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84.野村レオにとっての加地さんは、手の届かないところにある、かげらない一等星。野村レオを非難したくない加地さんは、手折れる女に様変わり。

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何も持たない加地さんは、片手に鎌を下げている野村レオの正面に立っている。

「話し合いから逃げないで。暴力は、今ある全てを壊す。レオは鎌なんて使わなくていい。

レオは人殺しが好きなわけでも、人を殺したいわけでもない。

全員が鎌を置いて、話し合いをすれば、誰も人殺しにならなくて済む。

レオも私も。」

加地さんは、野村レオの顔をまっすぐに見ていた。

「俺は、既に一人、殺している。見ていただろう?」
と野村レオは、素っ気ない。

加地さんは、野村レオがふーくんを殺したとき、野村レオを責める発言も庇う発言もしなかった。

野村レオは、何がしたいのだろう。

加地さんを背中に庇っていた野村レオには、庇われている加地さんの感情が伝わっていたのか?

加地さんを守りたいのか、突き放したいのか。

野村レオの真意は、どっちだ?

加地さんは、野村レオの言葉を聞いて、首を横に振った。

「あれは、そうしないといけないと、レオが考えた結果。レオは悪くない。」
と加地さん。

加地さんは、可愛い女の子と野村レオのやりとりを間近に見てからずっと考えていたのかもしれない。

野村レオに相手にされなかったときも。

野村レオに殺されたふーくんのことではなく、ふーくんを殺した野村レオのことを考えて。

考えた結果、加地さんは、野村レオに殺されたふーくんのことを仕方がないという表現で済ませることにしたのか。

加地さんの自信に溢れる姿は変わらないが。

加地さんの考え方は変化した。

何が加地さんを変えた?

加地さんを変えたのは。

「俺は、悪くない、か。」
と野村レオ。

野村レオの独り言は、自嘲めいた響きがあった。

「綺麗事ばかりを言ってきたお前に、『お前は悪くない。』を言わせるとは、俺もヤキがまわった。」
と野村レオ。

野村レオは、己の力不足を反省しているように見える。

野村レオがふーくんを殺すとは思わなかったが、野村レオから見て、ふーくんは殺しておくに値する人物だったのだろうか。

加地さんは、鎌を持っていない方の野村レオの手を引き寄せて、両手で握る。

「レオ、聞いて。
私は、レオが悪いとは思わない。
罪を憎んで、人を憎まず。
レオがしたことと、レオ自身の評価は別だから。」
と加地さんは、真面目に語る。

加地さんの台詞を聞いた野村レオは、苦り切った表情になった。

「何も言うな。
何も言わなくていい。

俺が人を殺した事実は変わらない。
変えられない。
げんに、俺に殺されたやつが、この部屋にいる。」
と野村レオ。

加地さんの言う、殺人が悪い、殺人者は悪くないの定義が、俺には意味不明だ。

殺人は、人を殺した者がいないと起きない。

人を殺す行為をした人を憎まないというのは、野村レオが殺した人物が、ふーくんだったからでは?

ふーくんは、加地さんに縁もゆかりも無い人物。

人を殺したことの罪の軽重を、殺人者の人となりで決めたか。

殺人の罪の重さが、人を殺した者の人となりで左右されたら?

恣意的な判断が乱発する。

人格者が人を殺さないと言えるか?

人格者が人を殺したとき、人格者は悪くない、人殺しの行為が悪いとすれば。

悪者は、殺された人にされないか?

第三者が人格者に人を殺すようにと仕向けたから、人格者は悪くない、と言い出す人は出てこないか?

人殺しをした人格者は、悪いのか、悪くないのか。

誰がどんな基準で、悪いか悪くないかを判定する?

人気者が人を殺した場合。

人殺しをする人だとは思わなかった、人殺しをするなら悪いやつだ、失望した、とならないか?

加地さんは、加地さんの定義を曲げた。

野村レオを悪としないために。

野村レオは、加地さんの変節を喜んでいない。

頑なに綺麗事を話していた加地さんは、不都合な現実に軟着陸しようとした。

ふーくんを殺した野村レオを悪だと非難したくない加地さんは、加地さんの芯にあった綺麗事の範囲を拡大して、清水に汚泥を混ぜた。

綺麗事を言って、綺麗事だけを見て、綺麗事の世界を生きていく加地さん。

綺麗なものだけで、出来上がっていた加地さんは。

野村レオにとって、守りたい存在だったのだろう。

いつまでも、加地さんに綺麗事を言わせてやりたい。

加地さんが綺麗事を言うための環境を整えたい。

加地さんは、清らかな輝きを持つ一等星。

野村レオは、加地さんを地に落としたくなかったのだろう。

手が届かない上空で、清浄な空気の中、加地さんに、清らかな輝きを放ち続けてほしかったのか。

野村レオの自嘲は、守りたかった一等星の輝きを自らが失わせてしまったことによるものか。

綺麗事を言う加地さん。

野村レオを悪しざまに罵りたくない加地さんは、自身の思いを優先した。

野村レオは、手に届かないほど輝いていた一等星を、手折れる普通の女してしまった。

野村レオの苦悩は、悔恨か。

苦情を言うようにと加地さんに訴えていた男に寝返ったような受け答えをしていたのは、何か企んでいたのか?

苦情を言うようにと加地さんに訴えていた男は、反加地さん派の中心的人物で扇動者だった。

野村レオは、扇動者の懐に潜り込むことで、加地さんの助けになろうとした、という可能性は?

野村レオについて、分かったことがあると、同時に分からないことが増える。

向かい合う二人の元へ、北白川サナがやってきた。

「私は三人刈りました。一人は、息をしていませんでしたから、手にかけたのは、実質二人です。

加地さん達も急いだらどうですか?

二人は、出られないから、と、何もしないで終わらせるつもりですか?」
と北白川サナ。
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