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個人的文庫三巻記念番外編 敵と味方のそれぞれ
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神よ、私達は何を間違えたというのでしょうか。
薄暗い石作りの冷たい牢の中で膝を突き祈るのは、つい先日まで教会組織の中でも精鋭と呼ばれていた、教会騎士団の団員だった男だ。
彼は仲間と共謀し、王都にあるイゾルデ館を襲撃した。この館は遠く帝国からスイーオネースに嫁いできた王太子妃、アンネゲルトの王都における居館である。
この行動は、神の御心に沿うものだったはずだ。だからこそ、我々は行動を起こした。なのに……
結果、彼等は仲間の幾人かを亡くし、生き残った者達もこうして捕縛されている。
罪状は、王族に対する暗殺未遂。裁判なしで極刑が下る大罪だ。つまり、今牢で祈っている彼にも、遠からず死が訪れる。
この牢の別の房にも、仲間が捕らえられているはずだ。関与した騎士団員の数が多かった為、いくつかの牢獄に分けて収容していると耳に入った。集まってまた何かを企むのを、阻止する為だとも。
出来るなら、そうしたい。魔導など、神の教えに反するもののはずだ。なのに、教会側は自分達を切り捨てた。教会が指示した行動ではない、と。
あれほど、神の教えに沿って生きるよう、説いていたのに。
――だが、奴らは結局「王家」に尻尾を振った。
大体、今回の作戦を立てたのは、一体誰だったのか。団長なのか、それとも……
疑惑は尽きないが、今となっては全てが無駄だ。悔しいが、自分達は負けたのだ。それも、多大な犠牲を伴って。それが何よりも悔しい。
自分達は、このまま死を待つばかりだ。一体、どこでどう間違えたのだろう。
神よ、今一度我等を導き給え。
◆◆◆◆
イゾルデ館襲撃から一夜明けた翌朝。館の主であるアンネゲルトは既に船に戻っている。
今館に残っているのは、工兵とイゾルデ館改修を任された帝国の技術将校キルヒホフ達だ。
「何てことだ……」
散々な姿にされた美姫の館を見て、キルヒホフの口から溜息が漏れた。元から優美な館ではあったが、アンネゲルトの為に安全面を強化した、館の姿をした要塞としたはずなのに。
今回の敗因は、一重に敵が持ち込んだ道具にある。魔力を乱し、魔導の全てを無効化に持ち込む、恐るべき装置。
見た目は両手で抱える程の水晶玉にしか見えないが、そこには見た事もない術式が封じられている。
その中身を調べるのは、自分達の仕事ではない。船には、帝国からついてきた魔導の大家、リリエンタール男爵の娘がいる。彼女に任せておけば間違いはない。
本人の性格には多々問題があるけれど、その才能には文句の付けようがない。キルヒホフも帝国軍の技術将校として魔導をかじってはいるが、彼女には遠く及ばない。
何より、自分達の仕事は目の前の痛めつけられた美姫を「治す」事だ。
イゾルデ館は、元々アンネゲルトが王都に滞在する際の館として用意された。つまり、社交シーズンの為の館なのだ。
シーズン開幕まで、後少し。それまでに修繕を終えなくてはならない。
技術的には、問題はない。確かに工兵達に大分無理をさせるが、自分も彼等も無茶にはある意味慣れている。その辺りは、軍でしっかりと鍛えられた。
問題は、資材が足りなくなる可能性があるというところだ。
イゾルデ館の改修用資材は、大改修の真っ最中であるカールシュテイン島のヒュランダル離宮と共有している。
もっとはっきり言えば、離宮改修の為に用意された資材を、横流ししてもらっているようなものだ。
石材の加工やコンクリートなどは、島でまとめて生産してこちらに運んでいる。
そして、離宮の改修にはこれからも多くの資材を必要としている。そんな現場から、必要とはいえ資材をかすめ取る事が出来るだろうか。
キルヒホフは、離宮改修の総責任者である女性建築士イェシカの顔を思い浮かべた。
こと建築に関しては一切の妥協を許さない彼女。そのイェシカが、こちらの都合で建築資材を持っていくのを黙って見ているだろうか。
「ないな」
「キルヒホフ様、何か?」
「いや、何でもない」
思わず呟いた言葉を、部下に聞かれたようだ。手塩にかけた美姫のあまりの傷に、頭のネジが少々飛んでいるらしい。気を引き締めねば。
何よりも、まずは資材の確保を。それには、自分が交渉に向かうより、それに特化したやつにやらせた方がいい。
どのみち、この館がシーズン中に使えないと困るのは彼女も一緒だ。未だに社交を苦手としているアンネゲルトでは、船での往復に難色を示しかねない。
王都にとどめ置く事。それが彼女を社交に出させる第一歩なのだ。
「……頑張ってもらおうか」
「独り言なら、もう少し小さい声でお願いしますよ」
「わかった」
部下からの言葉に、キルヒホフは短く返した。
薄暗い石作りの冷たい牢の中で膝を突き祈るのは、つい先日まで教会組織の中でも精鋭と呼ばれていた、教会騎士団の団員だった男だ。
彼は仲間と共謀し、王都にあるイゾルデ館を襲撃した。この館は遠く帝国からスイーオネースに嫁いできた王太子妃、アンネゲルトの王都における居館である。
この行動は、神の御心に沿うものだったはずだ。だからこそ、我々は行動を起こした。なのに……
結果、彼等は仲間の幾人かを亡くし、生き残った者達もこうして捕縛されている。
罪状は、王族に対する暗殺未遂。裁判なしで極刑が下る大罪だ。つまり、今牢で祈っている彼にも、遠からず死が訪れる。
この牢の別の房にも、仲間が捕らえられているはずだ。関与した騎士団員の数が多かった為、いくつかの牢獄に分けて収容していると耳に入った。集まってまた何かを企むのを、阻止する為だとも。
出来るなら、そうしたい。魔導など、神の教えに反するもののはずだ。なのに、教会側は自分達を切り捨てた。教会が指示した行動ではない、と。
あれほど、神の教えに沿って生きるよう、説いていたのに。
――だが、奴らは結局「王家」に尻尾を振った。
大体、今回の作戦を立てたのは、一体誰だったのか。団長なのか、それとも……
疑惑は尽きないが、今となっては全てが無駄だ。悔しいが、自分達は負けたのだ。それも、多大な犠牲を伴って。それが何よりも悔しい。
自分達は、このまま死を待つばかりだ。一体、どこでどう間違えたのだろう。
神よ、今一度我等を導き給え。
◆◆◆◆
イゾルデ館襲撃から一夜明けた翌朝。館の主であるアンネゲルトは既に船に戻っている。
今館に残っているのは、工兵とイゾルデ館改修を任された帝国の技術将校キルヒホフ達だ。
「何てことだ……」
散々な姿にされた美姫の館を見て、キルヒホフの口から溜息が漏れた。元から優美な館ではあったが、アンネゲルトの為に安全面を強化した、館の姿をした要塞としたはずなのに。
今回の敗因は、一重に敵が持ち込んだ道具にある。魔力を乱し、魔導の全てを無効化に持ち込む、恐るべき装置。
見た目は両手で抱える程の水晶玉にしか見えないが、そこには見た事もない術式が封じられている。
その中身を調べるのは、自分達の仕事ではない。船には、帝国からついてきた魔導の大家、リリエンタール男爵の娘がいる。彼女に任せておけば間違いはない。
本人の性格には多々問題があるけれど、その才能には文句の付けようがない。キルヒホフも帝国軍の技術将校として魔導をかじってはいるが、彼女には遠く及ばない。
何より、自分達の仕事は目の前の痛めつけられた美姫を「治す」事だ。
イゾルデ館は、元々アンネゲルトが王都に滞在する際の館として用意された。つまり、社交シーズンの為の館なのだ。
シーズン開幕まで、後少し。それまでに修繕を終えなくてはならない。
技術的には、問題はない。確かに工兵達に大分無理をさせるが、自分も彼等も無茶にはある意味慣れている。その辺りは、軍でしっかりと鍛えられた。
問題は、資材が足りなくなる可能性があるというところだ。
イゾルデ館の改修用資材は、大改修の真っ最中であるカールシュテイン島のヒュランダル離宮と共有している。
もっとはっきり言えば、離宮改修の為に用意された資材を、横流ししてもらっているようなものだ。
石材の加工やコンクリートなどは、島でまとめて生産してこちらに運んでいる。
そして、離宮の改修にはこれからも多くの資材を必要としている。そんな現場から、必要とはいえ資材をかすめ取る事が出来るだろうか。
キルヒホフは、離宮改修の総責任者である女性建築士イェシカの顔を思い浮かべた。
こと建築に関しては一切の妥協を許さない彼女。そのイェシカが、こちらの都合で建築資材を持っていくのを黙って見ているだろうか。
「ないな」
「キルヒホフ様、何か?」
「いや、何でもない」
思わず呟いた言葉を、部下に聞かれたようだ。手塩にかけた美姫のあまりの傷に、頭のネジが少々飛んでいるらしい。気を引き締めねば。
何よりも、まずは資材の確保を。それには、自分が交渉に向かうより、それに特化したやつにやらせた方がいい。
どのみち、この館がシーズン中に使えないと困るのは彼女も一緒だ。未だに社交を苦手としているアンネゲルトでは、船での往復に難色を示しかねない。
王都にとどめ置く事。それが彼女を社交に出させる第一歩なのだ。
「……頑張ってもらおうか」
「独り言なら、もう少し小さい声でお願いしますよ」
「わかった」
部下からの言葉に、キルヒホフは短く返した。
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