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真夜中の出来事

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 寝苦しい夜だった。
 薄い壁の文化住宅の夏は暑い。だから夏だけクーラーのあるパパの部屋に寝床を移す。この時ばかりはいびきも我慢する。私はいつものようにパパと布団を並べた。
 私はふと思った。そうか──。居候女が帰ってこないのは塩のせいかもしれないと。
 思い立った私は、自分の部屋のベランダ窓をほんの少しだけ開けておいた。
 案の定、パパは布団に入るなり鼾をかき始めた。煩いなと思いつつ、いつの間にか眠りに落ちていた。
 
 真夜中を過ぎたころ、寝ていた私は無性に寒さを感じた。
 クーラー効きすぎだよと夢うつつの中でそんなことを考えた。おでこがひんやりと冷たく、どうにもこうにも我慢できない。
 私ははっと目を覚ました。

 わっ!

 驚いた。居候女が私の額を撫でているではないか。ゆっくり首を傾け、遠い目をしながら私の瞳を覗き込む。口許がほんの少し開いていた。何かを言いたくて、言えない。そんなふうに見えた。

「もしかして、子供、いたの?」と、私は思わず訊いた。

 女は瞬きする。
「その子もしかして──」
 死んじゃった? 直接的な言葉はやはり言えない。女も黙っている。
「家はこの近くなの?」
 女は首をかしげる。
「お墓、近いの?」
 女は立ち上がる。
「ついてこいって?」
 女は足音もなくスッと襖の奥に消えた。
「待って」
 私は起き上がって自分の部屋へ行く。女はすでにベランダ窓から外に出た後だった。
 私は夢中になって女の背中を追いかける。何処をどう行ったか、気づいた時にはうらぶれた墓場に来ていた。青黒く茂る木立の間から満月が見える。淡い銀鼠色の月光を浴びて浮かびあがり墓石のそのどれもが古く、苔むしていた。中には小さな石を積み上げただけの墓もあった。ここは忘れられた地。そんな気がした。
 ご神木の下に大きな石碑が建っていた。
 月がもたらす濃淡の中に、女は悲し気に空《くう》を見上げていた。

 それ……

 あなたのお墓 な の?

 み… な…

 み な……

 美奈

 美奈どうした?

 パパの声がする。

 わっと我に返った。

 パパが両肩を掴み、呼びかけていた。
 私は自分の部屋でわんわんきながら歩き回っていたのだ。
「美奈ちゃん」
 そう言ってパパは私をぎゅと抱きしめた。
「きっと夜恐症だ。けど、目を覚ましたんだからもう大丈夫」
「私、お墓の前にいたの。そこはとても古くて、とても寂しい所で…」
 ママが出ていってから続いた夜恐症という名の強い寝ぼけ。ここ何年も治まっていたのに。

「汗をかいているから、このままだと風邪をひく。まずは着替えて、それから話は明日の朝にしような」

 あの頃の私は翌朝になると何も覚えていなかった。だが、もう中学生だ。だから朝になっても忘れないーー。










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