上 下
176 / 192
《第10章》 天国の門

真珠のピアス

しおりを挟む
 慌てて飛豪も立ちあがって、彼女の腕をつかんで引き留めた。

「ちょっ、瞳子……待てって‼」

 情緒のなさすぎる感想をさすがに悪いと思ったのか、機嫌をとるような必死の猫なで声で言ってくる。

「ごめん。俺は、瞳子が出てるのはちゃんと観るよ? でも、今まで全然縁がなかったから、距離があるっていうか……」

 仏頂面で尖らせた彼女の唇の下を、飛豪はそっと撫ぜあげた。

 顔が下りてきて、キスがはじまる。両頬が手のひらで包まれ、唇をわって彼の舌先が挿しこまれる。

 いやらしく響く唾液の音や、まとわりついてくる彼の厚みのある舌の感触に、瞳子の下半身は敏感に湿りはじめる。気がつくと片手が耳たぶに移動していて、やわやわと揉みこまれる。行為を暗示しているかのようだった。

「んッ…やぁ……ふ……」

 このままなし崩しに始まるのは嫌だと、彼の体を両手で押し戻す。濡れた唇を、ぐいと手の甲でぬぐった。

「キスで誤魔化した」

「誤魔化してない。今のは単に、昼間のパジャマ姿が可愛かったから。……まだ体温高めだから、午後も寝てな」

 飛豪はもう一度踏みこんで額にキスをすると、のしのしと去っていった。

 ――くっそう。小学生男子みたいな感想しか言えないくせに、大人ぶって……。あ、藤原さんの容体聞きそびれた。

 その夜、夕飯ができたと呼ばれて瞳子がダイニングの席につくと、カトラリーのそばに五センチ四方のベルベットの小箱が置かれていた。

「飛豪さん、どうしたの、これ?」

「風邪ひいて拗ねてる人に、クリスマスプレゼント」

「え? なんで? プレゼント交換はわたしが社会人になるまでしないって、この前話したのに……」

「ま、そうなんだけどさ。今回は特別。開けてみて。見れば分かるから」

 瞳子は戸惑いを隠しきれないまま、その箱を手にとった。

 一応現代を生きる二〇代女性なのだ。中を見ずともアクセサリーなのは分かる。問題は、どんなアクセサリーかだ。箱の色から、先日の指環とは別のメーカーであることだけは分かった。

 バネ式の小箱が重々しい感触で開かれると、あらわれたのは一対の真珠のピアスだった。

 オーソドックスな白色のパールだが、淡い桜色がほんのりと上品に輪郭を彩っている。直径は、小指の爪先に少したりない程度。小粒だが、照明を反射するときに光をはじく。

「えっと……この前、ピアスホールお願いしちゃったからですか?」

 おねだりする意図はなかった。弁解のために、瞳子は慎重に言葉をえらんだ。

「直接のきっかけはあの日だったけど、君は俺にとって天国の門だから。良い機会だし、身につけてくれると嬉しいなって」

 曰く、天国の門とは聖書の一節だという。「神様のいる都の門が真珠でできている」という箇所から、真珠を選んだらしい。彼は母親がカトリックなので洗礼は受けていないものの、聖書の知識はあるそうだ。

「俺にとって過去一〇年分とこっから先の人生、君に救われたと思ってる。だから、門番ゲートキーパーにワイロを渡しておこっかなって思った」

「それで真珠なんですね」

「あと、真珠は有機物だから俺にとっては石よりも格上なんだ。資本主義社会では、ダイヤが最強なのも分かってるけど。下手にギラついた石プレゼントして家に仕舞っておかれるよりは、使ってほしい」

「つけます。毎日つけます。ワイロ万歳!」

 機嫌が上向き、くすりと笑った瞳子は、先日のファーストピアスを外して真珠のピアスをつけた。

「似合ってます?」

 髪をかきわけて耳朶を見せると、飛豪は大袈裟に安堵してみせた。

「うん。いい感じ。……良かった、やっと笑ってくれた。もう、クリスマスにケンカとか辛い。本当はさっきのタイミングで渡したかったけど、キスで誤魔化した上に物で釣ったとか言われそうだったし」

「んー、けど、わたしが物で懐柔されたってことには変わりなくって……ところで、飛豪さん。前に新宿のホテルに泊まったとき、聖書読んでませんでした? ゴールデンウィーク前にウナギご馳走してもらった夜……もう相当前だから、覚えてないかな」

 聖書といえば。連鎖的に、半年前の記憶がよみがえってきた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

【完結】もう二度と離さない~元カレ御曹司は再会した彼女を溺愛したい

魚谷
恋愛
フリーライターをしている島原由季(しまばらゆき)は取材先の企業で、司馬彰(しばあきら)と再会を果たす。彰とは高校三年の時に付き合い、とある理由で別れていた。 久しぶりの再会に由季は胸の高鳴りを、そして彰は執着を見せ、二人は別れていた時間を取り戻すように少しずつ心と体を通わせていく…。 R18シーンには※をつけます 作家になろうでも連載しております

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

クールな御曹司の溺愛ペットになりました

あさの紅茶
恋愛
旧題:クールな御曹司の溺愛ペット やばい、やばい、やばい。 非常にやばい。 片山千咲(22) 大学を卒業後、未だ就職決まらず。 「もー、夏菜の会社で雇ってよぉ」 親友の夏菜に泣きつくも、呆れられるばかり。 なのに……。 「就職先が決まらないらしいな。だったら俺の手伝いをしないか?」 塚本一成(27) 夏菜のお兄さんからのまさかの打診。 高校生の時、一成さんに告白して玉砕している私。 いや、それはちょっと……と遠慮していたんだけど、親からのプレッシャーに負けて働くことに。 とっくに気持ちの整理はできているはずだったのに、一成さんの大人の魅力にあてられてドキドキが止まらない……。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

処理中です...