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《第1章》 仔猫と湖
ガラティア城 3☆
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彼は寝台までエリーを追いたてると、エリーをつきとばして背中からベッドに倒した。
腰に挿していた短剣をすらりと抜く。エリーの頬すれすれの位置で、彼は枕にざくりと短剣を突きたてた。裂けた枕から白い羽毛があたりに舞い散る。
名乗らなくても分かった。当主然としたその振る舞い、戦上手の戦略家らしい不意打ちの作法。彼こそがクロード・ディーリアで、明日からの彼女の夫となる人だった。
その彼が、鼻先まで顔を近づけて彼女の瞳を覗きこんでいる。
「いい度胸だな。小娘が、到着そうそうに内偵か。首を落とされても文句は言えまい」
「ごめんなさい。水が……水が飲みたかっただけなの」
「本当かな」
声は愉快そうだったが、瞳の奥には蒼白い炎が燃えていて、まったく笑っていなかった。
クロードは貴族的な端正な顔立ちをしていた。栗色と緑が混ざった虹彩の瞳は、目尻がわずかに下がっていて優美な印象をあたえていた。ととのった鼻筋に、形のよい薄い唇。ノーアほど骨太の体格ではないが、彫像のようにしなやかな筋肉がついている機敏そうな体だった。
ただ一つ、エリーが今まで会ってきた貴族たちと決定的に違うのは、その凄艶な美しさだった。目があうと、引きこまれて心の自由を奪われてしまいそうだ。
――この人がわたしの夫。
彼の凄みのある色気を眼前にして、エリーは恥じいって目を伏せた。そんな彼女を、クロードは無遠慮に眺めまわす。
「まだ子供じゃないか。小枝のようだ。青りんごよりも熟してない。そんな子供が嫁いできて密偵の真似事か。兄上もメッシーアもよほど人材に困っているとみえる」
「違う」故郷を嘲られたことが悔しくて、エリーは反駁を試みた。
「なにが違う」
「わたしは密偵なんかじゃありません。わたし自身は、王からも父からも何も命じられていない。誤解をまねくような動きをしたことは、謝ります。ただ、一週間も知らない者とずっと旅してきて、一人になりたかっただけなの」
それは事実だった。しかし、ジャンヌや護衛の騎士たちにガラティア城を探るという密命があることは、すでにエリーも承知している。共犯であることは変わりなく、苦しい言い訳だった。
「なるほど。それなりに筋道を立てて囀る。……しかし、お前はメッシーアの公爵令嬢だろう。なぜ自領の供の者もつけずに来た」
「王都の者で周りを揃えるのが輿入れの条件だと、父様が言っていたわ」
「メッシーア公爵は、確か……あぁ、そうか」
クロードはなにかに思いいたったのか、得心したように含み笑いをした。枕に刺さった短剣を抜いて、鋭い白刃をエリーの頬にひたりとあてた。
「それで、花嫁殿はここで自分が歓迎されると思っているわけか。望まれて嫁いだと」
暗に、彼はエリーを不要だと言っていた。
「いいえ。でも、せめて優しく接していただければいいと思ってきました」
「殊勝な心がけだな。しかし、『優しく』の意味は知っているのか。そんな子供で」
「子供って繰りかえさないでくれます? ご存じのとおり一三歳ですけれど、きちんと躾は受けてきたつもりです」
「そういうことを言っているんじゃない」
言うなり、クロードの顔がおりてきてエリーの顔にかさなった。唇が押しつけられ、無理やりに歯冽が割られたかと思うと、舌と唾液が強引にねじこまれる。
急なことに呼吸さえ忘れたエリーは、彼が夫だということも忘れ無我夢中で抵抗をこころみた。
知識だけは、今回の結婚が決まったときに乳母から教えられている。ただ、実感としては何も知らないに等しかった。
彼はエリーの身体の上へおもむろにのしかかってきた。見知らぬ人の体温、感触、重みにエリーはゾッとする。彼の男らしい体つきや筋肉の硬さが、恐怖でしかなかった。
純白の夜着のゆったりとした襟ぐりから彼の手が侵入したときには、たまらずに声をあげてしまった。
素肌を、今出会ったばかりの男がわが物顔に暴きたて、胸の膨らみを確かめるように掴みあげてくる。彼の指先が乳頭を苛むようにつねりあげたとき、エリーは大きく身動きして足を振りあげた。
クロードは敏捷に反応し、エリーの足首を難なく捕らえた。壁にかかった燭台の灯りに、彼の瞳が野蛮に輝いていた。彼女を喰らうべき獲物と定めたようだった。
下腹部に置かれた彼の手が下へ下へと動くたび、エリーは自分のなかに未知の感覚が生みだされようとするのを感じていた。
怖れと快楽のとば口でエリーは凍りつく。気がつけば、黒く大きな瞳からはほろほろと涙があふれ出してきていた。
「……やめてください。怖いの。それ以上やめて。せめて婚礼が終わってからに…」
「俺はお前を必要としていない。一片の興味も持っていない」
急にクロードは醒めたよう蹂躙の手をとめた。
やがてゆっくりとエリーから身を離して解放する。つい今しがたの狂熱が嘘であるかのように、服の乱れをなおし無関心そうにエリーを見下ろした。
「政治上のゴタゴタで、この婚礼を引きうけた。今日の式は挙げる。お前が今後この城で滞在することや、衣食住も保障する。勝手に生きるがいい。ただし、それ以外は一切期待するな」
それだけ言い残すと、クロードはさっと立ち上がって部屋から出ていった。
乱れたシーツのなかに半裸でとり残されたエリーは、羞恥と屈辱と絶望になすすべもなく両手で顔をおおった。
腰に挿していた短剣をすらりと抜く。エリーの頬すれすれの位置で、彼は枕にざくりと短剣を突きたてた。裂けた枕から白い羽毛があたりに舞い散る。
名乗らなくても分かった。当主然としたその振る舞い、戦上手の戦略家らしい不意打ちの作法。彼こそがクロード・ディーリアで、明日からの彼女の夫となる人だった。
その彼が、鼻先まで顔を近づけて彼女の瞳を覗きこんでいる。
「いい度胸だな。小娘が、到着そうそうに内偵か。首を落とされても文句は言えまい」
「ごめんなさい。水が……水が飲みたかっただけなの」
「本当かな」
声は愉快そうだったが、瞳の奥には蒼白い炎が燃えていて、まったく笑っていなかった。
クロードは貴族的な端正な顔立ちをしていた。栗色と緑が混ざった虹彩の瞳は、目尻がわずかに下がっていて優美な印象をあたえていた。ととのった鼻筋に、形のよい薄い唇。ノーアほど骨太の体格ではないが、彫像のようにしなやかな筋肉がついている機敏そうな体だった。
ただ一つ、エリーが今まで会ってきた貴族たちと決定的に違うのは、その凄艶な美しさだった。目があうと、引きこまれて心の自由を奪われてしまいそうだ。
――この人がわたしの夫。
彼の凄みのある色気を眼前にして、エリーは恥じいって目を伏せた。そんな彼女を、クロードは無遠慮に眺めまわす。
「まだ子供じゃないか。小枝のようだ。青りんごよりも熟してない。そんな子供が嫁いできて密偵の真似事か。兄上もメッシーアもよほど人材に困っているとみえる」
「違う」故郷を嘲られたことが悔しくて、エリーは反駁を試みた。
「なにが違う」
「わたしは密偵なんかじゃありません。わたし自身は、王からも父からも何も命じられていない。誤解をまねくような動きをしたことは、謝ります。ただ、一週間も知らない者とずっと旅してきて、一人になりたかっただけなの」
それは事実だった。しかし、ジャンヌや護衛の騎士たちにガラティア城を探るという密命があることは、すでにエリーも承知している。共犯であることは変わりなく、苦しい言い訳だった。
「なるほど。それなりに筋道を立てて囀る。……しかし、お前はメッシーアの公爵令嬢だろう。なぜ自領の供の者もつけずに来た」
「王都の者で周りを揃えるのが輿入れの条件だと、父様が言っていたわ」
「メッシーア公爵は、確か……あぁ、そうか」
クロードはなにかに思いいたったのか、得心したように含み笑いをした。枕に刺さった短剣を抜いて、鋭い白刃をエリーの頬にひたりとあてた。
「それで、花嫁殿はここで自分が歓迎されると思っているわけか。望まれて嫁いだと」
暗に、彼はエリーを不要だと言っていた。
「いいえ。でも、せめて優しく接していただければいいと思ってきました」
「殊勝な心がけだな。しかし、『優しく』の意味は知っているのか。そんな子供で」
「子供って繰りかえさないでくれます? ご存じのとおり一三歳ですけれど、きちんと躾は受けてきたつもりです」
「そういうことを言っているんじゃない」
言うなり、クロードの顔がおりてきてエリーの顔にかさなった。唇が押しつけられ、無理やりに歯冽が割られたかと思うと、舌と唾液が強引にねじこまれる。
急なことに呼吸さえ忘れたエリーは、彼が夫だということも忘れ無我夢中で抵抗をこころみた。
知識だけは、今回の結婚が決まったときに乳母から教えられている。ただ、実感としては何も知らないに等しかった。
彼はエリーの身体の上へおもむろにのしかかってきた。見知らぬ人の体温、感触、重みにエリーはゾッとする。彼の男らしい体つきや筋肉の硬さが、恐怖でしかなかった。
純白の夜着のゆったりとした襟ぐりから彼の手が侵入したときには、たまらずに声をあげてしまった。
素肌を、今出会ったばかりの男がわが物顔に暴きたて、胸の膨らみを確かめるように掴みあげてくる。彼の指先が乳頭を苛むようにつねりあげたとき、エリーは大きく身動きして足を振りあげた。
クロードは敏捷に反応し、エリーの足首を難なく捕らえた。壁にかかった燭台の灯りに、彼の瞳が野蛮に輝いていた。彼女を喰らうべき獲物と定めたようだった。
下腹部に置かれた彼の手が下へ下へと動くたび、エリーは自分のなかに未知の感覚が生みだされようとするのを感じていた。
怖れと快楽のとば口でエリーは凍りつく。気がつけば、黒く大きな瞳からはほろほろと涙があふれ出してきていた。
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それだけ言い残すと、クロードはさっと立ち上がって部屋から出ていった。
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