30 / 46
いつもの笑顔
しおりを挟む
新しく建てられた宮殿から出たアサギは、大きく伸びをしながら、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
(あーっ! やっと解放された~)
アサギにとって、クワシは少し苦手な部類に属しているかもしれない。
考え方が合わないとか、そういったことではなく、感覚的に合わないと思ってしまった。直感である。
これからのことを思えば、なにかと顔を合わせることも増えてくるに違いない。仲良く打ち解けることは難しいだろうけれど、波風が立たないくらいには、当たり障りのないお付き合いをしていくことにしよう。
離れすぎず、近すぎず。適度な距離を見極めるには、まだ少し時間が必要だ。
(ちょっと、気分転換してから帰りたいな……)
侍女に預けている鶯王のことも心配だし、真っ直ぐ屋敷へ戻らないといけないことも分かっている。分かっているが、理性に従いたくない気分だ。
「ねぇ、ちょっと遠回りして帰ってもいいかしら?」
お付きの侍女に問えば、笑みを持って頷き返してくれる。
「少しばかり遠回りされたとて、お后様を責める者は居りませんわ」
「そう? じゃあ、言葉に甘えさせてもらうわ」
侍女と微笑み合い、別の道へ進もうと進路を変える。すると、背後からアサギを呼び止める声が聞こえた。
(まさか、この声って……)
怪訝に思いながら振り向くと、走るような速さで歩いてくる大王の姿を捉えた。大王の後方から、お付きの従者が急いで追いかけてくる姿も見える。
「大王ってば、どうしたのかしら?」
クワシの姿が見えないということは、大王は一人で出てきたのだろう。
せっかく波風が立たないお付き合いをしようと心に決めたばかりなのに、あとからクワシに小言を言われないか、アサギは少し心配になった。
アサギの元へ向かってくる大王を知らんぷりして歩き出すことはできない。体の向きを変えて大王に向き直り、早歩きから小走りになった夫の到着を待った。
「アサギ! やっと追い付いた」
「どうなさったのです? そんなに慌てて……なにか急ぎの用ですか?」
大王は額にうっすらと汗を掻いている。
ヤマトではどうか分からないけれど、この地の現在の気候では、今の大王がまとっている衣装だと少しばかり暑いかもしれない。
「一刻でも早く、そなたと共に居たくて急ぎ参ったのだ」
「えっ! そんな理由で……。クワシ姫様を一人にされたのですか?」
「ちゃんと説明はしてきた。アレは后になるべく育てられた姫だ。その辺のことは、よく理解している」
(それは、そうかもしれないけど……)
そのように育てられたからといって、頭では理解を示しても、心はモヤモヤしているかもしれないではないか。
(女心ってもんを教えないといけないのかしら?)
アサギの懸念をよそに、大王はニカッと満面の笑みを浮かべる。
謁見の間では見せなかった、アサギと二人で居るときによく見せていた笑顔。この笑みを浮かべているときの大王に、アサギは弱いのだ。
もぅ……と諦め、大王に歩み寄る。
「少し、散歩をしてから帰ろうとしていたところなのです。ご一緒なさいますか?」
「ああ、いいな。一年振りの景色を楽しみながら帰るとしよう」
アサギは大王の従者が追い付いたことを確認し、では参りましょうか、と一同を促した。
(あーっ! やっと解放された~)
アサギにとって、クワシは少し苦手な部類に属しているかもしれない。
考え方が合わないとか、そういったことではなく、感覚的に合わないと思ってしまった。直感である。
これからのことを思えば、なにかと顔を合わせることも増えてくるに違いない。仲良く打ち解けることは難しいだろうけれど、波風が立たないくらいには、当たり障りのないお付き合いをしていくことにしよう。
離れすぎず、近すぎず。適度な距離を見極めるには、まだ少し時間が必要だ。
(ちょっと、気分転換してから帰りたいな……)
侍女に預けている鶯王のことも心配だし、真っ直ぐ屋敷へ戻らないといけないことも分かっている。分かっているが、理性に従いたくない気分だ。
「ねぇ、ちょっと遠回りして帰ってもいいかしら?」
お付きの侍女に問えば、笑みを持って頷き返してくれる。
「少しばかり遠回りされたとて、お后様を責める者は居りませんわ」
「そう? じゃあ、言葉に甘えさせてもらうわ」
侍女と微笑み合い、別の道へ進もうと進路を変える。すると、背後からアサギを呼び止める声が聞こえた。
(まさか、この声って……)
怪訝に思いながら振り向くと、走るような速さで歩いてくる大王の姿を捉えた。大王の後方から、お付きの従者が急いで追いかけてくる姿も見える。
「大王ってば、どうしたのかしら?」
クワシの姿が見えないということは、大王は一人で出てきたのだろう。
せっかく波風が立たないお付き合いをしようと心に決めたばかりなのに、あとからクワシに小言を言われないか、アサギは少し心配になった。
アサギの元へ向かってくる大王を知らんぷりして歩き出すことはできない。体の向きを変えて大王に向き直り、早歩きから小走りになった夫の到着を待った。
「アサギ! やっと追い付いた」
「どうなさったのです? そんなに慌てて……なにか急ぎの用ですか?」
大王は額にうっすらと汗を掻いている。
ヤマトではどうか分からないけれど、この地の現在の気候では、今の大王がまとっている衣装だと少しばかり暑いかもしれない。
「一刻でも早く、そなたと共に居たくて急ぎ参ったのだ」
「えっ! そんな理由で……。クワシ姫様を一人にされたのですか?」
「ちゃんと説明はしてきた。アレは后になるべく育てられた姫だ。その辺のことは、よく理解している」
(それは、そうかもしれないけど……)
そのように育てられたからといって、頭では理解を示しても、心はモヤモヤしているかもしれないではないか。
(女心ってもんを教えないといけないのかしら?)
アサギの懸念をよそに、大王はニカッと満面の笑みを浮かべる。
謁見の間では見せなかった、アサギと二人で居るときによく見せていた笑顔。この笑みを浮かべているときの大王に、アサギは弱いのだ。
もぅ……と諦め、大王に歩み寄る。
「少し、散歩をしてから帰ろうとしていたところなのです。ご一緒なさいますか?」
「ああ、いいな。一年振りの景色を楽しみながら帰るとしよう」
アサギは大王の従者が追い付いたことを確認し、では参りましょうか、と一同を促した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】彼女を妃にした理由
つくも茄子
恋愛
ファブラ王国の若き王が結婚する。
相手はカルーニャ王国のエルビラ王女。
そのエルビラ王女(王妃)付きの侍女「ニラ」は、実は王女の異母姉。本当の名前は「ペトロニラ」。庶子の王女でありながら母親の出自が低いこと、またペトロニラの容貌が他の姉妹に比べて劣っていたことで自国では蔑ろにされてきた。今回も何らかの意図があって異母妹に侍女として付き従ってきていた。
王妃付きの侍女長が彼女に告げる。
「幼い王女様に代わって、王の夜伽をせよ」と。
拒むことは許されない。
かくして「ニラ」は、ファブラ王国で王の夜伽をすることとなった。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる