青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第6章》 台湾・林森北路のサロメ

ホームパーティーのご招待

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 広尾でメトロを下りたのは初めてだった。

 駅を出ると、レンガ道の商店街が伸びている。神楽坂とは違った意味であか抜けてお洒落だ。チェーン店よりもシックな外観のカフェや専門店のほうが目立っている。道を歩いていても、すれ違う人が英語やそれ以外の言語を話していることが多い。異国の風貌の人たちがカフェのオープンスペースで犬と一緒にくつろいでいたりして、さすが多国籍な大使館エリアだと瞳子は思った。

 隣を歩く飛豪の容姿も、彼女が前に住んでいた玉川上水エリアよりも広尾のほうが馴染んでみえる。

 周りに気をとられてばかりいるので、瞳子の歩みは遅い。彼がふと立ち止まった。

「暑くてつらい?」
 と、心配げに覗きこんでくる。

 酷暑の直射日光が、じりじりと二人の肌を焼いていた。

 瞳子は暑さに弱い。それはこの夏で飛豪も知ったところだった。手をかざして、太陽を恨めしげに睨む彼女の正面に立って、彼は日陰をつくった。最高気温三四度、真夏日の午後三時。外にいるだけで消耗してしまう。八月の最初の週末だった。

「ううん、大丈夫。だけど日傘は持ってくればよかったなって、後悔してた」

「もうすぐ並木道に入るから、日ざしも少しはマシになる」

「わたしが歩くって言ったんだから、気にしないで」

 瞳子は飛豪の腕をとって、先を促した。

 彼は駅で「タクシー乗る?」と聞いてくれた。それを要らないと断ったのは彼女だ。彼一人だったら普通に歩くだろうし、瞳子だって、今みたいに当たり前のように大事にされる生活に慣れるわけにはいかない。

 今日の飛豪がいつもよりあからさまに気づかってくれているのは、最高気温のせいだけではない。二人が向かっているのが、例の叔母さんが暮らす家だからだ。

 毎年恒例のホームパーティー兼社員慰労会に、彼のパートナーとして招かれていた。

 ――パートナーというか、仮パートナーというか、セフレというか……。

 釈然としない肩書ではあるが、なにせ二か月も前から指名されていたご招待である。受けてたつしかない。

 真夏の戦闘服として選んだのは、濃いアッシュグレーのサブリナパンツに、袖がレース編みになっているアイスブルーのブラウス。涼やかな印象のするコーディネートに、真っ赤な口紅を塗って全体を引きしめた。

 アクセサリーは、ターコイズの太めのシルバーリングを選んだ。ネイティブアメリカン系のインパクトのあるデザインで、今日のファッションにはしっくりと映えている。一時間前、飛豪が着がえてきた彼女を目にしたとき、「そういえば君は、耳には何もつけないんだな」と、耳朶に手を伸ばしてきた。

「イヤリングはすぐ失くしちゃいそうだし、ピアスは……なんか痛そうで」

「穴あけるのが?」

「うん。本当は大学合格したときに開けたかったんだけど、タイミング逃しちゃったんですよね」

「海外だとさ、女の子って生まれた時にみんな病院で開けてるんだよ。男女区別のために」

「そうなんだ」

 瞳子は歩きながら、先刻のなにげない会話を思いだして耳たぶに手をやった。

 ――確かに今日のファッションは、フープピアスがあれば似合うのにって思ってた。

 大学に入学したときにピアス穴を開けようとしたのは、ここからまた運命を変えていきたい、と思ったからだ。結局、自分一人で処置する勇気も、病院にいくお金もなく終わってしまったが。

 ――次はいつ、そういうタイミングが来るのかな。

 彼女は、先ほどよりも歩調を落として隣に並んだ彼を、横目で窺った。

 広い肩幅と大きな背中が、サックスの麻のシャツに覆われている。ラフに袖をまくり上げたシャツに合わせているのは、渋みのあるグリーンデニムだ。そして、サングラス。目元を隠していても、なめし革のような濃い色の肌や、その全身から野生の色香が発散されている。

 ――もし怪我をしてなくてバレエを続けていたら、この人に会うことのない人生だったんだろうな。

 それが良いことなのか悪いことなのか。歩いているだけでのぼせそうになる暑さのなかでは、考えつづけることもできなかった。
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