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第5章 神様の新しい棲み家は、俺のネットショップ

46.『お父さんとも、お父さんの会社とも、無関係で居続けるといい。これから、何が起ころうとね。』俺は父さんを切り捨てる?

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ターミナルが見えた。

久しぶりに、大きなターミナルのある駅を見た気がする。

大学の最寄り駅には、ターミナルはない。

山のふもとの我が家の最寄り駅は、車も人もまばら。

移動手段が電車の駅で、車での乗り入れも盛んで、駅ビルも含めて、駅周辺が栄えていることってあるんだ。

都会は、駐車場代が高いと聞く。

ちょうどいい塩梅で、開発が進んだ街?

生活するには、便利な土地だと思う。

俺には、山のふもとの我が家にまさる家はない。

車からおろしてもらったら、長居はせずに、必要な買い物だけして帰ろう。

「答えは、出たかな?」
と壮年の男性。

結局、俺は、壮年の男性が、俺に、考える時間を与えた理由が分からなかった。

俺は、今の俺の考えと結論を伝えることにした。

「はい。
私は、父の仕事はしません。

私には、既に私だけの仕事があります。
私は、私が始めた、私の仕事に誇りと自信を持っています。

私には、私の仕事と父の仕事を兼業する考えもありません。

私は私の仕事をして、父には父の仕事をしていく形を希望しています。

父の仕事について、関わりのない私にまで、心を砕いてくださり、ありがとうございます。

私は、父の拓いた道ではなく、自分で切り拓いた道を進みます。」

運転席の壮年の男性は、俺の回答を聞いても、穏やかな顔つきに変化はなかった。

「志春(しはる)くんが、お父さんの会社を助けないと、お父さんの息子として、お父さんの会社をもらえなくなるけれど、いいのかな?」
と壮年の男性は、確認してきた。

「息子として、ですか?」

「そうだよ。息子としての権利を手放すことになるよ。
よく考えなくて、いいのかな?」
と壮年の男性に繰り返されて、ようやく、俺は、合点がいった。

相続の話だ。

俺の頭の中には、相続のそ、もなかったから、人生経験の違い?

せっかく相続の話を教えてもらったけれど、俺の考えは変わらない。

「考えてみましたが、変更はありません。

私は、自分が立ち上げたネットショップを成功させたいと考えています。

父の会社をもらっても、私は、父の会社に関しては、素人です。

私は、私のネットショップをしながら、父の会社の経営までは、責任が持てません。

私は、私のネットショップを大事にしたいので、父の会社の仕事はしません。」

「志春(しはる)くんの考えは決まったんだね?

志春(しはる)くんは、お父さんの仕事はしない。

志春(しはる)くんは、お父さんの会社、いらないんだね?」
と壮年の男性。

穏やかさは変わらないけれど、声が柔らかくなった気がする。

父さんの会社が、いらないのか?と聞かれたとき。

俺は、一瞬だけ、躊躇した。

昨日、今日の父さんは、暴力的で、俺のことを労働力としか見ていなかった。

でも、小学生のときは、一緒に遊びにいったりしたんだ。

父さんと俺は、仲良く遊んでいたんだ。

会社のこと、仕事のことを、父さんは、一つも俺に見せなかった。

父さんと母さんが離婚したときと同様に、父さんの仕事に関することは、何も知らない俺。

俺を蚊帳の外にいさせたのは、よいことなのか、悪いことなのか。

父さんは、変貌してしまった。

それでも、父さんが、俺を育ててくれたことには、変わりない、と思う俺もいる。

俺は、一瞬の躊躇の後、いりません、とはっきり答えた。

一度でも、壮年の男性への答えを誤魔化したら、積み上げようとしているものが、バラバラになる気がしたんだ。

「そうかい。

志春(しはる)くんは、お父さんとも、お父さんとの会社とも、無関係で居続けるといいよ。

これから何が起きても、志春(しはる)くんには、縁のない世界のことだからね?」
と壮年の男性は、穏やかに話し終えた。

これから、何が起きてもって、誰に何が起きるんですか?

俺は、その続きを尋ねることができなかった。

「乗り降りは、一瞬で頼むよ。」
と壮年の男性は、穏やかなままで話してくる。

さっきの不穏な台詞は、掘り返されるためではなく、俺の肝に命じるために発せられた、ということが理解できた俺は、聞き返さなかった。

父さんや、父さんの会社を案ずる気持ちは、あった。

でも、壮年の男性のまとめた話をかき乱すのは、危うい行為だと感じ取れたんだ。

車は、ターミナルのロータリーへと入っていく。

「志春(しはる)くんに餞別をあげよう。」
と車を停めた壮年の男性は、一枚の名刺を俺に渡した。

「頂戴します。」
俺は、名刺を受け取る。

名刺には、『深川 敬司』と書かれていて、会社のものではない、連絡先があった。

「志春(しはる)くんには、直通の連絡先を渡しておこう。

困ったら、頼っておいで。

車をおりたら、志春(しはる)くんは、一人の社長だ。

後ろは振り返らずに、進むといいよ。」
と深川さんに言われて、俺は、無言で頭を下げて、助手席のドアから、外に出た。

俺は、深川さんの前で、言葉を発するのが怖くなっていた。

「ありがとうございました。」
とお礼を言って、俺は、ゆっくり進む。

昨日までの俺は、父さんに遠ざけられてきた、と思ってきた。

ついさっき、俺と父さんの関係は逆転した。

俺は、俺のネットショップのために、父さんと、父さんの会社を切り捨てる宣言をして、深川さんが、父さんと父さんの会社に何かしても、見捨てることを、深川さんに約束したんだ。

父さんは、俺を遠ざけていたけれど、大学生までのお金を半分出してくれた。

父さんは、俺のことを忘れていたわけじゃない。

この四年弱、父さんに親子の情があることを感じられなかったのは、確かだけど。

父さんは、俺を切らなかった。

でも。
俺は、父さんを切った。

父さんとの縁を断ち切ったのは、父さんじゃない、俺だ。

俺と父さんと母さんが仲良く遊んでいた小学生のときの思い出が、次々に浮かんでくる。

今ごろ、どうして。

父さんと仕事をしないという、俺にとって、望み通りの結果を出せたのに。

胸が苦しい。

頭が痛い。

俺は、店頭に並んでいた、広告の品のスニーカーと痛み止めや湿布を買った。

路線図を見る。

陽のでているうちに、帰れそう。

帰り道の切符を買って、電車に乗る。
たまたま空いていた席に、痛む体をゆっくりおろす。

早く、我が家に帰ろう。

父さんと仕事をしない、という結果を欲した俺が下した決断は、俺を晴れやかな気分にはさせなかった。

我が家に帰って、ホームページにいる神様に会って、無事に帰れたよ、ただいま、と言おう。

俺は、暗澹たる気持ちになる都度、何度も気持ちを切り替えながら帰った。

神様、俺が帰ったら、俺の話を聞いてほしいんだ。

神様は、俺の話を最初から最後まで全部聞いた上で、俺と話をしてくれるから。

神様と話したい。
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