《本編 完結 続編開始》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか

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第9章 オレはケレメイン大公国の大公妃殿下です。

673.ケレメイン家の家人が、クロードの伴侶について、少数のオレ派とサーバル王国のシガラキノ王女殿下派と中立派に分かれた理由が分かりました。

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日本に生まれて日本で育ち、日本で一般的な社会人になって29年間生きてきたオレは。

女神様の世界に来るにあたり、特殊な能力に目覚めたりはしなかった。

世界を変えるような特殊能力を一切持ち合わせていないのに、これという特技もなかった。

日本でサラリーマンは、問題なくできていた。

なのに。

女神様の世界で仕事をしたくても。

何ができる?

何を任せたらいい?

と職探し中に尋ねられたなら。

翌日以降も体力を温存できる仕事をお願いします、としかオレは答えられなかった。

オレは、オレ自身が納得のいくだけ稼げる仕事ができないという無力さに打ちひしがれそうになった。

日銭を稼いで生きていかなくてはいけないオレには、打ちひしがれている時間なんて、なかった。

女神様の世界で生きていくには、一にも二にも、毎日健康でいるための体力が必要で。

体力を使い切らないためには、己の限界を知って、毎日無茶をしないことが必須。

気力がないなりになんとなくやり過ごす、なんて通用しない。

体力を温存するために、気力は常に奮い立たせておく必要があった。

何もわからない、誰も知り合いがいない場所で気を抜いたら?

生きては帰れない。

そう思った。

社会保障があったとしても、オレに適用されるのかが分からなかった。

知り合いもいない世界に来たオレが、日本に帰るまで生き延びようとして決心したことは。

用心深くあること。

敵意を向けられないように対処すること。

存在を軽んじられないようにすること。

日本にいても、生きていくのに体力は必要だった。

でも、女神様の世界で生きることと日本でいたときとを比べたら。

一人っきりだったという心細さのせいもあるけれど。

毎日の生活のハードさが日本にいたときの比ではなかった。

日本で社会人をしていたオレは、生まれてから積み上げてきたものがうまいことかみあって、特に困ったことはなかった。

家族仲も良好で。

何の才能がなくても、勤勉さと人の中でもまれる勇気があれば、日本では問題なく生きてこられた。

女神様の世界に来たときに、オレに秀でた才能や特技、特殊能力があれば、さ。

女神様の世界の住人から尊敬されることはあっても、簡単にひねり潰せる存在としてマウンテン王国の当時の国王陛下から命を狙われることにはならなかったんじゃないかなー。

残念ながら、オレは何の特殊能力も持たずに女神様の世界に来た。

振り返ってみれば、オレに特殊能力も才能も特技もなかったことは、オレにとって悪い方へ転がらなかった。

女神様の世界に来たオレは、特殊能力も才能も特技もなかったけれど、自分の居場所を一から作ることができている。

日本で生まれ育ち、学生から社会人になり、家族、友達、近所の人、後輩、同期、上司とやってきた経験から身につけてきたものがオレを助けたんだと思う。

早々にオレを受け入れてくれたヤグルマさんは、クロードが連れてきたから、と無条件にオレを受け入れたんじゃないことも分かった。

オレが特殊能力や才能や特技を持っていたとしても。

それらを頼りにした生き方しかできないとなれば。

ヤグルマさんは、オレを認めなかったと思う。

クロードがオレを連れてきた当時。

クロードは、ケレメイン公爵として、公爵の伴侶にするべくオレを屋敷に迎え入れている。

クロードが何と言おうと。

オレに、ケレメイン公爵の伴侶たる資質がなかったら。

ヤグルマさんは、オレをクロードの伴侶扱いしなかったんじゃないかな。

ヤグルマさんは、クロードの側で、クロードが不在がちなケレメイン公爵家の王都邸の差配をしていた。

クロードに敵対心を持ち、クロードに友人ヅラしながら、クロードを追い詰める国王陛下を筆頭に、友達という免罪符で、ケレメイン公爵家の王都邸に出入りする敵がケレメイン家を壊すことがないように、と。

ヤグルマさんは、注意深く差配していた。

そんな中に、ケレメイン公爵クロードの伴侶として投入されたオレ。

ケレメイン公爵家の伴侶がオレに務まるとヤグルマさんが認めたから、オレは、ケレメイン公爵の伴侶として、ケレメイン公爵家の家人の中に味方を作ることができたんだと思う。

ヤグルマさんは、温和なだけでなく、緻密な計算にも長けている。

ヤグルマさんの比重は、ケレメイン家の血に重きをおいたケレメイン家の存続よりも、クロードのケレメイン家を守ることに置かれていた。

ヤグルマさんがオレを伴侶として認めたのは。

クロードがオレを欲したことと。

オレがクロードだけに向いていたこと。

この二点に加えて。

オレに公爵家の伴侶たる資質があり、教育を施せば、クロードと並ぶのに支障がなく、クロードの助けになると判断したからだと思う。

ヤグルマさんにとってのケレメイン家は、クロードあってのケレメイン家だった。

ケレメイン家の家人が、クロードに苦しむ選択を迫り、クロードが苦しみながら血を繋いだものを次代のケレメイン公爵として盛り立てるということを、ヤグルマさんは良しとしなかった。

主人の誤った伴侶選びに口出しすることを主人への忠誠の大きさとするか、は、シガラキノ王女殿下を伴侶に迎えたい勢力の大義名分にもなっていた。

けれど。

ヤグルマさんと秘書達、文官達、職人達の会話から察するに、クロードの伴侶選びの問題の本質は、そこじゃない。

ヤグルマさんだけではなく。

ケレメイン公爵家の家人の中でも、クロードの両親とクロードの苦労を近くで見てきた人達は、クロードに無理やりケレメイン公爵家の血を繋ぐことを求めなかった。

ケレメイン公爵家の家人は。

オレを絶対に認めるものか、という多数派と。

クロードがクロードの求める伴侶を得ることに反対しない少数派。

どちらにも与しない中立派。

この三つに分かれていた。

なぜ、家人は、三つに分かれたのだろうか?

その答えは、一つだけ。

クロードのご両親である先代ケレメイン公爵夫妻とケレメイン公爵だったクロードと、どれだけ距離が密であったかどうか。

クロードのご両親やクロードに近い場所で、その苦労を見聞きしたり、クロードのご両親やクロードが苦労している仕事に携わり、ともに苦労してきた家人は、ケレメイン公爵家の中においては、少数派になる。

クロードのご両親やクロードに直接仕える人達は、ケレメイン公爵家の家人の中でも、エリート中のエリートだ。

柴犬人をはじめとする、サーバル王国のシガラキノ王女殿下をクロードの伴侶にして、ケレメイン公爵家の血を次代へ繋ごうとしていた、ケレメイン公爵領にいる家人とは、見てきたものが違っていた。

ケレメイン公爵領にいる家人に対して、サーバル王国は行儀よく親切であり、マウンテン王国の王家が直接何かをしてくることはなかった。

サーバル王国やマウンテン王家との全ての解決が必要な問題は、クロードのご両親である先代公爵ご夫妻とケレメイン公爵クロードと、ケレメイン公爵家の王都邸の家人が一手に担ってきたから。

サーバル王国が持ちかけた取引やマウンテン王家が押し付けた不条理は、ケレメイン公爵領の家人に届く前に処理されてきた。

ケレメイン公爵領の家人のうち、サーバル王国寄りになった家人は、サーバル王国が見せるいい顔しか知らなかった。

ケレメイン公爵領の家人が、サーバル王国からシガラキノ王女殿下をクロードの伴侶に迎えることに迷いを持たなかった理由は、ケレメイン公爵領の苦境を助けてくれたから、だけじゃなかった。

オレと仕事していた文官達と職人達は、サーバル王国から出されていた甘い汁を吸わずに、サーバル王国がケレメイン公爵領でどのような振る舞いをしたかを見てきた。

ヤグルマさんと、秘書と、文官と職人との間で交わされていた会話は。

苦労をともにして、ケレメイン家の正統な血統であるクロードが生きるケレメイン家を守りきることができた、という誇りと喜びをオレに伝えるものだった。

オレは、この人達に、クロードと共に生きてクロードを守る伴侶になると認められたんだな。

特殊能力でも才能でも特技でもなく、オレの生き方を認めて、この人達はオレの味方になっている。

オレは、女神様の世界で、クロードと二人っきりだと思って生きてきたけど。

家族みたいに、オレとクロードと一緒にやっていこうとする人達に恵まれていたんだなー。
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