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《第7章》 元カレは、王子様

渋谷のカフェで2

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 今回のインターンが採用に直結するとは、瞳子も考えていない。

 応募したい業種をしぼったり、業界の雰囲気や適性を確かめるのが目的だ。採用へのルートや人脈は、おまけで付いてくればいい、という程度だった。

 翌週の火曜日からは、プラント・エンジニアリングに強い専門商社でのインターンの予定が入っていた。

 こちらは二日間の日程だし、会社説明と営業のケーススタディ、という点では似通っている。商社ならではで、スケジュール中に海外の社員とウェブでつないで駐在地の紹介がされる、という時間がとられているのが瞳子にとっては魅力だった。

 同級生のなかには、夏休みだけで五社以上もインターンを決めた子もいるので正直焦りはある。ただ、いずれにせよ必須となってくるエントリーシートやSPIなどの試験準備に、まずは集中したかった。

 外資系をメインで受けるつもりなので、英語面接の想定Q&Aも作らなければいけない。なにしろ、一〇月には選考がはじまるのだ。二か月間の夏休みといえど、あまり余裕があるわけではなかった。

 それよりも、彼のことだ。

「他になにか言ってました?」と訊くと、ヒガチカは「とりたてては」と答える。

「私とは、基本的に業務関係だけです。瞳子ちゃんたち、メールでどんな会話してるんですか?」

「わたし……元々、必要最小限しかメッセージ送んないんです。飛豪さんも用件だけの人なんですけど。最初は、フライト無事ついたとか、インターンの感想送りあってたんですけど、だんだん億劫おっくうになってきて、今、お互いに食べた物の写真だけ送りあって、生存確認してます」

「え、そこにコメントとか説明はないの?」

 スミレが口をはさむ。

「ないです。パスタソースのパッケージ写真だけ送ったり、飛豪さんも省エネしてて、よく分からないチリかペルー料理の写真だけ送ってきます」

「”Te amo.(テ・アーモ)”とか”Te quiero.(テ・キエロ)”みたいな『大好きだよ』メールは? 寝る前に言ってこないの?」

 スミレが好奇心を隠さずに訊いてくる。瞳子はきょとんとした顔になり、すぐさま「ないですって」と、きゃらきゃら笑った。

 彼が「大好きだよ」と言ってくるなんて、そんなの絶対あり得ない。

 ――セフレに「愛してる」とか、言う必要ないもん。わたしたちはー♪ セックスとーお金をー交換してるだけの関係ー♪ ルルルー♪

 手元のアイスティーにアルコールは一滴も入っていないはずなのに、なぜか気分が上がってくる。自分だけが真相を知っているからだろうか。しかしお姉さまたちは、どことなく不服げだ。

「だって付き合ってるんじゃないの? だからあの人は瞳子ちゃんのこと気にかけてるんでしょ。思ってたより淡白だなぁ。実は瞳子ちゃんが隠れみので、本気で高瀬と不倫BL出張してたら、面白いかも……」

「スミレちゃんッ!」ヒガチカがいさめにかかる。「ごめんね。スミレちゃん、いつもはもうちょいマトモなんですけど、今日、松濤しょうとうの苦手なお客様のところ行ってたから、まぁまぁグロッキーなんです」

「客先訪問だったんですね。いいなぁ、社会人。格好いい」

 瞳子がぽつりと不安に似た羨望をもらした。

「インターン、上手くいかなかったんですか?」

「そうじゃないんです。でも、どこの会社もすごく倍率高くて、本当に内定とれるか心配で。わたし、両親も他界してて、いま、経済的にも飛豪さんにお世話になってるから、就活でいいとこ決めて自立したいんです」

 瞳子が俯き加減にぽつりぽつりと自分の事情を吐露すると、スミレはうんうんと頷いた。

「分かるよ。好き勝手やって言いたい放題言えるようになるために、お金稼ぐのは大事。正直、チカの会社の仕上がりのいい男たち――飛豪くんとか高瀬ね――って、ウルトラ級の専門職だから収入高いでしょ。瞳子ちゃんがいつか結婚するつもりであの人と付きあってるなら、お姉さんとしては『就活無理しないでいいんじゃない?』って言ってあげたくなるけど、人生いつ何があるか分かんないじゃん! 普通に別れることもあるし、結婚して専業主婦になっても、ある日突然、飛豪くんが暴力ふるってきたりしたら逃げなきゃいけなくなるし」

 DV男から逃げだすのは、シェルターとか引っ越しとかでお金かかるのよね、と、なんの気なしに呟いているスミレを前にして、瞳子は背筋にうすら寒いものを感じた。
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