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第8章 魔法使いのいる世界で、魔力を持たないまま生きていく君へ。

469.バネッサ。レッスン前に、一つずつ、確認していくわ。復唱してね?

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バネッサは、立ち尽くす男子学生の意識が、解剖された魚ではなく、バネッサ自身に注がれていると気づいている。

バネッサは、男子学生が解剖された魚に意識を戻す前に、男子学生に教える解剖の準備に取り掛かった。

しかし。

バネッサに見惚れていた男子学生は、
絶世の美少女が、真夜中に、使用人を帯同しない貴族の男子寮の周りで、明かりをつけて、魚の解剖をしている構図に耐えられず、見たくないものを完全にシャットダウンできる強者ではなかった。

天女がいる、と男子学生は思いたかった。

鼻をつく生臭さがなければ、天女との逢瀬だと飛び上がっただろう。

男子学生の意識は、バネッサ自身から、バネッサのしていることに向かった。

包丁、魚、まな板。
2人分が、横一列に並んでいる。

男子学生は、バネッサの顔を見てから、バネッサの手元を見て、もう一度、バネッサの顔を見た。

バネッサは、構えることなく、魚の解剖の準備を進めていく。

男子学生は、絶世の美少女に話しかけられた衝撃から立ち直った。

同時に、男子学生は、気づいてしまった。

マンツーマンレッスンの内容に。

「初めて教えるから、一つずつ、一緒に確認していくのがいいわ。」
とバネッサは、男子学生を隣へと誘った。

「えーと、その、マンツーマンレッスンって。」
と男子学生は、言いにくそうにモゾモゾしている。

「私が、教えるわ。」
とバネッサ。

「何をするのか、聞いていい?」
と男子学生。

「ジュゴン先生の授業を再現しているわ。」
とバネッサ。

「机にある包丁、まな板、魚。これって。」
男子学生は、はずれていることを願いながら、おそるおそる、バネッサに確認している。

「これから、使う道具と材料に感謝と敬意を。私に続いて復唱して?」
とバネッサ。

男子学生は、バネッサにのまれるようにして、うんと頷く。

「まな板。」
「まな板。」
「包丁。」
「包丁。」
「新鮮な魚。」
「新鮮な魚。」

「以上。さあ、始めるわ。」
とバネッサ。

「あの、待ってもらいたいんだけど、魚をさばく感じ?」
と男子学生。

「魚を料理に使うときは、誰かにさばいてもらうのも選択肢の一つ。」
とバネッサは、微笑を浮かべた。

「魚の料理。たのしみだな。」
と呟く男子学生。

「魚の料理は、美味しいわ。でも、今回、料理はしないわよ。解剖するわ。」
とバネッサ。

魚を切り刻むのは、料理じゃなく解剖だ。

男子学生は、夢から覚めた。
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