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水車小屋のリリス
リリスの誕生日(1)
しおりを挟むここ数日、リリスの心は揺れていた。タイガと別れてからというのも、熱にうかされたようにぼんやりとしていた。あの日、黄泉の森がいつになくざわついていた。そのせいで養父のホビショーが帰ってこられなくなったのだ。リリスはいいようもない胸騒ぎに襲われて結界まで様子を視にいった。すると、馬にもたれかかる手負いの男が迷い込んできた。それも、顔立ちの綺麗な皇子だった。黄泉の森に迷い込む者は死期が近いから助けてはならないと、養父のホビショーからきつく言われていた。それなのにリリスは昏睡状態の皇子を呪によって助けてしまった。
「リリス、なぜよりによってタイガなんか助けたのさ」
治療に使う薬草を摘みにいったリリスは。クロノムにしつこくつきまとわれていた。
「自分でも、なぜ、そうしてしまったのか判らない。ただ、私の目の前で皇子様が命を落としてしまうのを見ていられなかったの」
「いいか、あいつはずるがしこくって抜け目のない奴だ、ともするとリリスを自分のものにしたがるかもしれないのだぞ」
クロノムの心配はしごくもっともで、これは育ての親ホビショーが最も恐れていたことだった。美しいリリスに、男だったら誰しも求婚したがると養父は常日頃から心配していた。回復した皇子は目を覚ますなり、リリスを妻に娶りたいと言った。親の心配が現実のものとなってしまったのだ。だが、皇子様は皆が心配するようなろくでもない男などではなく、凛々しく気品ある青年だった。皇子の真剣な眼差しに惹かれたリリスは、戸惑いと同時に、いけないと判っていて再び逢うと約束してしまった。頭では父親の言い付けを守らなければならないと理解している。けれど、心ではどうしようもなくタイガを望んでいる。そして、皇子と自分の未来にときめいた。これが恋というものかしら?と、リリスは思った。
「ねぇ、クロノム。カナトスのお城に行ったことがあって?」
「ないけど、どうして…… あっ!あいつ、もしや、リリスにいけないことを?」
「タイガ様は何もしていないわ。傷の治療のための薬を届けにいくだけよ。それに、皇子様は堂々としていらして、とても素敵な方だと思います」
「なんてこった。世間知らずなリリスは、すっかりあいつに騙されている!」
「クロノム、それはどういうことかしら? なぜそこまで皇子様のことを悪く言うの?」
「俺の背中の傷。これは誰のせいで負ったと思う。あいつは自分を狙う刺客をはめるために、俺たちを利用したのさ」
「クロノム? 俺たちって‥‥‥それはどういうこと? 」
「あいつはただの旅人だったはず。なのに、ここではあいつが皇子で……そうかあいつが本物だったのか」
銀色の狐は悔しそうに牙をむきだしにした。
「もしや、そなたは何かとんでもないことをしでかしたのですか?」
リリスはこの使い魔の性根の悪さを知っていたので問い詰めるように言った。はっとしたクロノムは、口を滑らせたとばかりに両手で口をふさいだ。
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