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第8章 魔法使いのいる世界で、魔力を持たないまま生きていく君へ。

386.チェール・モンス。隠したい。見つけないで。見つかりたくない。『何を?どれを?』『どっちも。』見つからないようにしよう。

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チェール・モンスの耳は、階下の音を拾った。

小さい靴音が、少しずつ大きくなっていく。

近づいてくる靴音は、子どもらしい跳ねる音ではない。

大人が床を踏みしめる重低音だ。

用事がある大人が、目的地まで歩いてくる音だ。

大人が階段を上ってくる。

チェール・モンスは、靴音に止まれ、止まれと念じた。

上がってくるな。

止まれ。

下りろ。

上を見るな。

見上げるな。

見つけるな。

いくら念じようとも、無駄なことは、チェール・モンスも承知の上。

チェール・モンスに、念じて、人を動かすことなど出来ない。

それでも、願わずにはいられないから。

願ってしまう。

不幸な結末にならないように。

大きくなってくる足音。

近づいてくる人の気配。

呪術で動かなくなったシグル・ドレマンと、魔法で動けなくなったチェール・モンスの組み上げるを、階段を上ってくる誰かに見られたら?

破滅の予感にチェール・モンスは震える。

このままでは、チェール・モンスは、破滅してしまう。

チェール・モンスは、背中に冷たい汗を感じた。

近づいてくる足音の主が、敵か味方か、と考えるだけの余裕は、チェール・モンスにはなかった。

シグル・ドレマンという大人に命をとられるところだったという恐怖は、チェール・モンスの思考を簡単に染め上げる。

階段を上ってくる大人を倒せるだろうか?
とチェール・モンスは考えた。

シグル・ドレマンを倒すことはできた。

でも、次の大人も、チェール・モンスは倒せるだろうか?

次の大人が、シグル・ドレマンみたいに、魔法を使って、チェール・モンスを攻撃してきたら、チェール・モンスは勝てるだろうか?

チェール・モンスは、次の大人に勝てる自信がない。

仮に、勝てたところで、その後に打つ手が、チェール・モンスにはない。

階段を上ってくる大人を、一撃で身動きとれないように出来たところで、身動き取れなくなった大人が、二人に増えるだけだ。

シグル・ドレマンの体も、既に持て余しているチェール・モンス。

さらに、動けない大人がもう一人増えるなんて、チェール・モンスには、荷が重過ぎる。

足音が止まる様子はない。

大人は、迷う素振りなく、階段を上がってくる。

今のチェール・モンスに出来ることは?

チェール・モンスは、閃いた。

シグル・ドレマンの体も、今のチェール・モンス自身も人目につかないようにすること。

時間はかかるけれど、シグル・ドレマンの体を移動させて、どこかの部屋に隠そうとしていたチェール・モンス。

シグル・ドレマンの体を証拠隠滅出来なかったチェール・モンスにとって、階段を上ってくる誰かの足音は、チェール・モンス自身へと迫る破滅の足音にしか聞こえない。

シグル・ドレマンの体を隠したいだけでなく、チェール・モンスは、自分自身も隠したいと思った。

チェール・モンスは、自身が魔法で雁字搦めにされている様を人に見せたくなかった。

階段の足音が踊り場に差し掛かる前に、チェール・モンスは呪術を使った。

チェール・モンスとシグル・ドレマンの姿を隠す呪術を。
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