上 下
63 / 80
第6章 神様が棲むネットショップ〈神棚〉、営業中

63.後ろにぴったりついてきた人のうち一人が、声をかけてきた。神様は、話している相手の首から下に、視線を下げないように、と言う。一体、何が?

しおりを挟む
上りエスカレーターから、コンコースが見えてきた。

真後ろにいるんじゃなければ、人の合間をぬって、逃げるのに。

どうしたらいい?

真後ろの人は、エスカレーターに乗ってから、これという動きをしていない。

「神様。」
神様に助けを求めた。

「志春(しはる)、焦らずに、ゆっくり進め。急いでも変わらぬ。」
と神様。

それも、そうだ。

一歩の差しかないなら、俺が競走馬でもない限り、差はつかない。

俺は、エスカレーターの手すりを握っていた手の力を抜く。

エスカレーターが平らになった。

前に足を踏み出してゆっくり目に進む。

「二人とも、ついてきておる。」
と神様。

エスカレーターをおりた場所で、揉めたら、後ろがつかえるから。

それにしても。

俺、一人に、こんなに人手をさく?

俺、重要人物じゃないと思うんだけど。

俺、何か、見落とした?

そんなことを考えながら、コンコースを歩いて、改札へ向かう。

「すみません。」
と後ろから、声がかかった。

普通の人みたいに、話しかけてくるとは思わなかった。

「神様、どうする?」
こそっと、聞く。

俺には、未経験過ぎて、乗り切り方が分からない。

「志春(しはる)。話しかけてきているのは、後ろにいた者のうちの、一人。

もう一人は、離れておる。
逃亡防止であろう。

逃げる姿勢を見せてはならぬ。
逃げずに、立ち向かうがよい。」
と神様。

「何か?」
と振り返ると、スーツを着た男性がいた。

間近で、確認すると。

量販店で売っているスーツを着ていても、就活生には見えない。

俺と同い年くらいなのに。

積み重ねてきた人生の違い?

スーツ姿の人は、最初の三人組にいなかったから、警戒していなかった。

社会人の年齢なら、スーツ姿の方が、目立たず紛れ込めるかも。

俺に話しかけてきたのは、俺の後ろにいた二人のうち、俺が気づけなかった方。

「落とし物を拾いましたので、一目、確認していただけますか?」
とスーツ姿の男性が歩み寄ってくる。

ノーと言わせない圧力を感じた。

でも。
「ご丁寧に。俺は、落とし物をしていませんから、他の人にどうぞ。」

俺が断った途端。

スーツ姿の男性は、すっと距離を詰めてきた。

「志春(しはる)。
視線は、目の前にいる者の首から下に、落としてはならぬ。」
と神様。

下を向かないようにする?

山の怪が、何かするとか?

俺は、神様に言われた通りにするため、スーツの男性の鼻あたりを見ることにした。

「こちらを一度見ていただけますか?」
スーツの男性は、手に何かを持っているんだと思う。

俺は、視線を下げないから、俺の視界には入らないけれど。

『あー。それそれ。』とか言うと、危ない場所にご案内されるかもしれない。

「俺は、何も落としていないので、拾ったものがあるのなら、落とし物センターにお届けては?」

俺は、そのまま踵を返そうとした。

「志春(しはる)。
もう一人が、動いた。壁際からこちらに向かっておる。

今は、まだ、動くときではない。

この場にとどまるがよい。

もう一人が来るまで、視線を下げぬまま、話を続けよ。」
と神様。

会話を続ける?

落とし物の話題は終わらせた。

蒸し返しは、危険。

「こちらの駅は、よく利用されるのですか?」

スーツの男性に質問を投げてみた。

「よく、という程では。」
とスーツの男性。

スーツの男性は、落とし物で人を呼び止めるような定型句以外の会話は、得意じゃない?

うーん。会話が続かない。

俺も、話したいことがあるわけでもないし、話したい相手でもないから、会話が思いつかない。

神様との会話は弾むのに。

会話しようとすると、何を話せばいいか、分からなくなる。

「そうですか。こちらには、たまたまですか?」

質問で、会話を引き伸ばすことに成功。

「そうです。どうかしましたか?」
とスーツの男性。

どうもしないんだけど、なんて返そう。

「なんとなく。」

「なんとなくですか。」
とスーツの男性。

「志春(しはる)。もう一人が来るタイミングで、離脱するがよい。」
と神様。

俺の影が、シダ植物に変化した。

シダ植物は、形で、なんとなく分かった。

苔に変化されたら、苔だと分からないと思う。

山の怪の影バリエーションが豊富で、楽しくなってきている。

スーツの男性と俺は、無言で向きあっている。

スーツの男性は、俺の出方をうかがっているのか、様子を見ているのか、だと思う。

スーツの男性には、俺の引き止めには、成功したように見えているから。

静かな足音。
足音を立てないようにしている?

「志春(しはる)の視界に二人目がきたら、離脱せよ。」
と神様。

俺は、耳を澄ます。

二人目は、近づいてくると、壁際で話そうと言ってきた。

「志春(しはる)。今から、斜め後ろに下がっていくとよい。」

「お連れ様が来たようなので。」
と俺は、元の位置の斜め後ろへと踵を返した。

すたすた歩いていると。

「志春(しはる)、良くやった。」
と神様が褒めてくれた。

「ありがとう。視線を下げないようにしたけど、何か理由があった?」

「最初の一人は、刃物の刃をチラつかせようとしておった。」
と神様。

え?

「あの者は、志春(しはる)に刃物を見せて、脅すつもりであった。

志春(しはる)が、刃物見なければ、脅しは成立せぬ。」
と神様。

「確かに。恐怖は感じなかった。」

「先ほどの者が、刃物を持っていると、今、志春(しはる)に教えたのは。」
と神様。

俺が、スーツの男性と向かい合っている間は。

神様は、俺に悟らせないようにしていた。

俺が、スーツの男性に向かい合っているとき。

スーツの男性が刃物の刃を俺に見せにきている、とその場で聞かされたら、どうなった?

俺は、動揺して、逃げ腰になって、離れていくことを失敗していたと思う。

「二回目以降は、志春(しはる)に刃物を見せるだけではなく、志春(しはる)に刃物を使って来る可能性がある。

頭に入れておくと良い。」
と神様。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺がママになるんだよ!!~母親のJK時代にタイムリープした少年の話~

美作美琴
キャラ文芸
高校生の早乙女有紀(さおとめゆき)は名前にコンプレックスのある高校生男子だ。 母親の真紀はシングルマザーで有紀を育て、彼は父親を知らないまま成長する。 しかし真紀は急逝し、葬儀が終わった晩に眠ってしまった有紀は目覚めるとそこは授業中の教室、しかも姿は真紀になり彼女の高校時代に来てしまった。 「あなたの父さんを探しなさい」という真紀の遺言を実行するため、有紀は母の親友の美沙と共に自分の父親捜しを始めるのだった。 果たして有紀は無事父親を探し出し元の身体に戻ることが出来るのだろうか?

「きたる!!」 

Schutt
キャラ文芸
古都の街に起こる怪異に、青年僧が立ち向かう。 伝奇アクションなんちゃってキャラ文芸 過去作セルフリメイク

魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい
キャラ文芸
京都嵐山には、魔法使い(四分の一)と、化け猫の少年が出迎えるドーナツ屋がある。おひとよしな魔法使いの、ほっこりじんわり物語。 ☆☆☆ 三上快はイギリスと日本のクォーター、かつ、魔法使いと人間のクォーター。ある日、経営するドーナツ屋の前に捨てられていた少年(化け猫)を拾う。妙になつかれてしまった快は少年とともに、客の悩みに触れていく。人とあやかし、一筋縄ではいかないのだが。 ☆☆☆ あやかし×お仕事(ドーナツ屋)×ご当地(京都)×ちょっと謎解き×グルメと、よくばりなお話、完結しました!楽しんでいただければ幸いです。 感想は基本的に全体公開にしてあるので、ネタバレ注意です。

龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか
キャラ文芸
両親を交通事故で亡くした月ヶ瀬美桜は、叔父と叔母に引き取られ、召使いのようにこき使われていた。ある日、お金を盗んだという濡れ衣を着せられ、従姉妹と言い争いになり、家を飛び出してしまう。 そんな美桜を救ったのは、幽世からやって来た龍神の翡翠だった。異界へ行ける人間は、人ではない者に嫁ぐ者だけだという翡翠に、美桜はついて行く決心をする。 お菓子作りの腕を見込まれた美桜は、翡翠の元で生活をする代わりに、翡翠が営む万屋で、洋菓子店を開くことになるのだが……。

後宮の不憫妃 転生したら皇帝に“猫”可愛がりされてます

枢 呂紅
キャラ文芸
旧題:後宮の不憫妃、猫に転生したら初恋のひとに溺愛されました ★第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 後宮で虐げられ、命を奪われた不遇の妃・翠花。彼女は六年後、猫として再び後宮に生まれた。 幼馴染で前世の仇である皇帝・飛龍に拾われ翠花は絶望する。だけど飛龍は「お前を見ていると翠花を思い出す」「翠花は俺の初恋だった」と猫の翠花を溺愛。翠花の死の裏に隠された陰謀と、実は一途だった飛龍とのすれ違ってしまった初恋の行く先は……? 一度はバッドエンドを迎えた両片想いな幼馴染がハッピーエンドを取り戻すまでの物語。

浅草お狐喫茶の祓い屋さん~あやかしが見えるようになったので、妖刀使いのパートナーになろうと思います~

千早 朔
キャラ文芸
☆第7回キャラ文芸大賞 奨励賞☆ 『あやかしは斬り祓う』一択だった無愛想青年と、事情を抱えたあやかしたち。 ときどき美味しい甘味を楽しみながら、あやかしと人の心に触れていく、ちょっと切なくも優しい物語――。 祖母から"お守り"の鳴らない鈴を受け取っていた、綺麗でカワイイもの好きの会社員、柊彩愛《ひいらぎあやめ》。 上司に騙されてお見合いをさせられるわ、先輩の嫉妬はかうわでうんざり。 そんなある夜、大きな鳥居の下で、真っ黒な和服を纏った青年と出会う。 「……知ろうとするな。知らないままでいろ」 青年はどうやら、連日彩愛を追ってくる『姿の見えないストーカー』の正体に気づいているようで――? 祓い屋? あやかし? よくわからないけれど、事情も聞かずに祓っちゃダメでしょ――! こじらせ無愛想青年がポジティブヒロインに振り回されつつ、絆されていくお話。 ※他サイトでも掲載中です

姉と弟の特別な変身デート

wan
キャラ文芸
大学生の姉と中学生で恥ずかしがり屋の弟は仲良し! 姉はメイクや服に目覚め綺麗になり、弟はそれを見とれて意識してしまうことが多くなる。小さい頃はそんなことはなかったのに。 ある日、姉のメイクを見とれてたら弟もやることになって、、。

シオンとエス~DeadChain~ 大乱闘

シオン
キャラ文芸
※対話式小説 シオンとエス~DeadChain~、 シオンの中に閉じ込められた魂のエスを救うために、天使のデリア達と様々な 世界を冒険し、アドバイスやそれぞれの自キャラの力を少しもらった。 途中、元人間だったシオンが好きに狂ってしまったせいで悪魔になってから数日がたった、その事でした。 地界の主、黒幕でもあるチェイナーが 何かが企んでる様子…

処理中です...