611 / 667
第9章 オレはケレメイン大公国の大公妃殿下です。
611.子どもだったカズラくんの見えていた世界は、カズラくんが思うより狭かったのです。カズラくんを追い詰めた人の狙いは三人いましたが?
しおりを挟む
「女神様の世界で生きるというカズラくんの思いの強さが、よく分かった。」
オレが当たり前に感じていた平穏は、カズラくんの二十年の人生にはなかった。
カズラくんは、浮気や不倫という概念がない世界で生きたかったのかな。
「生まれてきた場所では思うように生きていくことができないと知ったからね。」
とカズラくん。
「日本に帰ってみて。
神子様になったときの状況と比べてさ。
カズラくんが良くなったと思うことはなかったかな?」
「日本では、ぼくのいない時間が当たり前に流れていたよ。」
とカズラくん。
失言だった。
「ごめん。」
オレが謝ると。
カズラくんは、日本にいた日々を思い返すように、一瞬、遠い目になった。
「カズラくんが帰ったら、カズラくんという存在の認知があやふやになって、カズラくんがいないことを不思議に思わない世界のまま、時間が流れていたんだよな。」
オレがいなくなって、オレがいないことを疑問に思われない時間が流れていたことを目の当たりにして平常心を保てる自信がオレにはない。
「ぼくが日本に帰って気づいたことは、二つ。
ぼくがいない間、困った人はいなかった、ということ。
ぼくが抜けたことで、ぼくの周りにいた人達の歯車が噛み合っていたこと。」
とカズラくん。
カズラくんの声音に変化はない。
でも。
「カズラくん。」
なんて悲しいことを言うんだ。
「ぼくの両親は、ぼくのことを二人の愛の結晶だと言っていた。
ぼくは、両親に望まれて生まれてきたんだよ。」
とカズラくん。
カズラくんの変わらない声音は、まだヒビが入っていないだけなんだと思う。
「カズラくんが日本から持ち込んだ花々は、カズラくんの思い出に結びついているだよな。
思い出の花々の数は、たくさんカズラくんがご両親とお出かけした数なんだよな。」
カズラくんの思い出の花々は、四季折々の花だった。
カズラくんは、季節の花を家族で愛でるような暮らしをしていたんだと思う。
「子どものぼくは、両親のさす傘にすっぽり入っていて、両親のさす傘の隙間から、周りを見ていたんだよ。
ぼくの見ていた世界は、安全を保証された半分以下の世界だった。」
とカズラくん。
大人のさすコウモリ傘に、抱っこされて入っていたら。
子どもが見える景色は、足元だけかな。
「大人になってみないと、分からないこともあるからなー。
大人になってからも、オレには分からないことだらけだぞ。」
異世界転移とか。
魔法だとか、女神様がいる世界とか。
複雑な家族関係とか。
男同士の性行為で気持ちよくなるには、どうしたらいいか、とか。
「大人になったぼくは、両親の傘から出て、自分で自分の傘をさそうとした。
ぼくは、ぼくらしく生きていこうとした。
大人になったぼくには、ぼくの思い通りの人生を切り開くことができる。
子どものぼくは、そう信じて疑わなかった。
だから。
ぼくに与えられた環境から吸収できることを全て使って、ぼくは独り立ちしたんだよ。」
とカズラくん。
オレは、カズラくんの目に張っている膜に気づいた。
「頑張ったな、カズラくん。
オレは、独り立ちしようとする気持ちがえらいと思うぞ。」
頑張って働かなくていいよと親から言われたら、頑張らないまま生きる人もいると思う。
「ぼくは、ぼくのためになると思って、独り立ちを決意して、実行に移したわけだけど。」
とカズラくん。
「うん。」
オレは、余計な言葉を吐き出さないように、口数を最小限におさえた。
「ぼくの独り立ちは、誰にも望まれていなかったんだよね。
本妻の子どもと本妻に睨まれてから、ぼくは嫌というほど思い知った。」
とカズラくん。
「本妻の子どもさんだけでなく、本妻さんとも、カズラくんは対峙したんだな。」
「本妻は、本妻の子どもとは違って、父に対しても思うところがあったよ。
本妻は、本妻の子どもに見せなかった感情をぼくには隠さなかった。
本妻は、本妻の子どもに、愛人と愛人の子どもの存在を気づかせたくなかったから。
本妻の怒りの対象は、父、母、ぼくの三人。」
とカズラくん。
「本妻さんは、何に怒っていたのかな?」
想像はつく。
でも、オレはカズラくんの話を遮らないようにした。
「父の愛人である母が、何もせずに、ただただ養われているだけの存在なことは、会社経営者の父を支えている本妻にとって許しがたいことだった。
その母の子どもであるぼくがのびのび暮らした結果。
本妻の子どもよりも早くに社会的な成功をおさめて、順風満帆な人生を送ろうとしていると知った本妻は、本妻と本妻の子どもという犠牲の上にぼくの成功が成り立っていることを分からせたいと考えた。
父に対しては、父が愛人親子に金を出すだけで、何の責任も背負わせようとしないことを恨んでいた。」
とカズラくん。
「カズラくんの会社を寄越せと騒いだのは本妻の子どもさんだけど、カズラくんを追い込んだのは、本妻さんかな?」
「本妻は、ぼくを追い込めれば、ぼくとぼくの母と父の三人まとめて復讐できると考えたんだよ。
浅はかだよね。
追い込まれたぼくを救おうとあたふたする両親なんて、ぼくにはいなかったのに。」
とカズラくん。
カズラくんの目に張っている膜が、ブワッと広がる。
オレが当たり前に感じていた平穏は、カズラくんの二十年の人生にはなかった。
カズラくんは、浮気や不倫という概念がない世界で生きたかったのかな。
「生まれてきた場所では思うように生きていくことができないと知ったからね。」
とカズラくん。
「日本に帰ってみて。
神子様になったときの状況と比べてさ。
カズラくんが良くなったと思うことはなかったかな?」
「日本では、ぼくのいない時間が当たり前に流れていたよ。」
とカズラくん。
失言だった。
「ごめん。」
オレが謝ると。
カズラくんは、日本にいた日々を思い返すように、一瞬、遠い目になった。
「カズラくんが帰ったら、カズラくんという存在の認知があやふやになって、カズラくんがいないことを不思議に思わない世界のまま、時間が流れていたんだよな。」
オレがいなくなって、オレがいないことを疑問に思われない時間が流れていたことを目の当たりにして平常心を保てる自信がオレにはない。
「ぼくが日本に帰って気づいたことは、二つ。
ぼくがいない間、困った人はいなかった、ということ。
ぼくが抜けたことで、ぼくの周りにいた人達の歯車が噛み合っていたこと。」
とカズラくん。
カズラくんの声音に変化はない。
でも。
「カズラくん。」
なんて悲しいことを言うんだ。
「ぼくの両親は、ぼくのことを二人の愛の結晶だと言っていた。
ぼくは、両親に望まれて生まれてきたんだよ。」
とカズラくん。
カズラくんの変わらない声音は、まだヒビが入っていないだけなんだと思う。
「カズラくんが日本から持ち込んだ花々は、カズラくんの思い出に結びついているだよな。
思い出の花々の数は、たくさんカズラくんがご両親とお出かけした数なんだよな。」
カズラくんの思い出の花々は、四季折々の花だった。
カズラくんは、季節の花を家族で愛でるような暮らしをしていたんだと思う。
「子どものぼくは、両親のさす傘にすっぽり入っていて、両親のさす傘の隙間から、周りを見ていたんだよ。
ぼくの見ていた世界は、安全を保証された半分以下の世界だった。」
とカズラくん。
大人のさすコウモリ傘に、抱っこされて入っていたら。
子どもが見える景色は、足元だけかな。
「大人になってみないと、分からないこともあるからなー。
大人になってからも、オレには分からないことだらけだぞ。」
異世界転移とか。
魔法だとか、女神様がいる世界とか。
複雑な家族関係とか。
男同士の性行為で気持ちよくなるには、どうしたらいいか、とか。
「大人になったぼくは、両親の傘から出て、自分で自分の傘をさそうとした。
ぼくは、ぼくらしく生きていこうとした。
大人になったぼくには、ぼくの思い通りの人生を切り開くことができる。
子どものぼくは、そう信じて疑わなかった。
だから。
ぼくに与えられた環境から吸収できることを全て使って、ぼくは独り立ちしたんだよ。」
とカズラくん。
オレは、カズラくんの目に張っている膜に気づいた。
「頑張ったな、カズラくん。
オレは、独り立ちしようとする気持ちがえらいと思うぞ。」
頑張って働かなくていいよと親から言われたら、頑張らないまま生きる人もいると思う。
「ぼくは、ぼくのためになると思って、独り立ちを決意して、実行に移したわけだけど。」
とカズラくん。
「うん。」
オレは、余計な言葉を吐き出さないように、口数を最小限におさえた。
「ぼくの独り立ちは、誰にも望まれていなかったんだよね。
本妻の子どもと本妻に睨まれてから、ぼくは嫌というほど思い知った。」
とカズラくん。
「本妻の子どもさんだけでなく、本妻さんとも、カズラくんは対峙したんだな。」
「本妻は、本妻の子どもとは違って、父に対しても思うところがあったよ。
本妻は、本妻の子どもに見せなかった感情をぼくには隠さなかった。
本妻は、本妻の子どもに、愛人と愛人の子どもの存在を気づかせたくなかったから。
本妻の怒りの対象は、父、母、ぼくの三人。」
とカズラくん。
「本妻さんは、何に怒っていたのかな?」
想像はつく。
でも、オレはカズラくんの話を遮らないようにした。
「父の愛人である母が、何もせずに、ただただ養われているだけの存在なことは、会社経営者の父を支えている本妻にとって許しがたいことだった。
その母の子どもであるぼくがのびのび暮らした結果。
本妻の子どもよりも早くに社会的な成功をおさめて、順風満帆な人生を送ろうとしていると知った本妻は、本妻と本妻の子どもという犠牲の上にぼくの成功が成り立っていることを分からせたいと考えた。
父に対しては、父が愛人親子に金を出すだけで、何の責任も背負わせようとしないことを恨んでいた。」
とカズラくん。
「カズラくんの会社を寄越せと騒いだのは本妻の子どもさんだけど、カズラくんを追い込んだのは、本妻さんかな?」
「本妻は、ぼくを追い込めれば、ぼくとぼくの母と父の三人まとめて復讐できると考えたんだよ。
浅はかだよね。
追い込まれたぼくを救おうとあたふたする両親なんて、ぼくにはいなかったのに。」
とカズラくん。
カズラくんの目に張っている膜が、ブワッと広がる。
40
お気に入りに追加
1,680
あなたにおすすめの小説

どうも、卵から生まれた魔人です。
べす
BL
卵から生まれる瞬間、人間に召喚されてしまった魔人のレヴィウス。
太った小鳥にしか見えないせいで用無しと始末されそうになった所を、優しげな神官に救われるのだが…

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

君なんか求めてない。
ビーバー父さん
BL
異世界ものです。
異世界に召喚されて見知らぬ獣人の国にいた、佐野山来夏。
何かチートがありそうで無かった来夏の前に、本当の召喚者が現われた。
ユア・シノハラはまだ高校生の男の子だった。
人が救世主として召喚したユアと、精霊たちが召喚したライカの物語。

王子様から逃げられない!
白兪
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺
るい
BL
国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

【本編完結】十八禁BLゲームの中に迷い込んだら、攻略キャラのひとりに溺愛されました! ~連載版!~
海里
BL
部活帰りに気が付いたら異世界転移していたヒビキは、とあるふたりの人物を見てここが姉のハマっていた十八禁BLゲームの中だと気付く。
姉の推しであるルードに迷子として保護されたヒビキは、気付いたら彼に押し倒されて――?
溺愛攻め×快楽に弱く流されやすい受けの話になります。
ルード×ヒビキの固定CP。ヒビキの一人称で物語が進んでいきます。
同タイトルの短編を連載版へ再構築。話の流れは相当ゆっくり。
連載にあたって多少短編版とキャラの性格が違っています。が、基本的に同じです。
※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。先行はそちらです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる