119 / 192
《第7章》 元カレは、王子様
渋谷のカフェで2
しおりを挟む
今回のインターンが採用に直結するとは、瞳子も考えていない。
応募したい業種をしぼったり、業界の雰囲気や適性を確かめるのが目的だ。採用へのルートや人脈は、おまけで付いてくればいい、という程度だった。
翌週の火曜日からは、プラント・エンジニアリングに強い専門商社でのインターンの予定が入っていた。
こちらは二日間の日程だし、会社説明と営業のケーススタディ、という点では似通っている。商社ならではで、スケジュール中に海外の社員とウェブでつないで駐在地の紹介がされる、という時間がとられているのが瞳子にとっては魅力だった。
同級生のなかには、夏休みだけで五社以上もインターンを決めた子もいるので正直焦りはある。ただ、いずれにせよ必須となってくるエントリーシートやSPIなどの試験準備に、まずは集中したかった。
外資系をメインで受けるつもりなので、英語面接の想定Q&Aも作らなければいけない。なにしろ、一〇月には選考がはじまるのだ。二か月間の夏休みといえど、あまり余裕があるわけではなかった。
それよりも、彼のことだ。
「他になにか言ってました?」と訊くと、ヒガチカは「とりたてては」と答える。
「私とは、基本的に業務関係だけです。瞳子ちゃんたち、メールでどんな会話してるんですか?」
「わたし……元々、必要最小限しかメッセージ送んないんです。飛豪さんも用件だけの人なんですけど。最初は、フライト無事ついたとか、インターンの感想送りあってたんですけど、だんだん億劫になってきて、今、お互いに食べた物の写真だけ送りあって、生存確認してます」
「え、そこにコメントとか説明はないの?」
スミレが口をはさむ。
「ないです。パスタソースのパッケージ写真だけ送ったり、飛豪さんも省エネしてて、よく分からないチリかペルー料理の写真だけ送ってきます」
「”Te amo.(テ・アーモ)”とか”Te quiero.(テ・キエロ)”みたいな『大好きだよ』メールは? 寝る前に言ってこないの?」
スミレが好奇心を隠さずに訊いてくる。瞳子はきょとんとした顔になり、すぐさま「ないですって」と、きゃらきゃら笑った。
彼が「大好きだよ」と言ってくるなんて、そんなの絶対あり得ない。
――セフレに「愛してる」とか、言う必要ないもん。わたしたちはー♪ セックスとーお金をー交換してるだけの関係ー♪ ルルルー♪
手元のアイスティーにアルコールは一滴も入っていないはずなのに、なぜか気分が上がってくる。自分だけが真相を知っているからだろうか。しかしお姉さまたちは、どことなく不服げだ。
「だって付き合ってるんじゃないの? だからあの人は瞳子ちゃんのこと気にかけてるんでしょ。思ってたより淡白だなぁ。実は瞳子ちゃんが隠れ蓑で、本気で高瀬と不倫BL出張してたら、面白いかも……」
「スミレちゃんッ!」ヒガチカが諫めにかかる。「ごめんね。スミレちゃん、いつもはもうちょいマトモなんですけど、今日、松濤の苦手なお客様のところ行ってたから、まぁまぁグロッキーなんです」
「客先訪問だったんですね。いいなぁ、社会人。格好いい」
瞳子がぽつりと不安に似た羨望をもらした。
「インターン、上手くいかなかったんですか?」
「そうじゃないんです。でも、どこの会社もすごく倍率高くて、本当に内定とれるか心配で。わたし、両親も他界してて、いま、経済的にも飛豪さんにお世話になってるから、就活でいいとこ決めて自立したいんです」
瞳子が俯き加減にぽつりぽつりと自分の事情を吐露すると、スミレはうんうんと頷いた。
「分かるよ。好き勝手やって言いたい放題言えるようになるために、お金稼ぐのは大事。正直、チカの会社の仕上がりのいい男たち――飛豪くんとか高瀬ね――って、ウルトラ級の専門職だから収入高いでしょ。瞳子ちゃんがいつか結婚するつもりであの人と付きあってるなら、お姉さんとしては『就活無理しないでいいんじゃない?』って言ってあげたくなるけど、人生いつ何があるか分かんないじゃん! 普通に別れることもあるし、結婚して専業主婦になっても、ある日突然、飛豪くんが暴力ふるってきたりしたら逃げなきゃいけなくなるし」
DV男から逃げだすのは、シェルターとか引っ越しとかでお金かかるのよね、と、なんの気なしに呟いているスミレを前にして、瞳子は背筋にうすら寒いものを感じた。
応募したい業種をしぼったり、業界の雰囲気や適性を確かめるのが目的だ。採用へのルートや人脈は、おまけで付いてくればいい、という程度だった。
翌週の火曜日からは、プラント・エンジニアリングに強い専門商社でのインターンの予定が入っていた。
こちらは二日間の日程だし、会社説明と営業のケーススタディ、という点では似通っている。商社ならではで、スケジュール中に海外の社員とウェブでつないで駐在地の紹介がされる、という時間がとられているのが瞳子にとっては魅力だった。
同級生のなかには、夏休みだけで五社以上もインターンを決めた子もいるので正直焦りはある。ただ、いずれにせよ必須となってくるエントリーシートやSPIなどの試験準備に、まずは集中したかった。
外資系をメインで受けるつもりなので、英語面接の想定Q&Aも作らなければいけない。なにしろ、一〇月には選考がはじまるのだ。二か月間の夏休みといえど、あまり余裕があるわけではなかった。
それよりも、彼のことだ。
「他になにか言ってました?」と訊くと、ヒガチカは「とりたてては」と答える。
「私とは、基本的に業務関係だけです。瞳子ちゃんたち、メールでどんな会話してるんですか?」
「わたし……元々、必要最小限しかメッセージ送んないんです。飛豪さんも用件だけの人なんですけど。最初は、フライト無事ついたとか、インターンの感想送りあってたんですけど、だんだん億劫になってきて、今、お互いに食べた物の写真だけ送りあって、生存確認してます」
「え、そこにコメントとか説明はないの?」
スミレが口をはさむ。
「ないです。パスタソースのパッケージ写真だけ送ったり、飛豪さんも省エネしてて、よく分からないチリかペルー料理の写真だけ送ってきます」
「”Te amo.(テ・アーモ)”とか”Te quiero.(テ・キエロ)”みたいな『大好きだよ』メールは? 寝る前に言ってこないの?」
スミレが好奇心を隠さずに訊いてくる。瞳子はきょとんとした顔になり、すぐさま「ないですって」と、きゃらきゃら笑った。
彼が「大好きだよ」と言ってくるなんて、そんなの絶対あり得ない。
――セフレに「愛してる」とか、言う必要ないもん。わたしたちはー♪ セックスとーお金をー交換してるだけの関係ー♪ ルルルー♪
手元のアイスティーにアルコールは一滴も入っていないはずなのに、なぜか気分が上がってくる。自分だけが真相を知っているからだろうか。しかしお姉さまたちは、どことなく不服げだ。
「だって付き合ってるんじゃないの? だからあの人は瞳子ちゃんのこと気にかけてるんでしょ。思ってたより淡白だなぁ。実は瞳子ちゃんが隠れ蓑で、本気で高瀬と不倫BL出張してたら、面白いかも……」
「スミレちゃんッ!」ヒガチカが諫めにかかる。「ごめんね。スミレちゃん、いつもはもうちょいマトモなんですけど、今日、松濤の苦手なお客様のところ行ってたから、まぁまぁグロッキーなんです」
「客先訪問だったんですね。いいなぁ、社会人。格好いい」
瞳子がぽつりと不安に似た羨望をもらした。
「インターン、上手くいかなかったんですか?」
「そうじゃないんです。でも、どこの会社もすごく倍率高くて、本当に内定とれるか心配で。わたし、両親も他界してて、いま、経済的にも飛豪さんにお世話になってるから、就活でいいとこ決めて自立したいんです」
瞳子が俯き加減にぽつりぽつりと自分の事情を吐露すると、スミレはうんうんと頷いた。
「分かるよ。好き勝手やって言いたい放題言えるようになるために、お金稼ぐのは大事。正直、チカの会社の仕上がりのいい男たち――飛豪くんとか高瀬ね――って、ウルトラ級の専門職だから収入高いでしょ。瞳子ちゃんがいつか結婚するつもりであの人と付きあってるなら、お姉さんとしては『就活無理しないでいいんじゃない?』って言ってあげたくなるけど、人生いつ何があるか分かんないじゃん! 普通に別れることもあるし、結婚して専業主婦になっても、ある日突然、飛豪くんが暴力ふるってきたりしたら逃げなきゃいけなくなるし」
DV男から逃げだすのは、シェルターとか引っ越しとかでお金かかるのよね、と、なんの気なしに呟いているスミレを前にして、瞳子は背筋にうすら寒いものを感じた。
1
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~
蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。
なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?!
アイドル顔負けのルックス
庶務課 蜂谷あすか(24)
×
社内人気NO.1のイケメンエリート
企画部エース 天野翔(31)
「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」
女子社員から妬まれるのは面倒。
イケメンには関わりたくないのに。
「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」
イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって
人を思いやれる優しい人。
そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。
「私、…役に立ちました?」
それなら…もっと……。
「褒めて下さい」
もっともっと、彼に認められたい。
「もっと、褒めて下さ…っん!」
首の後ろを掬いあげられるように掴まれて
重ねた唇は煙草の匂いがした。
「なぁ。褒めて欲しい?」
それは甘いキスの誘惑…。
タイプではありませんが
雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。
顔もいい、性格もいい星野。
だけど楓は断る。
「タイプじゃない」と。
「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」
懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。
星野の3カ月間の恋愛アピールに。
好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。
※体の関係は10章以降になります。
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした
日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。
若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。
40歳までには結婚したい!
婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。
今更あいつに口説かれても……
とろける程の甘美な溺愛に心乱されて~契約結婚でつむぐ本当の愛~
けいこ
恋愛
「絶対に後悔させない。今夜だけは俺に全てを委ねて」
燃えるような一夜に、私は、身も心も蕩けてしまった。
だけど、大学を卒業した記念に『最後の思い出』を作ろうなんて、あなたにとって、相手は誰でも良かったんだよね?
私には、大好きな人との最初で最後の一夜だったのに…
そして、あなたは海の向こうへと旅立った。
それから3年の時が過ぎ、私は再びあなたに出会う。
忘れたくても忘れられなかった人と。
持ちかけられた契約結婚に戸惑いながらも、私はあなたにどんどん甘やかされてゆく…
姉や友人とぶつかりながらも、本当の愛がどこにあるのかを見つけたいと願う。
自分に全く自信の無いこんな私にも、幸せは待っていてくれますか?
ホテル リベルテ 鳳条グループ 御曹司
鳳条 龍聖 25歳
×
外車販売「AYAI」受付
桜木 琴音 25歳
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる