フィリス・ガランの近衛生活

かざみはら まなか

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第3章 世の中には、異世界転移する男子高校生もいれば、異世界転生する人もいる

32.異世界転生したら、自分が世界に合わせる?世界を自分に合わせる?

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借りた部屋で、椅子に座ってお茶を飲むと、喉が渇いていたことに気付く。

緊張の連続で、タマキの口の中は干上がっていた。

「質問を受け付けよう。」
引率者が切り出してくれたので、タマキは安心して疑問をぶつけることにする。

「今日、見学した出来事は、当たり前にあることなのか?」

「往々にして。」

「この世界では?それとも、コーハ王国ならでは?」

「この世界の常識と照らし合わせて、今日の結果を判断するならば、異論を差し挟む余地はない。本人に説明しないで、敢行する国もある。説明してから、移送するのは、とても親切で真摯に仕事をしていると考えてよい。
我々が見学していたことを踏まえても、なぜそうなるかを理解し易く説明がなされていた。理解しなかったのは、本人に問題がある。」

「そう考えるのが、普通なのか。」
タマキは思い返してみる。
一貫して抵抗していたのは、奴隷になった少年少女の集団だけだった。
その前に退室していった3者、税金の未納、労役不提供、家賃未払いの者は、役人の説明を聞く前から神妙にしていて、役人の誘導に素直に従っていた。

前者と後者の違いは、何だったのだろう?
タマキが思考に沈みそうなタイミングで、引率者が声をかけた。

「今日の一連の流れをタマキに見せたのは、フィリス様のご意向だ。良かったな。」

そういえば、フィリスの名前が出ていた!
聞いてよいのか分からないけれど、聞きたい。
今日の出来事にフィリスが関係しているなら。

「フィリス様に関わりがあるような話を最後に役人としたのは、なんで?
え?良かった?何が良かった?」

フィリスの名前にタマキが反応するのを引率者は見守っている。

「今日の光景は、タマキのもう1つの未来だったからだな。」

「もう1つの未来?俺の1ヶ月超のどこかに分岐点があったということか?」

「タマキが、フィリス様の人的財産にならなかった未来だ。」

「それが、奴隷?」
タマキは驚き過ぎて、うまく話せない。
奴隷なんて日本では、特殊なプレイでしか知らなかった。
本物の奴隷を初めて見た。
正確には、人が奴隷になる瞬間だが。
奴隷の扱いとか、周りから奴隷がどう見られているか、とか。
情報が多過ぎて、思考も感情も混乱したままだ。

「いきなり奴隷になるわけではない。奴隷に成るまでには、それなりに手順がある。」
引率者にとって、タマキの混乱は折り込み済みらしい。慌てた様子もなく、話が続く。

「そうなんだ。」
ある朝起きたら、奴隷になっていました、とか起きたら、絶望しかない。


「行き着く先は奴隷でも、その前に寿命がくることもある。異世界から来たタマキが1人で生きようと足掻いても、奴隷になるまでもたなかかっただろう。」

引率者の台詞は、なかなか爆弾発言では?
タマキは呆気なく死んでいただろうな、と躊躇なく言われている。

タマキは目を見張った。
ひょっとすると、俺は、ひ弱認定されている?日本で男子高校生していたとき、運動系のクラブに入っている同級生との運動能力の差は歴然としていたけど、体力がないわけではなかったぞ?
フィリスのお家に引きこもり生活の真意は、俺の体力がつくまで待っていた、とか?

タマキは、お家でだらだらして過ごすフィリスを思い浮かべた。
月2日の休み、フィリスは脱力しまくって、使用人が抱っこで移動させていることがあった。

近衛の仕事があまりにハードで、フィリス自身が体力の限界まで使い切っているから、フィリスにとって、タマキは凄くひ弱な生き物に見えるのだろうか。

「俺は、フィリスに買われなかった場合、異世界生活に耐えられず、来て早々に、死んでこの世界から退場していたということか?」

引率者は否定も肯定もしなかった。

「元の世界の価値観は通用しない。人らしく生き続けることを望むなら、自分が生きていく世界の価値観を理解して飲み込め。可及的速やかに。」

「元の世界の価値観?」

「そうだ。地球の日本で生きてきた常識に縛られるな。自分が今どこで生きているのか、忘れるな。それが出来なかった者の末路が、最後の者たちだ。」

「あれは、俺の元同類?」

完全に同じではないが、と引率者は再び衝撃に飲まれそうになっているタマキの肩を叩いた。

「あの光景を見て、哀れんだり同情したり、憤っている者を見たか?」

役所の中で、取り乱していた者はいなかった。タマキの心の中に嵐がふいた、それだけ。
「いなかった。居合わせた人は皆、平然としていた。」

引率者は満足そうにタマキの頭を撫でた。
「それが分かれば、収穫だ。お前には、理解する頭がある。賢さは武器だ。」

「ありがとう。」
タマキは気になった言葉を聞いてみた。

「出来なかった者たち、ということは、今日見た中に俺と同じ異世界転移者がいたのか?」

「奴隷の中に、異世界転移者はいなかった。」

「じゃあ、どういう意味?」

「異世界転生者と、その者に感化されて、異世界の思考に染まりきり、抜け出せなくなった者たちだ。」

「異世界転生があるのか?」

「ある。転移も転生も。なぜかは分からないが。時代も場所も人も、法則性がわかっていないので、いつの間にか、いた、ということが多い。」

「階段から落ちて思い出したりするのか?」
階段落ちた衝撃で、とか、死にかけると思い出すのが、テンプレだよな?

「きっかけを話す人も話さない人もいる。階段から落ちて、混乱しているうちに前世の記憶が表面に出ることがあるかもしれないな。」
「原因がよくわからないのか?」
「階段から落ちて前世の記憶を思い出したからといって、階段から落ちたことを自慢したり、人に話して回ったりする人間と、仲良くなりたいと思うか?」

不幸自慢もマウントとりも、自分なら聞きたくないなとタマキは思った。

「前世の記憶や意識があっても、今世の意識が凌駕していれば、なんの問題もない。」

「そうなのか?」

「危険なのは、前世のモノに拠り所や根拠を求めたり、前世の知識や記憶が今世のそれらより素晴らしく優れているから、基準を前世のモノにしたりして、今世を軽んじることだ。
前世がどうであれ、今生きている世界を蔑ろにしたら、どうなるのか、行動に移す前に考えることをしないのか、考えても都合のよい結果しか導き出せないのかわからないが、自分が今を生きている世界を粗雑に扱って、まともに生きていけるわけがない。」

「前世という妄想にとらわれたら、現実世界から弾き出されてもおかしくない?」

「妄想にするか、生きるための知恵にするか、成り上がる手段にするか、商売道具にするか。本人次第だ。」

「分かった。」

「あの奴隷どもの監視をフィリス様が担っていたのは、あの者達がガラン領で問題を起こし、永久追放の処分になり、王都に出てきたからだ。」
「ガラン領で反省しなかったから、王都でも問題を起こさないか、監視していた?」
「その通り。」

「あの人達は、何を仕出かした?若さゆえ、はっちゃけちゃった?」

「若さを隠れ蓑にして、治安を悪化させ、領民を不安に陥れた、と聞いている。」
「工作員だったのか?」

「いいや。自分達が望む自分達のための世界に作り替えようとした、ガラン領民。
子どもの姿で油断させて、自分の思う正義と常識を振りかざして周りの子どもを洗脳し、子どもを人質に、大人を取り込んだ。
被害が拡大したために、事件となって発覚した。

ガラン子爵家が問題の解決にあたったから、事件自体は解決済みだ。」

引率者の声とタマキの息遣いだけが聞こえる。

「事件の影響は、事件の解決だけで終わらなかった。

事件が終わって、諸悪の根源を捕まえても、洗脳が解けなかった者が何人もいた。

思考がこの世界のものではないなら違和感を覚えてもおかしくない。しかし、転生者の前世の代物に転生者が自身の都合よく手を加えた結果、違和感を覚えにくいモノになったようだ。自分が洗脳されていると自覚していない者が、迷惑をかけた相手への弁償や謝罪をするか?」

「しない。自分が悪いと思ってないもんな。」

その通り、と引率者は頷く。
「なんの期待も出来ないと最初からわかっていたら、容赦する必要はない。被害者も利害関係者も割り切って動く。」

問題になったのは、と引率者は言葉を区切った。

「洗脳された者は、洗脳されている期間に接触があった者へ不利益になるよう動いていた。
接触していたのは、洗脳された者にとって、決して無関係な間柄の人間ではない。
元々親しく交流がある相手や、言動がおかしくなっていくのを心配した相手。
洗脳されていなければ、不利益を押し付けようとはしなかっただろう相手ばかり。
洗脳が解けた者による、洗脳されていたからという言い訳は、拗れてしまった関係の正常化する免罪符にならない。

洗脳被害者は、もっと弱い立場だったり、親しい人に対しては加害者になっていた。」

「酷い話だね。」

「そうだ。洗脳された者が、いてもいなくてもよい、見捨てても心が傷まない人間ではなかったから、洗脳が溶けた後も影響があった。」

「ガラン領は、今、大変なのか?」

「フィリス様の長兄デヒル様が、対処にあたられている。」

「フィリスのお兄さんかあ。若いよな?」

「デヒル様は、フィリス様より11歳年上でいらっしゃる。次期当主として、問題なく解決に導かれる手腕をお持ちだ。心配ない。
ガラン領に置いておくには危険すぎる者達は、王都でフィリス様が監視することになった。
私はタマキの教育がメインだったが、タマキの先輩の何人かは、言葉は通じるのに、相互理解が出来ない相手との仕事に奮闘していたな。
片付けが終わり次第戻ってくるから、帰ってきたら、紹介しよう。」

「ありがとう。でも、その先輩達にとって、俺と話すのはイヤな気持ちにならないか?」

「タマキが、この世界の常識から逸脱しなければ、問題ない。」

「心しておく。」

タマキが元気になったぞ、と引率者は笑った。

「この部屋での私達の会話は誰にも聞けないようにしてある。この部屋でした話は、漏らしてはいけない。分かったか?」

「職務上知り得た情報は、誰かに話したらだめなんだろう?それは、日本にもある。」

「職務上、ということもあるが、自分が仕えている主人や、主人の家、家族、使用人などの家内事情や、取引先、客人情報も話してはいけない。いつ、誰が、どこで、罠を仕掛けたり、騙したり、利用しようとしてくるかわからないからね。利用されるような下っ端は、だいたいが、どちらにも助けてもらえなくて殺される。」

「詳細な忠告ありがとう。俺は、裏切らない、秘密厳守で生きていく。」

「その心意気だ。」
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