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リオン城
闇祓いの女(1)
しおりを挟むリリスは侍女に囲まれるようにして歩いていた。黒いドレスのボタンはきっちり顎下まで留められていて、手には黒いレースの手袋をはめている。高貴な王族の前で失礼のないよう極力肌の露出をさけていた。頭からチュールベールをすっぽりかぶり、しずしずと歩く姿は、まるで黄泉の花嫁のごとくうるわしい。一方、リリスの前を歩く王妃は、金糸と宝石がふんだんにちりばめられた朱のドレスを纏い、ウエストをこれでもかとおもうくらい細く締め上げていた。青白い肌に赤みをおびた金髪が美しく、腰まである長い髪を頭のてっぺんで高く結いあげている。輝く王冠の下にある額はいくぶん狭く、翡翠色の瞳、小筆で描いたような薄い唇は、冷たい印象を与えた。
つい今しがた、王妃はタイガの腹心サー・ブルーと立ち話をしていた。この時初めてリリスは自分がリオン城にいることを知った。タイガの無事に安堵し、また、このリオン城のどこかに皇子がいるのだと心をときめかせた。そして、今すぐにでもタイガに逢いたと願うのだった。
いたずらな風がベールを揺らさないかしらーー。
サー・ブルーに気づいてほしいと思ったが。だが、すぐに考えを改めるのだった。怪しげな呪いを唱える女が、皇子に想いを寄せているなどと知れたら、タイガ様に迷惑がかかる。皇子が書き記した禁婚礼を持っているとはいえ、どれほどの効力があるのか計り知れなかった。それにペルセポネからは呪いを受けた王様を回復させ、ドラゴンの居場所を突き止めるよう命じられていた。
『これは、そなたの能力を試す良き機会じゃ。ホビショーに恩を感じているなら、よりいっそう心して当たるのだ』
死の女神は十七年もの間、黄泉の森に閉じ込めておきながら、このような命令を下すとは。女神の気まぐれか、それとも何か別の理由があるのか。“神々のすることは時に我々の理解を超える”とホビショーがこぼすのをなんどか聞いていた。ともかく今はひたすらうつむき、リリスである自分の存在を消した。
王妃に案内され、厳重に護られた王様の寝所に入る。二重扉の先にある控えの間に通された。重苦しい空気に支配された室内は、壁にタペストリーが掛けられ、窓に分厚いカーテンが引かれていた。急ごしらえの幕屋が取ってつけたように置かれている。深紅のビロードの幕戸を上げると、ここで闇払いをしろというのだろう、幕内の中央に大理石の祭壇が置かれ、儀式用の銀の燭台に金のゴブレットと銅の水盆が乗せられていた。
「よいか女。王様を見ても、触れてもならぬ」ここより祈りのみを捧げるのだ」王妃はそう命じた。
リリスは小さく返事をする。明らかに無理難題を申し付けられた。王様のご様子を診ずに、どのような呪詛を受けたのか見定めよというのだ。
「回復した後は、そなたに褒美を与える。ただし、皇太子がそなたを推挙したのだ。メンツを潰すでないぞ。ーー王様に万が一のことがあった場合は、ーーそなたに罪があるゆえ、心して務められよ」
どうやら王妃は皇太子と冥府の女神ペルセポネの密約を知らないようだ。自分が死ぬようなことがあったら、ペルセポネが黙ってはいない。死を司る女神は、死魔に命じて国が滅ぶほどの災いを起こすだろう……。リリスは赤子である自分が見つけ出されたメリザンドの都を偲び、そしてタイガを想った。
豊かなカナトスの国が滅亡してしまう。そんな事態だけは、避けなくてはならないと考えるのだった。
「王妃様に、申し上げたきことがございますーー」リリスは物怖じせず、たおやかに言った。
「いかがした?」
「寝所に闇の邪気を感じます。死の精霊の持つ闇の力で王様を呪ったと思われます。闇祓いには、陽のある日中よりも、夜の方がよいと考えます。ゆえに、祈りの儀式は夜に執り行いたいと存じますーー」
「たわけたことを申すでない!」王妃の傍に使える年老いた侍女が、リリスの被るベールに向かって声を荒らげた。「カナトス屈指の呪術師が、闇祓いは力の弱まる昼間に限ると申したのだぞ。これでは真逆ではないか」
好戦的な侍女にリリスは一礼する。心を落ち着かせ自分の考えを述べた。
「いかにも、死の精霊は夜の方が活発になります。お城の呪術師は死の精霊を抑え込むだけの力はありませんでした。ですから力の弱まった昼と申したのです。ですが、王様を呪う不敬の呪術師は、死の精霊を呼び出す儀式を真夜中に行います。王様にお会いし、呪詛の反対呪文を施せばよいのですが、それも叶わないのなら、召喚される死の精霊を呼び寄せ、行方を追い、儀式の場所を突き止めるのが最善かと存じます」
「わかったわかった、好きなようにするがよい」小難しい話に面倒な顔をした王妃は、半ば投げ出したように勝手にせよとぷらぷらと手を振った。
「それと……」
「まだあるのか?」ピリついた王妃は語気を強めた。
「若い娘を一人いただきたいと存じます」
リリスは王妃に向かって、意味ありげに微笑んで見せた。
王妃は意図を察したようだ。死の精霊を呼び出すには生娘の血が必要だ。生贄がいることを王妃は知っているからこその反応だった。
「適当な娘をこの女に」王妃は年配の侍女に向けて言葉を発した。
「かしこまりましたーー」
年配の侍女は年若い侍女を使いに出した。
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