青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第8章》 叛逆のデスデモーナ

九月一三日、夜

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 頭痛が終わらない。九月一三日の夜、飛豪はこめかみをさすりながら食卓についた。

 自室とオフィスの抽斗ひきだしに頭痛薬のシートを常備しているが、帰国してからはハイペースで消費している。なのに効いたり効かなかったり、根治されることがない。

 頭の血管が針金となって、脳を締めつけてくる。

 心象風景が黒い霧で覆われ、キリキリとした疼痛が常時、眠っているあいだも続いている。労働に支障をきたすほどではないが、日々の生活には充分にダメージを与えられている。

 特にこの、ルームメイトなのだか恋人なのだか、その他なのだか最近定義がきわめて曖昧になっている年下の女子大生と一緒にいると、痛みが増す気がする。

 夕飯時、水菜のサラダを味わっている瞳子を、飛豪は憂鬱そうにちらと眺めた。

 ここ数日の彼女は、彼をそっとしておいてくれない。距離をおいたところから物問いたげにこちらの気配を窺っている。時に心配げに表情をくもらせ、時に呆れてしまうほど稚拙に誘いかけてきて、近づいてくる。すべて彼自身のためだ。

 ――悪いとは思ってる。けど、もうちょい……あと少し痛みがひいて水位が下がるまでは耐えないと。

 直観として、彼女を欲望のままに抱けば、すべてが解決するのは分かっていた。

 だが今回の欲求は、今までと比較にならないくらい強く激しい。

 そんな時に彼女に手を伸ばしたら、自制がまったくきかずに傷つけてしまう。どころか、本当に殺してしまいかねない。なにせまだ、彼女の後ろにロミオの――サーシャの――残像がちらちらと浮かぶのだ。だからこそ必死になって彼女を避けていた。

 あの日から脳裏で鳴り響いている秒針は、今日も滞りなく飛豪の心を切り刻んでいた。

 食後、彼が二人分の食器を片づけている隣で、瞳子は梨をむいていた。

「そういや飛豪さん、明日ってどんな感じですか? 帰宅時間とか」

「いつも通り八時過ぎだけど。なんか予定あったりした?」

「もうすぐ中秋の名月だから、夜お月見を一緒にしたいなって思ってて。天気予報によると、本当の満月の夜は雨みたいだから」

「中秋の名月って……あぁ、中秋節か。いいな、それ。となると、月餅が欲しくなる」

 飛豪はつい、本家のある台湾式でそのイベントを思い出していた。

「そっか! お団子じゃなくて台湾は月餅食べるんですね。あれ、すっごく甘いイメージあるんですけど」

「だから俺的には、ブラックコーヒーと食べるのが定番」

「明日買い物行くとき、月餅見つけたら買っておくね」

 月餅のなにがそんなに嬉しいのか、彼女は楽しげに笑いかけてきた。

 睫毛が長く重たげで、左右非対称の顔だちは一見してアンニュイな印象だが、全開で微笑むと鼻のあたりに皺がよってキュートなファニーフェイスになる。

 あぁ、今日は波風を立てずに一日を終えられそうだ。だがその笑顔の効果も、視界に同時に視界に入ってきたアイスブルーのトップスによって水をさされた。
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