妙ですけど。
 いえ、あるんですよ。夫人のドレスの採寸に伺った先で、うっかりご主人の部屋を覗いてしまったらどう見ても最近描かれたであろう夫人以外の若い女性の肖像画がででんと飾られていた、なんて事が。
 まあ、貴族の夫婦はお互い家の決めた結婚をして、跡取りさえできればあとはそれぞれ愛人を作って暮らすなんて事も少なくないと耳にしますし。
 だから、公爵閣下のお部屋に公爵夫人の絵が飾ってあっても不思議はないですし、むしろ大恋愛での結婚という話に信憑性が生まれますよ。
「普通の絵でしたら、私もここまで言いませんわよ……」
 遠い目をして言う巨乳ちゃんに、ちびっ子と私は顔を見合わせました。普通でない絵って、どんな絵?
「一体公爵夫人のどんな絵が飾ってあったのよ」
「……お母様が聖女に扮した姿で描かれていましたの」
「うん、それが?」
 これはジューンの記憶ですけど、彼女の世界でも古い肖像画などで実際の女性を女神に見立てて描く事があったそうです。それに近いものなんじゃないでしょうか。あれ? もしかしてこっちではあまりやらない事なのかしら。
 首を傾げる私に、巨乳ちゃんが焦れたように声を荒げました。
「扮した聖女が問題なのですわ!」
 問題のある聖女様って、どんな聖女様? と思っていたら、隣でちびっ子が「あ!」って声を上げました。何、思い当たる事でもあるの?
「まさか、聖ターラなの?」
 ちびっ子の言葉に、巨乳ちゃんは無言のまま首を縦に振りました。聖ターラって、どんな聖女様? 聞いた覚えがないんですが。
 まだ首を傾げる私に、今度はちびっ子と巨乳ちゃんが顔を見合わせています。知ってる事があるなら教えてくれてもいいじゃない。
 意を決したように、ちびっ子は溜息をつきつつ言いました。
「聖ターラはあんまり有名じゃないからね。いや、一部では有名なんだけど」
 巨乳ちゃんも渋い顔で話してくれます。
「聖ターラは継父に娼館に売られ苦労したのですけど、後にその継父の最期を看取ったとされる聖女ですのよ。娼館でよく崇められているそうですわ」
「よく知ってるわね。それだけじゃなく、聖ターラは働く女性全ての守護聖女でもあるんだけど、それもあまり知られてはいないわね」
 また凄い聖女様もいたものですね。自分を売った相手の最期を看取るだなんて。私には絶対無理です。憎しみしか湧きませんよ。
 でもその聖ターラに扮していたから、何だっていうんでしょうね。
「それで?」
「その聖ターラに扮した絵を描く時は……」
「大概裸婦像ですのよ」
 えーと、つまり?
「お父様の部屋にあったお母様の絵が、聖ターラに扮した裸婦像でしたの!」
「ええー!?」
 それって、自分の妻の裸体を描かせたって事ですか!? しかもそれを部屋に飾ってる!?
 どうしよう……私の中の公爵閣下像ががらがらと音を立てて崩れていってます。そういう趣味だったんですか? 公爵閣下。あんなに格好良いのに。
「いくら画家の前とはいえ、貴婦人が服を脱ぐなんて大胆ね」
 ちびっ子、そこなの? いや、確かに大胆だとは思いますけど。顔だけ公爵夫人で、身体のモデルは他にいたとかではないのかしら。
 ちびっ子の言葉に続いた巨乳ちゃんの一言は、そんな私の思いを一挙に粉砕する威力がありました。
「おそらくですけど、描いたのはお父様本人ですわ」
 顎が落ちるかと思いました。開いた口がふさがらないとはまさにこの事です。描いたのが公爵閣下本人!?
 いや、待て待て待て。夫婦なんだから、その方がいいんじゃないの? あれ? いいの? 何だか混乱してきましたよ。
 そんな私を余所に、ちびっ子と巨乳ちゃんは二人で話を進めています。
「レイン公爵って絵も描くの?」
「お父様の趣味の一つですの。我が家にはお父様が描いたお母様の肖像画が他にもあって、それと比べると同じ筆だと思えますのよ」
「まさか他にも裸婦像が?」
「違いますわよ! 他は普通の肖像画ですわ」
 私と同じ事を思ったちびっ子の疑問に、巨乳ちゃんが怒っています。いや、今の流れだとそう思えるでしょうが。
 それにしても、公爵閣下、絵も描くんですねえ。でも描いたのが自分の妻をモデルにした裸婦像……。ちょっとこれから先、公爵閣下を見る目が変わりそうです。
「と、とにかくお父様の部屋で見たお母様の絵に驚いたという話ですわ」
「いや、そりゃ驚くでしょう」
「まあ普通妻を描くのに裸婦像にはしないでしょうねえ。というか、聞いた事ないわ」
 私もです。それだけ奥様の事を思っていたという事にしておいた方がいいんでしょうねえ。
 それにしても、意外な話を聞いてしまいました。あの公爵閣下が妻の裸婦像を、しかも自分で描いて自室に飾ってるなんて……。グレアムでもそんな事していませんよ。いえ、描きたいと言われても断固断りますが。
 とりあえず、この話は誰にも言えないのは確定ですよ。

 それにしても、長々と話し込んだせいか少しのぼせたみたいです。顔が熱いですよ。
 いやあ、後味の悪い話から意外な話まで聞けましたね。一部は聞かない方が良かった気がしないでもないんですが……
「少し長湯してしまいましたわね」
「お風呂入っただけなのに凄く疲れた……」
 巨乳ちゃんもちびっ子もぐったりしてますよ。色々な意味で疲れましたよね。身体的にも精神的にも。
 ふらふらと着替えて浴場から一歩外に出たら、扉の前にはグレアムが腕組みをして立っていました。あれ? 何か怒ってる?
「勇者様ではありませんの」
「あ、本当だ」
 私の後に出てきた巨乳ちゃんとちびっ子も、彼の存在に気づいたようです。グレアムはちらっと彼女達を見た後、すぐ私の目の前まで来ました。見下ろす目が微妙に怖いんですけど。
「グレアム、どうしたの?」
 怖い顔してるよ、とは言いませんでした。いや、言ったが最後な気がして。
 彼はしばらく私を見下ろした後、それは深い溜息をつきました。何だろう、すごく失礼に感じるのは気のせいでしょうか。
「一体どれだけ風呂に入っていたんだ……」
「えー? どれだけって……どうだろう?」
 正直、浴場にどれくらいいたかはわかりません。まあ、のぼせそうになるくらいいたのは確かですね。
 私の言葉に、グレアムは額に手を当てて俯いてしまいました。どうしたっていうのかしら。
「いつまでも戻らないから心配したんだ」
 ああ、そういう事。でも何で心配?
「聖地にいるんだし、危ない事なんてある訳ないでしょう?」
「それでも、だ」
 うーん。これもまた私の危機意識が低いという事なんでしょうか。これまではグレアムの事を過保護だと思っていましたけど、実際にあれこれ巻き込まれた身としてはそのくらいの構えで丁度良いんだというのは学びましたし。聖地だから大丈夫と思っていると、思わぬ落とし穴に落ちるという事かもしれませんね。
「えーと、心配かけてごめんなさい?」
「なんで疑問系なんだ……」
 うん、何となく。
「勇者様、私達はこれで」
「あんたは湯冷めしないようにしなさいよ。聖地の夜は夏でも冷えるから」
 巨乳ちゃんとちびっ子はそう言い残してそれぞれの部屋に帰っていきました。あれ? 置いて行かれた?
「俺たちも戻ろう」
 そう言うとグレアムは私の手を取って歩き始めました。来た時にはそれなりに明かるかった廊下が、今は薄暗く見えます。周囲を見回すと、明かりの数が少ないのがわかりました。
「……もしかしなくても、もう消灯の鐘の後だったり、する?」
 私達がお世話になっている宿泊所には消灯の鐘というのが鳴ります。これが鳴ったら聖地全体の明かりを落とすというものです。
 丘の上にある中央神殿群では夜通し明かりを絶やさないそうですが、その数を減らします。宿泊所の廊下もそうです。
 普段お風呂に行っても、消灯の鐘より大分前に部屋に戻ってました。それを大幅に超えて戻ってこないんじゃ、グレアムが心配しても当然ですね。本当、どんだけ浴場で話し込んでいたんだ……
 無言のまま私の前を歩いていたグレアムが、急に止まりました。前を向いたまままた深い溜息をつきます。
「一体三人で何を話していたんだ?」
「え? 何って……色々?」
 一応言っちゃいけないって内容ばかりなので、グレアムにも誤魔化しておきます。ブラックウェル伯爵令嬢の話は、グレアムに話してもいいような気がしますけど。約束ですからね。
 なのにグレアムったら。
「色々って何?」
「え? いやあ……」
 そこ、突っ込むの? 普段なら流すくせに、どうしてこういう時だけしつこいんだろう。
「俺にも言えない事?」
 ……ずるくないですか? こういう聞き方。私は恨みがましい目でグレアムを見上げました。
 対するグレアムの方はといえば、何だか困ったような顔をしています。ちらっと私を見た後すぐにまた目をそらしました。
「ブラックウェル伯爵令嬢の話か?」
「え! 何で知ってるの!?」
 あ、しまった。これじゃグレアムの言葉を肯定したようなものです。
「ゴードンから聞いたんだ。ゴードンは国王と公爵連名で報せを受け取ったと言っていたから、もしかしたらダイアンが知っていて話しているかもしれない、とも言っていたんだ」
 あいつの読みが当たったな、とグレアムは笑っています。そうか……ゴードンさんも知ってるんだ。当然かもしれませんね。私の時はゴードンさんも兵を率いて来てくれたんでした。
「あの令嬢が死んだ事に責任を感じる必要はないよ」
「わかってるよ……」
 彼女に関しては、あくまで私は被害者ですから。気に病む事もないし、可哀想だとも思いません。自分の罪から発生した悪意にさらされた結果です。これも自業自得っていうのかしら。
「話していたのはそれだけ?」
「……あとはグレアムの親の話とか、何故かうちの両親の話とか」
 さすがに公爵閣下のアレな話は伏せました。グレアムに変に興味を持たれても困るし。まあ、彼に絵を描く才能があるかどうかは知りませんけど。
「そんな話してどうするんだ?」
「え? いやあ、二人が聞きたがったからさ」
 聞いてどうするってものでもないでしょうね。単純に好奇心なんじゃないかしら。とりあえず公爵閣下の話をしていた事に気づかれなかったようなので、私としてはほっと一息つけました。
「とにかく、何事もなくて良かった。もう少しで浴場に踏み込むところだったよ」
 何!? いくらなんでもそれはダメでしょう。私一人じゃなかったんだし。いや、一人でも御免被りますけど。
「ちょっと、心配してくれるのは嬉しいけど、そこまでは──」
「中で倒れていたらどうするんだ」
 う……。確かに故郷でもお風呂場で倒れてそのまま、なんて人もいましたね。でも、あれは高齢の人だったと思うんだけど。私はグレアムより二歳だけですが若いのに。それに。
「今回は一人じゃなかったんだし、大丈夫よ」
「じゃあ一人で入ってる時は踏み込むからな」
「いや待て待て待て。一人の時はそんなに長く入っていたりしないわよ」
 その前に大浴場に行くから、一人で入る状況はそうはないですよ。「大」浴場というくらいですから、神殿関係者が使う浴場でいつ行っても誰かしらはいますよ。
「一人じゃなければいいんでしょう? 大浴場は一人になる事なんてほぼないから」
「でもなる時もあるんだろう? やっぱり心配だ」
「そんな事言っていたらお風呂に入れないじゃない……」
「だから一緒に──」
「そういう魂胆か!!」
 心配してくれてると思っていたら、結局それか! ぎっと睨み付けたらそっぽ向いて舌打ちしてますよ! まったく。

 結局その後も虚しい攻防戦は続きましたが、なんとか死守しました。一番効いたのは、あの後巨乳ちゃんかちびっ子のどちらかと一緒にお風呂に行くようにした事でしょうか。女子同士の結束力は高まるしグレアムは撃退できるしで一石二鳥ですよ。
 まあ、不機嫌なグレアムというおまけがついてきましたけどね。


※うっかり長くなりすぎました。そして色々とやり過ぎた……
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