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はじかれ者
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気が付けば、山の中。
日も高くなってきているだろうに、周囲は薄暗い。鬱蒼と茂る木々の葉が、陽の光を遮っているからだろう。
山には、霊気が漂う場所がある。
いい気であれ、悪い気であれ、影響を受けるのは人間ばかりではない。草木もまた、生ける存在。触れる気に左右されるのだ。
ここの気は、澱んでいる。地形のせいか、陰気が集まり、生命力がまるで無い。気が枯れているようで、空気が、とても重たかった。
(嫌な感じだ……)
晴明は袖に手を隠して印を結び、呪文を唱えながら足を運ぶ。
「天蓬、天内、天衝……」
足を進める度に、場の空気が晴れていく。
澱みの強いほうへ向かって反閉を続けていくと、獣の巣穴に行き着いた。
瘴気と言ってもいいくらいの強い陰気。気を抜けば、晴明も意識を持って行かれてしまいそうだ。
(いったい、なにが居る?)
晴明は巣穴の前に座り、祭壇も組まずに覚えている祭文を読み上げ始めた。
物事には、なににおいても順序が重視されることがほとんどだ。人ならざる存在に相対するときほど、事前の準備が必然となる。
順を追って、ひとつずつ段階を経ていく。そのひとつひとつを確実にこなしていくことこそが、相対する存在に対する礼儀であり、要望を伝え叶えてもらうための手順である。
けれど、晴明は無駄が嫌いだった。
心と心で語れば、仰々しいまでの供物もなにも、必要ではないのではと考える。同じ結果や効果をもたらすのなら、簡略化できるものは、してしまったほうがいい。複雑だから間違える。覚え間違えるから、正しい作法が受け継がれないのだ。
晴明は、低く穏やかな声で唱え続ける。
今回は、調伏でもなんでもない。
ただ、そこに巣食う陰の原因を知りたいだけなのだから、簡単なものだろう。
『ぅうう、ぅうう~』
巣穴から唸り声が聞こえる。
晴明は唱え終えると、声の主に語りかけた。
「なにもしない。姿を見せてくれるだけでいい。出ておいで」
唸り声はやみ、しばらくして答えが返ってくる。
『人間など、もっと信用なるものか』
なにか手痛い目に合わされたのだろう。言葉に恨みがこもってる。
人間がもっと信用ならない、ということは、同じ種族からも信用できない仕打ちかなにかを受けたのだろう。
心を閉ざす切欠は、ほんの一瞬のなにかではない。何度も諦めと希望を見出すことを繰り返し、己を鼓舞し続けた結果でもある。受け入れられようと、思考と努力を繰り返す。何度も頑張り、頑張りに疲れて心を閉ざすのだ。
きっと……この巣穴の主も、頑張ることに疲れてしまったのだろう。
なにもかも、しがらみから逃げて、殻に閉じこもりたくなるときはある。
(まぁ、共感はできそうだ)
人間ばかりではなく、自分と違うモノを排斥しようと躍起になるのは、種族は違えど同じなのだろう。摘み出されたモノ同士、共通項があるかもしれない。
少し、会話をしてみたくなった。
「なあ。人間が嫌いか?」
答えは無く、静寂が返ってくる。
晴明は巣穴の前に座り、中のモノに笑みを向けた。
「実はな……俺も、人間が嫌いだ」
『人間なのに、人間が嫌いなのか……?』
意外そうな声に、晴明は笑みを深める。
「同族だからといって、皆(みな)が仲良しこよしというわけでもあるまい。はずれ者。摘み出されたはみ出しものは、必ず居る」
はずれ者は、我こそが正義だと正論を振りかざす大衆によって作り出されるのだ。自分とは違う、異質を嫌う習性。
みんなと同じが安心できるのだから、致し方あるまい。
『お主も、はみ出し者だな。分かる。分かるぞ。姿を見ずとも、気配でな。お主は、人の姿をした化け物だ。人の身の内に、尋常ならぬ力を宿している。その力を……鬱々と持て余しているのだ』
声の主は、クククと喉の奥で笑う。
『さぞ、生きにくかろうな』
「あぁ、生きにくい」
晴明は姿勢を崩し、巣穴の前に片肘をついて寝転がる。
「だから分かるぞ。お主、寂しいのであろう」
また、答えは無い。否定しないということは、是と受け取ってよさそうだ。
巣穴の奥から、カサカサと草を掻き分ける微かな音が近づいてくる。
体を起こし、地面に胡座を掻いた。
『なぁ……我の姿を見ても、バカにして笑わぬか?』
「笑うような出で立ちなのか?」
分からぬ……と呟く声は弱々しい。
『噛み付いたりせぬか?』
「人間が噛み付くか? 武器を持っていなくば、せいぜい石を投げるくらいだろう」
『では、石を投げるか?』
「まぁ……襲いかかってくれば、な」
有言実行するべく、手が届く範囲に転がる手頃な小石をいくつか拾う。
『襲わぬから、石を投げるな』
「分かった。石は投げない。約束しよう」
約束とは、契約だ。約束した以上、なにがあろうと石は投げない。
晴明は、黙って巣穴に視線を送る。
濃い瘴気を放つ元凶の存在。
(いったい、どんな姿をしているのやら……)
巣穴から、白く小さな前足が伸びる。
ノソノソと出てきたのは、蒼い瞳をしている白い毛並みをした小狐だった。
日も高くなってきているだろうに、周囲は薄暗い。鬱蒼と茂る木々の葉が、陽の光を遮っているからだろう。
山には、霊気が漂う場所がある。
いい気であれ、悪い気であれ、影響を受けるのは人間ばかりではない。草木もまた、生ける存在。触れる気に左右されるのだ。
ここの気は、澱んでいる。地形のせいか、陰気が集まり、生命力がまるで無い。気が枯れているようで、空気が、とても重たかった。
(嫌な感じだ……)
晴明は袖に手を隠して印を結び、呪文を唱えながら足を運ぶ。
「天蓬、天内、天衝……」
足を進める度に、場の空気が晴れていく。
澱みの強いほうへ向かって反閉を続けていくと、獣の巣穴に行き着いた。
瘴気と言ってもいいくらいの強い陰気。気を抜けば、晴明も意識を持って行かれてしまいそうだ。
(いったい、なにが居る?)
晴明は巣穴の前に座り、祭壇も組まずに覚えている祭文を読み上げ始めた。
物事には、なににおいても順序が重視されることがほとんどだ。人ならざる存在に相対するときほど、事前の準備が必然となる。
順を追って、ひとつずつ段階を経ていく。そのひとつひとつを確実にこなしていくことこそが、相対する存在に対する礼儀であり、要望を伝え叶えてもらうための手順である。
けれど、晴明は無駄が嫌いだった。
心と心で語れば、仰々しいまでの供物もなにも、必要ではないのではと考える。同じ結果や効果をもたらすのなら、簡略化できるものは、してしまったほうがいい。複雑だから間違える。覚え間違えるから、正しい作法が受け継がれないのだ。
晴明は、低く穏やかな声で唱え続ける。
今回は、調伏でもなんでもない。
ただ、そこに巣食う陰の原因を知りたいだけなのだから、簡単なものだろう。
『ぅうう、ぅうう~』
巣穴から唸り声が聞こえる。
晴明は唱え終えると、声の主に語りかけた。
「なにもしない。姿を見せてくれるだけでいい。出ておいで」
唸り声はやみ、しばらくして答えが返ってくる。
『人間など、もっと信用なるものか』
なにか手痛い目に合わされたのだろう。言葉に恨みがこもってる。
人間がもっと信用ならない、ということは、同じ種族からも信用できない仕打ちかなにかを受けたのだろう。
心を閉ざす切欠は、ほんの一瞬のなにかではない。何度も諦めと希望を見出すことを繰り返し、己を鼓舞し続けた結果でもある。受け入れられようと、思考と努力を繰り返す。何度も頑張り、頑張りに疲れて心を閉ざすのだ。
きっと……この巣穴の主も、頑張ることに疲れてしまったのだろう。
なにもかも、しがらみから逃げて、殻に閉じこもりたくなるときはある。
(まぁ、共感はできそうだ)
人間ばかりではなく、自分と違うモノを排斥しようと躍起になるのは、種族は違えど同じなのだろう。摘み出されたモノ同士、共通項があるかもしれない。
少し、会話をしてみたくなった。
「なあ。人間が嫌いか?」
答えは無く、静寂が返ってくる。
晴明は巣穴の前に座り、中のモノに笑みを向けた。
「実はな……俺も、人間が嫌いだ」
『人間なのに、人間が嫌いなのか……?』
意外そうな声に、晴明は笑みを深める。
「同族だからといって、皆(みな)が仲良しこよしというわけでもあるまい。はずれ者。摘み出されたはみ出しものは、必ず居る」
はずれ者は、我こそが正義だと正論を振りかざす大衆によって作り出されるのだ。自分とは違う、異質を嫌う習性。
みんなと同じが安心できるのだから、致し方あるまい。
『お主も、はみ出し者だな。分かる。分かるぞ。姿を見ずとも、気配でな。お主は、人の姿をした化け物だ。人の身の内に、尋常ならぬ力を宿している。その力を……鬱々と持て余しているのだ』
声の主は、クククと喉の奥で笑う。
『さぞ、生きにくかろうな』
「あぁ、生きにくい」
晴明は姿勢を崩し、巣穴の前に片肘をついて寝転がる。
「だから分かるぞ。お主、寂しいのであろう」
また、答えは無い。否定しないということは、是と受け取ってよさそうだ。
巣穴の奥から、カサカサと草を掻き分ける微かな音が近づいてくる。
体を起こし、地面に胡座を掻いた。
『なぁ……我の姿を見ても、バカにして笑わぬか?』
「笑うような出で立ちなのか?」
分からぬ……と呟く声は弱々しい。
『噛み付いたりせぬか?』
「人間が噛み付くか? 武器を持っていなくば、せいぜい石を投げるくらいだろう」
『では、石を投げるか?』
「まぁ……襲いかかってくれば、な」
有言実行するべく、手が届く範囲に転がる手頃な小石をいくつか拾う。
『襲わぬから、石を投げるな』
「分かった。石は投げない。約束しよう」
約束とは、契約だ。約束した以上、なにがあろうと石は投げない。
晴明は、黙って巣穴に視線を送る。
濃い瘴気を放つ元凶の存在。
(いったい、どんな姿をしているのやら……)
巣穴から、白く小さな前足が伸びる。
ノソノソと出てきたのは、蒼い瞳をしている白い毛並みをした小狐だった。
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