上 下
23 / 44
リオン城

闇祓いの女(1)

しおりを挟む
 
 リリスは侍女に囲まれるようにして歩いていた。黒いドレスのボタンはきっちり顎下まで留められていて、手には黒いレースの手袋をはめている。高貴な王族の前で失礼のないよう極力肌の露出をさけていた。頭からチュールベールをすっぽりかぶり、しずしずと歩く姿は、まるで黄泉の花嫁のごとくうるわしい。一方、リリスの前を歩く王妃は、金糸と宝石がふんだんにちりばめられた朱のドレスを纏い、ウエストをこれでもかとおもうくらい細く締め上げていた。青白い肌に赤みをおびた金髪が美しく、腰まである長い髪を頭のてっぺんで高く結いあげている。輝く王冠の下にある額はいくぶん狭く、翡翠ひすい色の瞳、小筆で描いたような薄い唇は、冷たい印象を与えた。
 つい今しがた、王妃はタイガの腹心サー・ブルーと立ち話をしていた。この時初めてリリスは自分がリオン城にいることを知った。タイガの無事に安堵し、また、このリオン城のどこかに皇子がいるのだと心をときめかせた。そして、今すぐにでもタイガに逢いたと願うのだった。
 いたずらな風がベールを揺らさないかしらーー。
 サー・ブルーに気づいてほしいと思ったが。だが、すぐに考えを改めるのだった。怪しげなまじないを唱える女が、皇子に想いを寄せているなどと知れたら、タイガ様に迷惑がかかる。皇子が書き記した禁婚礼を持っているとはいえ、どれほどの効力があるのか計り知れなかった。それにペルセポネからは呪いを受けた王様を回復させ、ドラゴンの居場所を突き止めるよう命じられていた。
『これは、そなたの能力を試す良き機会じゃ。ホビショーに恩を感じているなら、よりいっそう心して当たるのだ』
 死の女神は十七年もの間、黄泉の森に閉じ込めておきながら、このような命令を下すとは。女神の気まぐれか、それとも何か別の理由があるのか。“神々のすることは時に我々の理解を超える”とホビショーがこぼすのをなんどか聞いていた。ともかく今はひたすらうつむき、リリスである自分の存在を消した。


 王妃に案内され、厳重に護られた王様の寝所に入る。二重扉の先にある控えの間に通された。重苦しい空気に支配された室内は、壁にタペストリーが掛けられ、窓に分厚いカーテンが引かれていた。急ごしらえの幕屋が取ってつけたように置かれている。深紅のビロードの幕戸を上げると、ここで闇払いをしろというのだろう、幕内の中央に大理石の祭壇が置かれ、儀式用の銀の燭台に金のゴブレットと銅の水盆が乗せられていた。

「よいか女。王様を見ても、触れてもならぬ」ここより祈りのみを捧げるのだ」王妃はそう命じた。
 リリスは小さく返事をする。明らかに無理難題を申し付けられた。王様のご様子を診ずに、どのような呪詛を受けたのか見定めよというのだ。
「回復した後は、そなたに褒美を与える。ただし、皇太子がそなたを推挙したのだ。メンツを潰すでないぞ。ーー王様に万が一のことがあった場合は、ーーそなたに罪があるゆえ、心して務められよ」
 どうやら王妃は皇太子と冥府の女神ペルセポネの密約を知らないようだ。自分が死ぬようなことがあったら、ペルセポネが黙ってはいない。死を司る女神は、死魔に命じて国が滅ぶほどの災いを起こすだろう……。リリスは赤子である自分が見つけ出されたメリザンドの都を偲び、そしてタイガを想った。
 豊かなカナトスの国が滅亡してしまう。そんな事態だけは、避けなくてはならないと考えるのだった。
「王妃様に、申し上げたきことがございますーー」リリスは物怖じせず、たおやかに言った。
「いかがした?」
「寝所に闇の邪気を感じます。死の精霊の持つ闇の力で王様を呪ったと思われます。闇祓いには、陽のある日中よりも、夜の方がよいと考えます。ゆえに、祈りの儀式は夜に執り行いたいと存じますーー」
「たわけたことを申すでない!」王妃の傍に使える年老いた侍女が、リリスの被るベールに向かって声を荒らげた。「カナトス屈指の呪術師が、闇祓いは力の弱まる昼間に限ると申したのだぞ。これでは真逆ではないか」

 好戦的な侍女にリリスは一礼する。心を落ち着かせ自分の考えを述べた。

「いかにも、死の精霊は夜の方が活発になります。お城の呪術師は死の精霊を抑え込むだけの力はありませんでした。ですから力の弱まった昼と申したのです。ですが、王様を呪う不敬の呪術師は、死の精霊を呼び出す儀式を真夜中に行います。王様にお会いし、呪詛の反対呪文を施せばよいのですが、それも叶わないのなら、召喚される死の精霊を呼び寄せ、行方を追い、儀式の場所を突き止めるのが最善かと存じます」
「わかったわかった、好きなようにするがよい」小難しい話に面倒な顔をした王妃は、半ば投げ出したように勝手にせよとぷらぷらと手を振った。
「それと……」
「まだあるのか?」ピリついた王妃は語気を強めた。
「若い娘を一人いただきたいと存じます」
 リリスは王妃に向かって、意味ありげに微笑んで見せた。
 王妃は意図を察したようだ。死の精霊を呼び出すには生娘の血が必要だ。生贄がいることを王妃は知っているからこその反応だった。
「適当な娘をこの女に」王妃は年配の侍女に向けて言葉を発した。
「かしこまりましたーー」
 年配の侍女は年若い侍女を使いに出した。
 




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。 他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...