青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第9章》 オデュッセウスの帰還

お見舞い2

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 言葉だけで悔悟かいごしても意味はない。分かってはいても、彼は後悔に膨れあがった言葉を繰りかえすしかできなかった。

「俺が悪かったんだ。本当に、あの夜だけは自分でも抑えきれなかった……」

 藤原は、この一〇年間の彼のすべてを知っている人間だった。

 最初に事情を知った美芳メイファンから聞かされてではない。飛豪自身が一〇年前のある日――事故から数か月たったときに――に電話をかけてきた。「オッサン、俺この前、人間二人殺しちゃってさ。その影響で、頭のなかイカレちゃったんだけど、どうしたらいい?」と。

 仕事で人間を傷つけることもしてきた藤原に助けを求めてきたのだ。この若造のことなら、赤子のころから知っている。なんなら、離乳食を作ってやったこともある。知っているからこそ、時に同情し、後始末に手を貸し、叱責し、そしてとにかく気にかけてきた。

 ――叱ってもらいたいんだな、誰かに。

 藤原はその心情を読んだ。こいつを殴って説教できる人間は、もう数少ない。

 気が弱くなっているところに、叱咤されることで踏ん切りをつけたいのだろう。しかし藤原は、飛豪が望む言葉をかけなかった。

「話……を聞いて、もらいたかったら、ドレス、の姉ちゃんたち…がはべってくれる店か、教、会…に…でも行けや」

「ちっ。病人のくせに、クソ意地が悪いな」

「お…前、安直なんだ…ッよ。坊ちゃんは…、この先、罪悪、感……背負って、くんだ…」

「だから、そのつもりだよ。藤原さんには、俺の口できちんと言いたかった」

「みんな、自分の…ツ、ケを支払って、生きて…く……ゴボっ…」

 言い終えた途端に、激しく咳きこみはじめた藤原の背に、彼は気づかうように手を添えた。瞳子の前ではそれなりに取り繕ったようだが、もう、体を動かすどころか排泄まで思うようにならないと聞いている。

 藤原を落ちつかせるために、しばし間をおく。飛豪は彼を安心させるため、より深く事情を伝えることにした。

「あの子と二週間前にやりあってから、頭痛や、意識にずっとこびりついていた凶暴なヤツが鳴りをひそめた。ただ、瞳子はもっと鋭いこと言ってきたよ。鎮静剤は今後ずっと手元に置いておけって。あとは、もう一度医者なりカウンセラーなりに定期的にかかれって」

 在宅勤務をしていたあいだ、彼女とは必然的に過ごす時間が長くなった。

 一〇年前の事件とその後の経緯については、何度も話しあった。もう隠しだてはなく、治療についても自分の後ろめたい行為についても飛豪はすべて打ちあけ、瞳子は真剣に話を聞いていた。

「わたしは怪我をして、リハビリをしてもプロのバレリーナになることは無理だって分かったときに、過食症になりました」

 彼女は、過去の経験を辛そうに絞りだすようにして語った。

 ファストフードやスナック菓子、コーラやジュース、ケーキやチョコレート。踊っていた時期には体重管理のために避けていたものをひたすら食べつづけた。食べては吐きを繰りかえしたという。
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